4 アルファベット②

 杏奈はあわててパーカーのポケットからメモ帳とボールペンを取りだした。ノンフィクション作家志望なので、どっちも常に持ち歩いている。


 一段落目が〈K〉。二段落目が〈Y〉。三段落目が〈FD〉。四段落目が〈QB〉か……。


 杏奈は自分のメモ帳にもそう書き記した。


「警察は事件のあと、当時の第四女子寮の寮生たち全員にこのアルファベットを見せた。なにかご存じですかって訊いて回ったそうだが、ご存じだった寮生はゼロ人だ。警察は、このことは他言無用でお願いしますと念押ししていたらしいけど、んなもん無理だよな。見せるほうが悪い。一応、この話は第四女子寮のなかだけでおさまったものの、事件の翌年に入寮したわたしみたいな新入生の耳にも入るぐらいにはかんこうれいに失敗してたね」


 杏奈の記憶にまちがいがなければ、この話は新聞も週刊誌も報道していない。佐絵に話を聞いて正解だったと思う半面、スマホの録音アプリを起動させておけばよかったと後悔した。いまさら録音の許可を取るのもおっくうだ。佐絵の機嫌がいいときに、もう一度、同じ話をしてもらおうかな……。


「わたしが入寮したころは、警察にあれこれ質問された寮生たちがまだたくさん残っていた。わたしのほうから興味本位でたずねたこともあれば、噂で聞こえてくる話もあった。なかでも、このアルファベットのやつはガチで怪しいと思ってる」


「この四段にわかれて書かれたアルファベットが、ルビーリングの隠し場所を示すヒントかもしれないってことですか?」

 そうとしか思えずに杏奈が訊いた。


「だと思うんだよな。他には考えられないだろ。九億は、へそくりって額じゃない。手帳をなくした場合を想定して、バカ正直に隠し場所は書かないさ。そこで、これ」

 謎のアルファベットの写しだというメモ用紙をテーブルに置いて指先でたたきながら、佐絵はグラスのウィスキーを豪快にあおった。


「つまり、このアルファベットの謎を解けば……」

 笑った若葉が全員に視線をめぐらせていく。「九億円のお宝をゲット?」


「ゲットだと思いたいよな」

 佐絵も笑った。「村木は生涯独身で兄弟もいない。厄介なのは氷沼紅子の唯一の肉親、つまり現理事長だが、ルビーリングを発見して正直に報告したら、ちょっとぐらいは分け前もらえるんじゃねえの。ごほうとして」


 それはどうだろう? 氷沼紅子の娘は金にらしいのに。


「まっ、ご褒美をくれないってなったら、そのときは」

 悪い顔つきになって、佐絵が声をひそめた。「こっそり持ちだして、うちのおふくろにでも売りつけようぜ」

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