3 ピジョン・ブラッド②

 この寮のどこかに九億円のルビーリングが隠されている。真偽の定かでない噂だと思われていたが、佐絵の話を聞いていると、だんだん信じたくなってきた。


「あの」

 モナカが挙手する。「娘ふたりに相続させたくないのなら、ルビーリングも生前贈与したらよかったのでは? 孫の村木に」

「そう思うよな、ふつうは。だが」

 佐絵が人差し指を横にふる。「堂々とそんなことをしたら、娘ふたりが村木相手になにをするかわからねえ。娘ふたりはな、そういうタイプなんだよ。片方は村木の親だが、金がからむと血縁は関係ないってやつ、別にめずらしくないからさ」


「金がからむと血縁は関係ない……。佐絵さんの経験則ですか?」

 モナカがずばり訊いた。際どい質問だ。杏奈と若葉は一瞬だけ視線をからませた。


 留年と休学をくり返し、所有する高級車もころころ変わるのに、佐絵のふところが痛んでいる様子はまったくない。佐絵がお金持ちなのは疑いようがなかった。

 資金源はふつうに考えたら親だろう。佐絵はその親の話をまったくしない。彼女が実家に帰ったところも見たことがなかった。いろいろとあるらしい、と杏奈も気にかけてはいたが、さすがに本人に訊くのははばかられた。


「わたしの経験則かって? どうだかなぁ」

 答えをはぐらかした佐絵は、視線をあらぬほうへとそらした。

「すみませんでした」モナカがすぐに謝罪する。「失礼な質問でしたね」

「いいよ、別に。今日は無礼講だ。細かいことは気にせずに飲めや」

「お酒は二十歳になってからです」

「頑固だねぇ。まっ、そんなこんなで、その九億のルビーリングだけが見つかってねえんだよ」


「そもそも、九億円のルビーリングが存在していない可能性は?」

 モナカが連続で質問する。


「紅子が超高級ルビーを所有していたのは事実だ。娘ふたりも村木もそう証言している。紅子の死後と、村木の死後。その二度にわたって、娘ふたりが探したんだよ、血眼になってな。この第四女子寮だけじゃない。紅子の自宅も、村木の自宅も、他の別荘も、銀行の貸金庫にも預けられていなかった。大学の理事長室までひっくり返したらしいぜ。だが、ピジョン・ブラッドはどこからも見つからなかったんだ」

 金髪の側頭部をポリポリかきながら答えた佐絵がワインをあおった。


「さっきも言ったように、村木に堂々と九億のルビーリングを相続させていたら、娘ふたりがなにをしてくるかわからねえ。紅子はルビーリングを村木にこっそり受け渡す方法はないものかと考えた。その結果、別荘にピジョン・ブラッドを隠した。たぶんな。その別荘を女子寮にする、と孫に約束させて生前贈与だ。娘ふたりは辺鄙な場所に立つ別荘を相続して管理するのを嫌がっていた。そう言われている。だからよけいに、ルビーリングの隠し場所としては最適だったんだろ」


「そのやり方で別荘と一緒にルビーリングも孫に受け渡せたとして、村木はその隠し場所を知っていたんでしょうか?」

 今度は杏奈が質問する。


「知ってたはずだ。村木は〝役者〟なんだよ。母親と叔母おばさんの前では知らないふりをしてただけ。すっとぼけるのは、お手の物。けつぶつうたわれていた氷沼紅子をだましきったほどの名優だ。ばあちゃんから二代目理事長に指名されて、別荘とルビーリングまで生前贈与された村木は、ほくそ笑んだにちがいない」

 ずっと孫にだまされていた紅子を思ってか、佐絵が気の毒そうに笑った。

「村木は最初から女子大生を食い物にしたくて、理事長の椅子を狙っていたんだ。おばあちゃんに気に入ってもらえるように必死に努力しつづけた。その甲斐あって、お仲間たちと第四女子寮でやりたい放題だ。その報いは受けたけどな」

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