【35話】天使へ感謝の言葉を
「お……おはようございます」
早朝の教会。
正面の扉をくぐりマイが中に入ると、一緒に働いているモーリーがぎこちない挨拶を寄越してきた。
最近はぎくしゃくしてろくに挨拶もできないでいたため、マイは思わず花のように顔を綻ばせ、挨拶を返す。
「お、おはようございます!
モーリーさん、今日は、い、いい天気ですね!」
何を話して良いか分からないけれど、とにかく何か話さなくては!
関係を修復したいと懸命に言葉を探すマイに、モーリーはぺこりと頭を下げて謝罪した。
「申し訳ないです、マイ様。
この間、マイ様を困らせようと、お荷物を隠してしまいました。
本当に申し訳ございませんでした」
あまりの実直な謝罪に、逆にびっくりするマイ。
いままで悪戯したとして、裏からグレコが手を回して謝罪に来た子達はいたけれど、自発的に真正面から謝罪されたのは初めてのことだった。
しかも、言ってはなんだが、全然困らない程度の悪戯だったのに。
「い、いえいえ、全然大丈夫だよ?
むしろ、謝ってくれてありがとうね?」
「……自分の悪さを謝って、お礼を言われるとは思わなかったです……
やっぱり、天使様のお言葉は正しかったんですね」
「天使様?」
「はい、あしが神様に罪を告白したら、自分の罪に自分で向き合うよう天使様のお声が聞こえたんです。それで、マイ様に謝罪を、と思って……」
あのミカーラの一言でここまで。
ミカーラの言葉が凄いのか、モーリーの実直さが凄いのか。
「これで謝罪を受け入れてもらえて。
あしも、天使様にお礼を申し上げないとならんですね」
「……そうね、でも天使様は何処に在られるかわからないから、神様に祈れば……」
本当は天使の居場所も知っているけれど、それはいう訳にはいかず。
上位者たる神様に感謝の祈りを捧げれば良いのでは、と言ったところ、モーリーは声を潜めて囁いて来た。
(いえ、あしは天使様の居場所を知ってるんです)
へ?
何で知っているの?
バレた!?
さあっと顔から音を立てて血が引くように感じる。
しかし、続くモーリーの言葉は完全に意想外のものであった。
(マイ様、秘密ですんで、誰にも言わんでくださいね?
この村には昔から天使が在られるのですよ。賓客として村をあげて持て成しているらしいのです)
***
アルダ村の村長の家は、その大きな教会にほど近い場所に建っていた。
簡素ながら大きな造りは他の家々とは一線を画し、確かに村の中でも有力者が住まう住居であることが窺えた。
誰からも教えて貰えてはいないものの、モーリーは気づいていた。
この家の離れには秘密の扉があり、教会の地下に繋がっていることを。
一部の村人達は、自分の家を通って時折そこに行っていることを。
そしてそここそが、父親や有力者たちがひそひそと話している時に聞こえる言葉、「天使様」が
父親が秘密にしていること、自分も黙っているべきだし、知らないフリをするべきだと思う。
でも、今日は特別。
マイ様に無礼を働いたにも関わらず仲を取り持ってもらった。そのお礼はしなくてはならないのだ。
だから、会いに行く。
場所も、だいたい見当はついている。
マイ様も天使様に会いたがっていたけれど、さすがにそれは無理。心が痛んだけど、諦めてもらった。
見当をつけた場所、離れの一室に張り切って離れに忍び込んだ。
けれど、いくら探しても入り口は見当たらない。
物置のようなその部屋には、いつか盗み見たはずの扉などどこにも存在しなかった。
おかしいなぁ?
確かに見たはずなのだけど?
しばらく頑張ったけれど、何も見つけられない。
モーリーは不得要領ながら、父親に聞く訳にもいかず、引き返すより他なかった。
***
モーリーが部屋から出て行くと同時に、部屋の入り口付近にわだかまっていた闇が蠢き出す。
暗がりから姿を現したのは、ジンにグレコ、マイにミカーラ。
「この至近距離で良く見つからなかったね。
奇跡の力というのは、本当にすごいものだね」
感心したやら、呆れたやら。
グレコが溜息をつきながら誰へともなく言う。
モーリーには悪いけれど、『使役』の言霊の力でここまで案内してもらい、ついでに自分達のことは忘れてもらった。
彼女自身は自分一人で考えて自分一人で行動した、と思っているはずだ。
「ゴメン! モーリーちゃん!」
モーリーが去って行った方向に手を合わせて謝罪するマイを見て、ついジンも同じように手を合わせて謝罪する。
「こちらに扉があるようです」
謝罪する二人に構わず入り口を探すグレコとミカーラは、すぐに戸棚の裏に隠された扉を見つける。
「不思議な加護があるようです。
私が『認知』を使い探ろうとしても、どうもうまく行きませんでした」
ミカーラは扉を睨みながら告げる。
「教会で言おうと思って言えなかったのですが、不自然なまでに認知が効かないのですわ。しかし神より授かった奇跡に抗えるような力があるとは思えず……」
「それほどの力で妨害されている、ということか。
気を付けるべきだろうけど、どう気をつけて良いものなのか」
僕も困ってしまう。
「考えられるのは、この『認知』を妨害しているのもまた奇跡、ということです。
他者から察知されるのを防ぐ奇跡『不知』。
授かりし天使の名はエリアル。そして彼女は百年ほど昔に堕天したと聞きます」
「ということは、この扉の奥にそのエリアルが隠れている、ということ?」
「それは……どうでしょう。
エリアルならば、こんな場所に潜まなくとも自在に存在を隠匿することができますわ。
考えられるのは何かを隠していることですが、彼女がやるならもっと上手に隠しそうなものなのですが……」
今一つ歯切れが悪いミカーラ。
「なるほどね。
良く分からないなら、見に行くしかないね。
先頭はミカーラさんにお願いしても大丈夫かな?」
悩んでいても仕方がない。
グレコはあっさりとそう言って、ミカーラにお願いする。
「なら、僕は最後尾につく。
ミカーラ、マイはミカーラの真後ろに居てもらうから、何かあっても必ず護ってくれ」
「承知しましたわ」
ミカーラはそう言って扉に手をかけ、押し開いた。
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