4 衣装選び

 翌日、十月三十一日、ハロウィン。


 この日は朝からいんうつな曇り空だった。昼になると雨が降りはじめたアンニュイな空気の日曜日、この日は衆院選の投票日でもある。若葉と一緒に投票をすませて寮に戻ってきた杏奈は、玄関先で傘を軽く地面に打ちつけながら雨しずくを落とした。


「前に杏奈が言ってたみたいにさ、ルビーリング探しにしようよ、卒業制作」

 若葉が突然そんなことを言いながら、両開きの玄関扉に手をかける。

「八年前の事件の先行研究ならたくさんあるじゃん。いまさらオカルトに焦点を当てて新規性を出そうたって、大したもんにはならないと思うよ」


 寮内に戻って郵便受けの中身を確認する。それからオートロックを抜けた。


 現在時刻は十五時二十三分。日曜日の管理員は十五時には上がる。照明の落ちた無人の管理事務室に、杏奈と若葉は用があった。


「それに比べてルビーリング探しのほうは、わたしが調べたかぎりだと、卒論にも卒業制作にも前例がない」

 管理事務室は寮生の部屋のカードキーでひらく。「お宝探しのほうがいいよ、オバケよりもさ」と若葉がつづける声を聞きながら、杏奈の部屋のカードキーで入室した。


 玄関、裏口、非常口、各階の窓、駐輪場、駐車場の映像を分割表示中の防犯カメラのモニターだけがつけっぱなしだ。うっかり消し忘れたのではない。なにかあれば寮生がチェックできるように常時モニターの電源は入ったままなのだ。


 第四女子寮は人里離れた場所にある。住みこみの管理人も警備員もいない。邪悪な考えの者が周辺をうろついたり、寮内に侵入してくる恐れがある。カメラ映像は個人のプライバシーに関わる問題だが、寮生全員の許可を取ることを条件に、録画をふくめ視聴をゆるされていた。その条件に合意しないと、第四女子寮には住めない。


「うちの寮、来年には取り壊しだよ。お宝探しは来年の三月末までにやらないと」

 防犯カメラのモニターは三十二インチ、デスクトップ型パソコンがある机のわきの壁に設置されていた。机にはモニター専用のレコーダーとリモコンも置いてある。

「寮を壊されたあとに、偶然にどこそこからルビーリングが出てきました、なんてつまらないでしょ。寮と一緒にお宝がになりましたって悲惨な結末もありうるわけで」

 若葉の言うとおりかもしれない。

 杏奈はモニターを観ながら管理事務室の照明をつけた。


「お宝探しは〝最後の寮生〟たるわたしと杏奈だからこそできること。後輩たちには絶対に真似できないオリジナリティがある。卒業制作にぴったりじゃん」

「……じゃあ、本当にそうしよっか」


 壁掛けのキーボックスの前に移動した杏奈が、読み取りパネルにカードキーを当てた。ピッ、カチッと電子音が連続する。これでロック解除、杏奈は地下倉庫の鍵を拝借した。

 昨日、モナカが気味の悪いことを言うから、衣装を見つくろう気分ではなくなったのだ。ハロウィン当日の今日、気を取りなおして若葉と一緒に選びにいく。


「じゃ、決まり。八年前の事件のことが気になるなら、卒業制作とは別に調べたらいいよ。杏奈〝先生〟のデビュー作の題材にすれば」

「そうするかも。ほんとにデビューできたらね」と笑顔で応じながら、キーボックスのふたを閉める。

 杏奈はそれから、なんとはなしにデスク横の真っ黒な金庫に視線をすべらせた。ダイヤルを回すか、テンキーでパスワードを入力するか、もしくは寮生のカードキーでも解錠可能な金庫だ。このなかにマスターキーがある。


 管理事務室を出た杏奈と若葉は、階段で地下フロアへと下りていく。


 十分後、「これに決めた!」と若葉が笑顔で取りあげたのは、黒い魔女の衣装だった。下がミニスカート、上半身の衣装も肌の露出部分も多くて目が釘付けになる。


「一年の半分ぐらいは常夏のビーチに行ってそうな魔女ですな。けしからんよ」

 杏奈の率直な感想がそれ。はんみたいに薄い生地じゃないですか、これ……。

「若葉は好きだよね、そういうのさ」

「わたしは、わたしに自信があるからね」

 若葉は本日も「武器」と公言している長い足をショートパンツからのぞかせていた。

「五分の一でいいから、その自己肯定感ください。わたしは……どれでもいいかな」

 衣装が多すぎて、かえって選ぶのが面倒だ。杏奈は間近の棚に積まれていた服を適当に引っ張り出した。出てきたのは黄色い服だった。広げてみると……。


「……あっ、やっぱやめる」

「ダメ!」戻しかけた衣装を、若葉がつかんで押しつけてきた。「はい、決定ね」

 若葉はにやついている。「杏奈は絶対、それ似合うから」

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