幕間 現在

現在――二〇二一年 十二月二十二日 水曜日

 十二月二十二日、――。十八時四十四分。


 いずれはスレッジハンマーで蝶番を破壊され、分厚い木製のドアも外される。ソファ型ベンチ一脚と、キャスター付きショーケース六つで急造したバリケードも乗りこえられるだろう。そうなったら、さえぎる物はなにもない。杏奈はたぶん殺される。


 そこまでする赤ずきんの正体は、杏奈をのぞく寮生三人のなかの誰かだ。


 吉野りんかの怨霊なんて可能性はない。赤ずきんの正体が怨霊なら、赤いハイヒールのパンプスをはいていると思う。りんかは八年前のハロウィンの日にその格好で死んだ。


 スレッジハンマー持ちの赤ずきんは、ハイヒールのパンプスを――。展示室に逃げこむ直前に杏奈は見たのだ。


 地下フロアの廊下で、鳩の顔の赤ずきんに遭遇したときのことを不意に思い出した。あのとき――赤ずきんはをはいていた。


 生前のりんかは、ふだんはそういったヒールのない靴を好んで身につけていたそうだが、吉野りんかの怨霊がもしも本当に赤ずきんのコスプレをして化けて出てきたのだとしたら、靴も彼女が死んだ日と同じハイヒールのパンプスじゃないの? 杏奈はそこまで考えて、バカみたいと思った。赤ずきんの正体が怨霊の可能性を真剣に検討してどうする? 


 赤ずきんの格好をする必要があるのは、杏奈を仕留めそこなった場合の保険として、変装で正体を隠しておきたい寮生だ。顔見知りが、鳩の顔の赤ずきん……。


 あらためてその事実を認めたとたん、失望のあまり全身が重くなる。襲撃の恐怖も相まって、その場にへたりこんでしまった杏奈の視界に、展示室中央にある石造りの四つの台座が映りこんだ。台座の天板には鳩の彫像。彫像も四つ。色はぬられていないが、本物と見わけがつかないほど精巧で気味が悪い。ただし一体だけ――右側手前の鳩の彫像の目だけが赤かった。それ以外の鳩の目は、石材の灰色のままなのに。


 それら台座の近くに、本が一冊。床に置かれたハードカバー。バリケードを作るときに邪魔だったから床に置きっぱなしにしていたのを忘れていた。


 本のタイトルは『かいそうろく』。著者は、氷沼紅子だ。薄気味の悪いこの本の裏表紙にも、本物そっくりの鳩が描かれていた。赤い目の、鳩が――。

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