7 幽霊を信じる者①

「はい。来年の卒業制作、ルポルタージュにするつもりなんです。その題材にしたくて」

 杏奈が答えると、「同じく。共同制作の予定です」と若葉が補足する。


「へえ、まだ人気があるんだ、八年前の事件。下火になったと思ってたのに」

 佐絵の顔に笑みが戻った。「まっ、いいんじゃねえの。だが、おまえらジャーナリズム学科だよな。あそこって教授によっちゃ、かなり厳しいんだろ、卒論も卒業制作も」

「みたいですね」と杏奈は認めた。「八年前の事件をあつかうなら新規性が必要だって口酸っぱく言われました」

「新規性ってのは、ほぼほぼ必ず言われるよ、どの学科でも。学部の卒論なら建前かもしれないけど」

「わたしたちの教授は厳しい人だから建前じゃないですよ、きっと」

 厳格な指導に音を上げる未来でも幻視したのか、げんなりした調子で答えた若葉に杏奈も同意する。


「じゃ、どうすんの? 八年前の事件のことを調べてルポルタージュするって言っても、いまさら新しい視点で書くとか無理だと思うな。しこたま先行研究がある」

「そこでオバケです」

 おそるおそる杏奈が小声で応じた。「別の真相ってやつを……」


「はっ? あれ、真に受けてんのか?」

 あまりにも予想どおりの反応を示した佐絵が、きょとんとした無表情になる。それから、金髪のボブカットを小刻みに前後に揺らして、ぷっと噴きだした。

「八年前の事件の犯人、古坂一郎は逃亡中で未だに捕まっていない。そう思われているが、実は吉野りんかの怨霊に殺されていた――ってあれだろ。んなもん、真正面からあつかえば、わかるよな。新規性は確保できても、ルポルタージュじゃない。オカルト本、トンデモ本だ。さような卒業制作で卒業させてもらえると思ってんのか?」


「思ってませんよ。わたしも若葉もオカルトなんか真に受けていないから。ただ、怪談がなぜ生まれて、こんなにも学生たちのあいだに広まったのか。そこに着目して掘り下げていけば、ルポルタージュに新規性が出るかなって思ったんです」

「なるほどね。それならわかる。八年前の事件で卒論や卒業制作をやった連中のなかに、オカルトに着目した学生もいるにはいたんだ。だが、分量としては申しわけ程度さ。トンデモ本の類いだと思われたくないからな。意図的にみんな、その話題には深くふれてこなかった。だからこそ、いいんじゃねえの」

 図らずも八年生の重鎮、佐絵のお墨付きをもらえた。この口ぶりからして、彼女は八年前の事件に関する論文や卒業制作にかなり目を通しているらしい。不真面目な学生の見本みたいな人だと思っていたので意外だ。「おどろくなよ」と、佐絵が笑う。


「八年前、わたしはここにいなかったけど、翌年には入学してる。第四女子寮の寮生にもなってる。いろいろ知ってるぜ。こっちにその気がなくても、先輩たちが教えてくれたからな。自分が世話になってる寮の話だ。わたしみたいな不良学生でも読みたくなるんだよ、事件の論文とか卒業制作のノンフィクションを」

「先輩たちが教えてくれたと言いましたよね。くわしいんですか、佐絵さんは八年前の事件について」

「おおっ、杏奈ちゃん、目の色が変わったねぇ。さすがはノンフィクション作家志望だ。教えてあげようか、わたしが知ってること」

「えっ」杏奈は前のめりになる。「いいんですか?」

「むろんだとも」佐絵は満面の笑みだ。「同じ寮生からのお願いだ。でっもっ」

 わずかに目を細めながら佐絵が一升瓶をぐっと前に突きだした。

「酒に付き合え。付き合いの悪いやつは嫌いだ。飲むだろ? 朝まで」

 朝までとか絶対に無理だが、飲むのはこの際仕方がない。自室に荷物を置き、手洗いと、うがいもすませてから食堂に戻ってきますね、と杏奈はしぶしぶ約束した。


「若葉は?」と、佐絵が訊く。

「ご一緒します。心配ですから。杏奈が酒豪につぶされないか」

「いいね、そんな理由でも全然オッケーだぜ」

 佐絵は上機嫌だ。「よし! じゃあ、これで全員そろったな」

 四人……? 杏奈と若葉はおもわず顔を見合わせた。


「左様です。四人です。実は、わたしもいますから」

 また唐突に食堂の扉がひらいた。が、ちょこんと顔だけを突きだしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る