7 黒島佐絵③

「モナカと、なんかあったのか?」

 話を聞いてほしそうな若葉に質問してやった。


「足音が聞こえたんですよ。夜中の十一時半すぎに、地下展示室の外の廊下から。誰って呼びかけたけど、返事がなくて」

 日付を訊く。飲み会の翌日、二十三日の土曜日の出来事らしい。

 その時間、佐絵は部屋にいた。杏奈もそうらしい。


「ふたりのことは疑ってませんから。わたしはモナカのドッキリだろうなって思ったんです。あの子、幽霊が好きでしょ。足音は幽霊の仕業だって思わせようとしたのかもって」

 そいつは、どうだろう……。佐絵は無言で首を傾げた。


 モナカは引きこもりだ。今日も講義はリモートだろう。同じ寮にいてもあまり顔は合わさない。人柄についてはくわしく知らないが、それでもドッキリなんてするタイプか? 


「ほんとにモナカの仕業なのかな?」

 杏奈も信じられない様子だ。

「じゃあ、なに?」若葉は不満そうだが。「杏奈が足音の犯人なの?」

「ちがうよ。空耳じゃないの?」

「それは否定しないけど……何回も聞こえたんだって。カツンッって足音がさ。ハイヒールで床を踏んだときみたいな」


 ハイヒールだと!?「……ちょっと待て。本当にハイヒールだったのか?」


「そうですけど……なに、佐絵さん? いきなり怖い顔して」

 ハイヒールの足音か。本当に誰かのドッキリだとしたら、すげえたちが悪いな。


「吉野りんかは八年前のハロウィンの日に死んだ。彼女はその日、コスプレをしていた」

「たしか、の……」

 杏奈が佐絵に合いの手を入れる。「あと、も」


「ああ。第四女子寮には九億円のルビーリングが隠されている。ミャンマー産の超高級ルビー、鳩の血ピジョン・ブラッドがな。八年前の時点ですでにその噂は有名だった。当時の寮生たちにとっては周知の事実。紅子は自分の別荘のことを『鳩の血ピジョン・ブラッドの館』と呼んでいた。吉野りんかは、ふつうのコスプレじゃ芸がないと思ったのさ。だから赤ずきんの衣装に加えて、鳩マスクもかぶることにした。真っ赤な目の鳩マスクは女子寮の別称を匂わせた洒落だよ。そんときに彼女がはいていた靴ってのが……赤いパンプスだったんだ。ハイヒールのパンプス」


 若葉の目が大きく見ひらかれていく。杏奈も息を呑んでいる。


「りんかは、ふだんはぺたんこのフラットシューズとかスニーカーをはく人だったらしいが、八年前のハロウィンの日だけはちがったんだ。りんかが歩くたびにカツン、カツンッて響いてたらしいぜ。甲高いハイヒールの音がよ」

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