5 第四女子寮①
寮生が四人だけの第四女子寮は、地上四階建て。四づくしなのは偶然だと思う。
日本で「四」は「死」を連想させる。不吉で気味が悪い。ここの寮生以外の学生たちからは、おおむね、そのような評判が定着して久しかった。
もっとも、第四女子寮には地下一階が存在するから、地上階と地下で実質的には五階建て。四ではなくて五だ。だからまあ、そこまで不吉ではないのかもしれない。
鉄筋コンクリート構造の女子寮は学校の校舎のように横長で、前に張り出した屋根付きの玄関を中心にすえたファサードが左右対称。切妻屋根と石張りの外壁が赤黒く塗装されている建物は、仰ぎ見るほど大きくて立派だ。しかし古びているせいで、外装がくすんで黒味が濃い。そのほうが味がある、という見方もできるが。
今日みたいな雨の日は、ホラー映画のワンシーンさながらだった。第四女子寮はもともと、大学の創設者で初代理事長も務めた氷沼紅子の別荘として
紅子は自分の別荘のことを「
九億円……。
庶民の杏奈には、おいそれと想像することができない額だ。本当にあるのなら拝んでみたいが、紅子の死後、遺族が宝石コレクションを調べたところ、九億円のルビーリングだけが見つからなかった。そんな物は最初から存在していないのではないか。そんなふうにも言われている。杏奈もその見解に同意したくなる一方、氷沼紅子が富豪だったのは事実だ。
九億円のルビーリングが実在していた場合、紅子の別荘だった第四女子寮が隠し場所の最有力候補。彼女が自分の別荘のことを「
まったくの無関係かもしれないが、どちらにしても、学生たちからは不人気な第四女子寮に杏奈は入寮してよかったと思っていた。なにせここは、貴重な〝現場〟だから。
杏奈の実家は東京の東のほう、
杏奈は本気で祖父のようなノンフィクション作家になりたい。大学入学前から卒業制作はルポルタージュにしようと決めていた。だが、しょせんは学生だ。プロと同じレベルの取材はできなくてふつう。そう思っていたら、ありがたいことに――と言ったら不謹慎だけど――第四女子寮は〝現場〟だった。八年前の事件の現場。住まない理由はない。
第四女子寮にほれこんだ決め手は他にもある。
うちの寮は元管理人の住戸をのぞいて全室1LDKだ。風呂トイレ付きのセパレート。本邦にありがちな手狭なワンルームではない。1LDKのどの部屋も広かった。そこが第四女子寮の最大の売りだろう。他の寮はすべてワンルームだったから。
違法薬物の蔓延、売春の強制、殺人事件まであった。それでなくても立地が悪いから、他の寮と比べると格段に家賃が安い。けれども、杏奈としては悪くない物件だ。
そんな第四女子寮で暮らせる期間も残りわずか。来年四月には取り壊しの憂き目に遭う。更地にして、地上と地下の両方に、金型用の加工工場ができるらしい。そんなわけで、来年三月末までには退去してね、絶対に! と大学側から再三再四お願いされていた。
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