五指のこもごも弾くは捲手の一挃に若かず


「モモタロー、行くよっ!」

「ゥワンッ!」


 みゆ莉の一声でそれまで茂みに身を潜めていたモモタローが飛び出す。モモタローは久しぶりの狩りに爛々と浅葱あさぎと金の片青眼を輝かせていた。

 モモタローはすぐさま熊目掛けて走り出す。




 みゆ莉はといえば猟銃を構えたは良いものの、上手く照準を合わせられないでいた。

 スコープを覗いて狙いを定めるも、常に走り続ける標的には到底当たる気がしない。それに、当然の事ながらモモタローに銃弾を当てるわけにはいかない。

 想像以上のプレッシャーから喉がカラカラに渇き、銃を持つ手が震える。


 その間にも矢の衝撃から幾分か回復した熊は、唸り声を上げて涎を垂らしながら着実にみゆ莉との距離を縮めていた。


(仕留め損なえば、確実に食われる——!)


 失敗の許されない状況にみゆ莉の焦りは募る。



「みゆ莉さんっ!」


 のばらが木の上から今にも泣き出しそうな声でみゆ莉の名を呼んだ。

 その声にみゆ莉はハッと我に返り、頭上を見やる。


「のばら⋯⋯」

「わ、わたくしも戦いますわっ!」


 潤んだ瞳で必死に表情を取りつくろうのばら。恐ろしくて堪らないだろうに、彼女は和弓を構え再び矢を放とうとしていた。

 しかし、木登りの経験など今までに無いであろうのばらの身体はバランスを崩しぐらりと傾く。


「きゃっ⋯⋯!」

「のばらっ!」


 みゆ莉は咄嗟に手を伸ばす。

 幸いな事に間一髪の所で体勢を立て直し、のばらが落ちてくる事は無かった。


「お、驚きましたわ⋯⋯。でっでも、次こそは——」


 のばらはそう言って再び弓を手に取る。

 危険な目に合っても尚、みゆ莉を案じる彼女の姿に知らず知らずのうちに強張っていた身体から力が抜ける心地がした。

 みゆ莉は大きく息を吸い込み、のばらを安心させる為に笑いかける。


「だいじょーぶっ! あたしを信じてくれるんでしょ? だから、のばらはそこから見ててっ!」

「! はいっ⋯⋯!」


 のばらは不器用な笑顔で応えた。


(のばらもモモタローもあたしを信じて待ってくれてるんだ。ここであたしが決めなきゃ、誰がやるってんだっ!)


 気付けば、手の震えは止まっていた。渇いて今にもくっついてしまいそうな喉を唾を呑み込み潤す。


 視線の先ではモモタローが熊の進路を邪魔するように必死にその身体に食らい付いている。みゆ莉はそんな彼に聞こえるように声を張り上げた。


「よーしっ! いっくよー!」


 沸々と湧き上がる底知れない何か——。不思議な事に身体は燃えるように熱いのに、頭はこれ以上ない程に冴えている。

 一人じゃない、信じてくれる仲間がいる。その事がみゆ莉の感情をみなぎらせていた。





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