【33話】村長の娘(前編)
鄙びた村には似つかわしくない大きな教会。
既に村人達も寝静まった深更、僕とグレコ、マイ、それにミカーラは調査のために訪れた。
教会の石造りの
重厚な木製の扉は緑青の金属板で縁取られ、いかにも堅牢はつくりなのだが、見た目と違い子供の力でも開くことができる。
僕は言霊で開錠させ、扉を押し開いて中に這入る。
扉を開くと、闇に塗りつぶされた室内が広がる。
「光あれ」
ミカが一声かけると掌から球状の光が現れ、ふわりと宙を舞い天井付近で停止。
まるで昼のように明るくなった。
中に入るとまず目にはいる、大きな柱と両側に突き出た三角の金属板。
翼を模したものとされる、教会の
それが大きな天然石らしき土台に突き刺さるように屹立していた。
入り口から柱に至るまでの道は美しい赤い布が敷かれ、両側には神官の説教を聞くための椅子が用意されている。
マイとモーリーが毎日拭き清めているため、いずれも鈍く輝くほどに綺麗だ。
「この礎石は一体、なんの意味があるのだろう?」
グレコはしきりに柱の台座に使用されている天然石を気にしている。
僕はマイに怪しそうなところを聞きながら、教会の内部を順に調べていく。
ミカーラも、教会内部の設備を丹念に見て回っている。
だけど、
「一周、ぐるりと回っても、何も見つけられなかったね」
広いとは言え、単純な構造である教会に探すべきところはそう多くない。
本当にここに何かあるのだろうか?
そんな自分の中で湧き上がる思いがつい口から出してしまう。
「それなのですが――」
僕の言葉に応えてミカーラが何かを口にしようとしたその時。
ぴくりと何かに反応するように扉の方へ視線を向けてミカーラが言った。
「誰か来ます」
それまでに言おうとした言葉を呑み込んで、何者かがこの深夜に近づいていると代わりに言う。
僕達は慌てて遮蔽物、この教会の中での一番の構造体である柱の裏に隠れた。
皆が柱の裏に隠れたのを確認したミカ―ラは空に向け片手を上げて、開いた掌をぐっと握る。
それとともに空に浮いていた光の球が弾けて消え、教会の内部は再び暗闇に沈む。
息を殺して様子を窺う僕ら。
やがて教会の扉が少し軋んだ音を立てて開く。
か細い灯火の光が扉から差し込み、教会の内側に差し込んだ。
あれは――モーリー。
マイと共に教会で働く少女が、こんな夜中にここに何の用が?
(マイ、深夜に教会に来るような用事ってあるの?)
(い、いや、私が聞いた限り、そんな話はなかったと思うよ)
マイも、モーリーがこんな時間に教会に訪れるような理由は思い当たらないそうだ。
おそるおそる、といった風な歩みで教会内に足を踏み入れるモーリー。
手にしたランタンが弱弱しく周囲を照らす。
小さな足音を立てて僕らが隠れている柱の前に来た彼女はそこで跪く。
そうして、祈りを捧げた。
「天に在られます神様。
卑小な我が身にてお祈りを捧げることをお許し下さい。
――あしは、小さき者です。
先日、教会に来た少女。
とても気立ての良いお嬢さんなんです。
でも、村のみんな、それにあしの友達たちまで、あしを無視してあの
あしが村長の子だから大切にされてたのかなぁ?
あしよりも良家の出のあの子が来たら、あしはもういらないのかなぁ?
……そんな風に思えてきてしまって。
……こないだも、つい嫌がらせに彼女の荷物を隠してしまって。
……そんなあしが、自分がとっても嫌になって。
ごめんなさい、神様、こんな小さいあしで。
こんな悪い気持ちを持つあしをどうぞ罰していただきたくて。
こんな時間にごめんなさい、でも、どうか聞き届けて下さい……」
そのまま、モーリーは黙ってしまう。
いや、泣いている気配が感じられる。
自分の行為を悔いる告解。
どうも単純に夜中に衝動的に祈るため来た、という様子だ。あるいは、マイのいない夜中を狙ったのか。
マイの話では、中途半端な嫌がらせで、実際にはさほど困らなかったとか。
それでも彼女自身は、そんなことをしてしまった自分に傷ついている。そんな自分に戸惑い、嫌悪してしまう純朴な娘なのだ。
(そんなことはないよ、大丈夫だよモーリーちゃ……)
呟きながら思わず身を乗り出そうとするマイ、慌ててそれを止めるグレコ。
「誰?」
そんな小さな気配も、この静寂に包まれた教会では響いたようで、モーリーの怯えた様な声が響いた。
まずい、バレた!?
その時に。
『心配には当たらない』
教会内に、美しい女性の声が響く。
『
人は誰しもが裡に闇を持つ。決してお前が特別なのではない。
黒き心をまた神に向かい正直に告白し、許しを乞うが良い。
いずれ己の過ちを己自身で悟り、その黒き心と和することが叶うだろう』
「この声――神様のお声なのでしょうか!?」
『いや、私は天使だ。
神の声が届かぬところへ神の御意志を
モーリー、君の真摯な声が聞こえたので、答えさせてもらった。
案ずるな、君は決して邪悪などではない』
ミカーラだった。
教会の巨大な空間に木霊し声の出どころがわかり辛いのか、それとも何らかの力を行使しているのか。
すぐ側の柱の裏から発された言葉であるとは、モーリーは気づいていない。
「天使様、お言葉ありがとうございます。
少し気分が落ち着きました。
改めて御礼させていただきます」
『良い。今日はもう帰って体を休めなさい。
また、私は偶然近くを通りかかった身。このことは周囲には触れ回らないでくれ』
承知いたしました天使様、という言葉と共に、モーリーは教会を出て行く。
扉が閉まるその音を聞いて、僕らは一斉に息を吐いた。
「ミカーラ……野良天使、とか言っていたのに、神の名前を出して良かったのかい?」
「はい、私が神の言葉を届ける御使いとして生まれたのは事実ですわ。
何も嘘を言っていないから問題ありませんですよ?」
そういってニコリと笑うミカーラだが、そういうもので良かったんだっけ?
「まあいいや、今日は疲れたから、引き上げようか……」
その僕の声に反論する言葉はなかった。
結局この日は教会から何の手掛かりも得られずに終わった。
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