6 宮野若葉①
翌日、十月二十三日、土曜日。
まだかろうじて土曜日だが、あと三十分弱で日曜日だ。じきに日付が切り替わろうかというそんな時刻に、宮野若葉は寝間着とスニーカーの組み合わせで地下まで下りることにした。肌ざわりのよい寝間着の上は長そで、下はショートパンツのセットアップ。季節に関係なく生足をさらしていくスタイルなのは、外出着だろうがルームウェアだろうが関係ない。
若葉は子どものころから自分の綺麗な足が好きだ。美しい物には心を癒やす効果がある。気持ちが落ちつく。自分の顔も大好き。美人だと、つくづく思う。ナルシシズムかもしれないが、事実はねじ曲げられない。そうした事実を積極的に口にしないのは謙虚だからではなくて
無人の管理事務室で展示室の鍵を借りて、大理石の階段で地下まで下りるまでに、若葉は誰とも会わなかった。もうみんな寝たのかな? 土曜日の二十三時台に?
友人の杏奈は寝ているかもしれない。今日の昼に若葉の部屋で一緒に食事をしたとき、ずっと体調が悪そうだった杏奈は昨日のお酒がまだ残っていると言っていた。プールの底にたまった水のような、二日酔いの顔色で杏奈はそのとき、こんなことも訊いてきた。
「卒業制作、『氷沼紅子のルビーリングを探せ』に変えたら、どう思う?」と。半分冗談、もう半分は意外と本気の眼差しで。「いいよ」と、若葉はふたつ返事で承諾した。杏奈はちょっとおどろいていたが、この真面目で
八年前の事件のルポルタージュなんて本当はどうでもよかった。それが若葉の本音だ。杏奈が大学四年間の集大成として、来年度の卒業制作で八年前の事件に目をつけるであろうことはたやすく推測できる。そうでなければ、わざわざ立地も評判も悪い第四女子寮に住みつづけたりはしない。お互いの卒業制作のテーマがかぶって、じゃあ一緒に共同研究にしようか、という流れまで自然な形で持っていけたのは若葉の計算どおりだ。
それぐらい若葉は杏奈と一緒にいたかった。大切な友だちだから。杏奈の言うこと、やることは、なるべくすべて肯定してあげたいが、ひとつだけ認めがたいものがある。
――オバケだ。
杏奈は吉野りんかの怨霊が
ランチを終えた杏奈が帰る前に、若葉は大学のサイトにアクセスして過去の卒論や卒業制作を調べてみた。例のルビーリング探しをテーマにした物は一件もなし。有名な噂だから、お宝探しにチャレンジした先輩は大勢いたはずだが、論文や卒業制作にできるほど濃いものにはならなかったのだろう。先行研究がない。なら、ますますいい。
杏奈は自分で言いだしておきながら卒業制作のテーマ変更を即断できないでいたが、若葉は決めた。杏奈のことも必ず説得してみせる。そうと決まったら、問題は隠し場所だった。佐絵が教えてくれた、あの謎のアルファベット。あれはやはりルビーリングの隠し場所と関連しているのかな? ルビーリングが寮内にあるとして……隠し場所は地下展示室かも。そう思わされた理由なら、むろんある。風呂から上がってスキンケアをすませると、若葉は無性に展示室を調べたくなった。だから、こうして地下まで下りてきたのだ。
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