一撃必殺


 みゆ莉は祖父の言葉を思い出していた。


『スナイパーとは一撃必殺で決めるもの。速やかに見敵し、己が敵を排除せよ』


 その教えと共に、初めて猟銃を触らせてもらった日の事を今でも憶えている。

 みゆ莉が手にした猟銃——ボルトアクションライフルは4kgにも満たないものであったが、不思議な事に実際の重量よりも遥かに重く感じた。ずしりと手に乗る冷たいスチールの感触にごくりと息を呑む。


 銃は人を狂わせる。

 引鉄ひきがねにかけた指に僅かに力を入れれば、いとも簡単に奪える命。それを手にした者はまるで自分が他者よりも優れた存在だという思考に陥り、無敵感に支配される事もしばしばあるという。



 みゆ莉は再び、祖父の教えを思い返す。


「『強大な力を手にした者はそれを正しく使う義務がある』——そして今、あたしがやるべきはのばらとモモタローを守る事!」


(じいちゃん、あたしやって見せるよ!)



 既に装填そうてん済みの銃を構え、スコープ越しに敵を捉える。その距離およそ50m程。

 薬室に1発、弾倉には5発の計6発の弾が詰まっているが、失敗は許されない。碌に銃を扱ったことのない初心者には次の弾を装填するまでにそれなりの時間を要するためだ。



「モモタロー!」


 みゆ莉は声を張り上げる。その声にピクリと反応したモモタローはそれまで牙を立てていた熊から飛び退いた。


(もう、さっきまでのあたしとは違う。あたしには信じてくれる仲間とじいちゃんの教えがあるんだから⋯⋯!)



 ライフル弾の最大有効射程距離は300m。

 熟練の猟師ならば難なく当たる距離だが少しでも精度を上げる為、みゆ莉は肺の空気を全て吐き出し息を止めて狙いを定めた。


 その間にも、次なる標的をみゆ莉に定めた熊はドシドシと雪の上を駆けて近付いて来る。

 初めて向けられる生々しい殺意に怖気付きそうになる自分を抑え込み、引鉄に指を掛けた。


(お願い、当たって⋯⋯!)


 人差し指に力を込める。みゆ莉は反動に備えてグッと身を固くした。




 ——パァンッ!!



 辺り一帯に鋭く渇いた音が響く。

 熊は弱々しく一鳴きした後、重たい音を立てて雪の上に倒れ込んだ。



 辺りは静寂に包まれ、みゆ莉には一瞬何が起こったのか分からなかった。

 いち早く状況を理解したのはのばらとモモタローだった。


「やっ、やりましたわー!」

「ゥワンッ!」


 ブンブンと尻尾を振り、みゆ莉の胸に飛び込むモモタロー。


「⋯⋯た、倒した?」


 モモタローはみゆ莉の初舞台の成功をたたえるようにペロペロと頬を舐める。

 見上げると、のばらは興奮冷めやらぬようすで木の上でブンブンと腕を振り上げていた。


「ちょっと、のばら! そんなとこではしゃいだら危ないって」

「きゃあっ⋯⋯!」


 予想通り、ぐらりと傾くのばらの身体。


「のばら!」


 みゆ莉は咄嗟に駆け寄り、のばらの身体を両手で受け止める。

 図らずもお姫様抱っこ状態になった二人。みゆ莉は怒った顔を作り、たしなめるように言葉をかける。


「もうっ、らしくないよ? 怪我したらどうするのさ」


 みゆ莉の怒り顔を見たのばらは目を丸くした後クスリと笑い声を漏らし、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「⋯⋯みゆ莉さんの方が筋肉あるんじゃないかしら?」

「いやいや、のばらには負けるよ」


 極度の緊張感から解放された二人はホッと息を吐き、顔を見合わせて耐え切れずに吹き出した。





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