ミユリー3分クッキング


 一頻り笑い終わり、落ち着きを取り戻したみゆ莉は、祖父から教えて貰った記憶を頼りに熊の解体をやってのけた。

 のばらはというと、凄惨せいさんな光景に青い顔をしてハンカチで口を押さえている。


 そして、これまでずっとのばらの頭の上で眠っていたフゥちゃんはパッチリとまん丸の瞳を見開き、ここぞとばかりに肉を強請ってみせた。

 更に、その隣ではモモタローもポタポタと涎を垂らし瞳を輝かせている。


「ちょ、ちょっと待って、これから料理するから! 生肉は色々と危ないっ」

「⋯⋯クゥーン」

「クェ~⋯⋯」

「ゔっ⋯⋯!」


 庇護欲を刺激する一羽と一匹の悲しそうな表情に、みゆ莉の心はグラリと傾く。

 しかし、グッと自身を律しどうにかこうにかモモタローとフゥちゃんを宥めつつ、ふらふらと覚束無い足取りののばらを支えながら肉を持ち下山するのだった。



✳︎



 一行が帰宅した頃にはすっかり陽が落ちていた。みゆ莉とのばらは着替えてからリビングに集合する。

 頭上で静かに二人を照らす人口的な明かり。あの後一気に天気が崩れ、一寸先も見えぬ程の猛吹雪となった。びゅうびゅうと吹く風に怯えるかのようにガタガタと揺れる窓。


 推定滅びた世界ではいつ電気の供給が絶たれるかもわからない。そんな不安を振り切るようにみゆ莉は努めて明るい声を上げた。


「さあ、始まりました! みゆ莉と~!」

「の、のばらの⋯⋯」

「クッキングターイムッ!」

「——って、何ですの! この茶番はっ!!」


 エプロン姿ののばらは恥ずかしそうに声を荒げた。


「何って⋯⋯これから料理するんだけど?」

「そっ、それはそうですけど、こんな事をする必要がありまして!?」

「だってさぁ~⋯⋯テレビ映らないじゃん? 今のあたし達には娯楽が必要なんだよ。無いなら自分たちで作るしかないっしょ」


 みゆ莉はさも当然というように言ってのける。


「ちな参考は某3分クッキングだから」

「⋯⋯!」

「は~い、それではあらかじめカットした肉とネギを串に刺していきま~す」


 みゆ莉は態とらしく間延びした声を上げ、宣言通りに一口大に切ってある肉とネギを交互に刺していく。微かに獣臭さはあるものの、真っ赤な生肉には見事なサシが入っており思わずゴクリと唾を呑む。



「さ、のばらも手伝ってよ。フゥちゃんも楽しみに待ってるよ」

「その脅しは卑怯ですわ⋯⋯!」

「フフン。それでは、全て串に刺し終わったら塩胡椒と臭み取りのガーリックパウダーを適度に振ります。⋯⋯助手ののばらくん、お願いします」

「⋯⋯」


 のばらは不満げな顔をしつつも素直にみゆ莉の指示に従う。彼女の作業が終わる頃を見計らい、みゆ莉は口を開いた。


「今回はお手軽に、フライパンで焼いていこうと思います。強火で一気に焼き色を付けてから、蓋をして弱火でじっくり蒸し焼きにしていきましょう」


 油をひいたフライパンに串を並べ、火に掛けたところでどこからか大皿を取り出した。


「はい、そしてこちらが既に10分程焼いたものですね。しっかりと火が通ったら『ガーリック香る焼き熊』の完成です。それではこちらを皿に良い感じに盛り付け、肉のお供、あらかじめ炊いておいたご飯をよそいます」


 みゆ莉は炊飯器の蓋を開け、炊き立てのご飯の香りを堪能する。


「因みに今回ご用意した米は『ななつぼし』ですね。このブランドは我が岩見沢市が生み出したものなんですよ」

「⋯⋯知りませんでしたわ。我が家でもよく食べておりました」


 のばらはほう、と感心したような表情でまじまじと炊飯器の中を見つめた。

 そんな彼女を横目に食卓に4人分の焼き熊と2人分のご飯をセッティングし、カメラに見立てたテレビ画面に向かって笑いかける。


「それでは、CMの後は実食パートです」

「CM ⋯⋯!? それに、番組が変わっておりませんこと!?」





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