【32話】見つからない探しもの

 天気に恵まれた昼下がりのこと。


 村の中央に位置する、鄙びた村には不相応に大きな教会。

 常に清められ、いつでも誰でも訪れる者を受け入れるその教会の扉が開かれた。


「こんにちわ~」


 慣れた様子で声を掛け、中に入ってきたのは村に住む数人の少年達。


「あら、めずらし!

 こんな昼間に、どうしたの?」

「ん、まあ、ちょっとな」


 同世代の少年達を目に止めた少女モーリーは彼らに声を掛けた。

 少しばかり元気が過ぎる幼馴染の少年ダグとその悪友達は、しかしモーリーの言葉にも反応が悪く見慣れたはずの教会内部をきょろきょろと見回している。


「ん? お祈りにきたのと違うん?

 あしはまだお勤めの最中だから遊びに行けんよ?」

「いや、モーリーに用事というか、さ」


 どうにも歯切れが悪い。それにそわそわしている。

 その落ち着かない様子に怪訝な想いを抱いた、その時。


「あら、お祈りにいらしたのですか?」


 教会の奥からマイが姿を現した。

 それを見るや、モーリーにも一目で分かるほど、ぱっと表情を明るくする少年達。


「そうそう、お祈りに来たんだよ。

 ちょうど、今、祈り終わったところなんだ」


 お前ら、なんも祈ってなかったじゃない。

 モーリーは心の中で突っ込むが、彼らの勢いに鼻白んで口からは出てこない。


「あら、こんな昼間からお祈りを捧げるなんて、熱心なのですね」


 そう言ってマイはニコリと微笑む。

 それに合わせてるかのように、少年達もだらしなく笑った。


「あのさ、今日のお勤めはいつまで?

 村を案内してあげるからさ、オレたちといっしょに出かけね?」

「いえ、わ、私はまだお勤めがありますので、今日はその……」

「いいじゃん、いいじゃん!

 いままでモーリー一人でやってきたからさ、少しくらい大丈夫だよ!ね!」


 その様子を見れば、嫌でも分かる。

 街から来た、こんな村ではちょっと見られない垢ぬけた少女マイを誘いに来たのだ。


 確かに同性のモーリーの目から見ても、マイは魅力的な少女だった。

 日に焼けていない、白く美しい肌。

 華奢で肉付きの薄い、それでいて女性らしい体つき。特に細くて長い手足を見ていると精巧な美術品のよう。

 整った顔立ちに上品な表情、流れるような所作。

 そして側にいるだけで感じられる優し気な雰囲気、耳当たりの良い話声。


 どれもモーリーは持っていないものだった。

 なんだろう。

 ひどく、胸が苦しい。


「ほらほら、あんたらマイの勤行の邪魔をしないの!

 遊びになら勝手に言っといで!」


 モーリーはしっしと手で追い払う。

 ちぇー、という声を漏らしつつ、だらしない表情で大きく手を振って教会を出て行く少年達、困りつつも小さく手を振り返すマイ。


 その様子を横目で見ながら、何故か少し呼吸が苦しく感じるモーリー。


「あ、ありがとう、ね。助かったよ。

 私が、外から来たから、珍しいみたい、だね」


 苦笑しながらそう言うマイ。

 手の甲で軽く髪をかき分けるその仕草はとても様になっている。

 とても自分と同じ世界の人間とは思えないほどに。


「気にしないでいいよ」


 それだけ言って、拭き掃除の続きをするためにマイに背を向ける。

 背中で感じられる、マイの戸惑った気配。


「で、でも、すごいよ、モーリーちゃん。

 一言で、あの子達に帰ってもらったんだから」

「あしはこの村の長の一人娘だかんね。

 みんな、父ちゃんに気をつかってるだけだよ」


 わざとぶっきらぼうに返事をしながら、は何をやっているんだろう、とモーリーは悲しい気持ちに襲われた。


***


「――と、言うことが、あったんだよ。

 そしたら、モーリーちゃんが嫌がらせをしてきて。

 とほほ、だよ」


 ジンとミカーラが村に潜伏して数日が過ぎ、二日に一回はこうして集まって情報交換をする。

 とは言えマイは教会で奉仕をしているだけなので大した情報はなく、ついつい世間話めいた内容になってしまうのは仕方がないかも知れない。


「嫌がらせ? 大丈夫なの?」


 僕はちょっとドキリとしながら聞いた。

 マイが嫌な目に会うのは心苦しい。だってこうなったのは僕らのせいなのだから。


「いや、全然、大したことはないんだよ?

 私が使っている道具が隠されていて。でもね、ちょっと場所が変えられて、それでもすぐ見つけられるようにわざと中途半端に隠してあって。

 私が昔、学校であったイジメにくらべたら、全然可愛かったよ」

「マイは昔から引っ込み思案で、なのに教会でも良い家系だから、狙われやすいんだよな」

「あ、グレコ君、モーリーちゃんに仕返ししちゃ、駄目だよ?」


 馴染めていると思ったけど、簡単ではないようだ。ただ、マイ本人は、それほど深刻には捉えていないようだけど。

 ともあれ、ここは静観して様子を見よう。

 そう思っていたのだが。


「――それは、良くありませんわね。

 ちょっと言い聞かせてきましょうか」


 そう言って立ち上がってどこかに行こうとするミカーラ。

 それを三人で慌てて止める。


「そう言うのは、芽が小さいうちに摘んだ方が良いですわよ?

 小さいうちに、上が居ることを示して、罪と罰を魂に刻む方が良い大人になりますのに」


 そう言ってむくれる姿は可愛いけど、言ってることは全然可愛くない。


「いや、いまは潜伏して天使を探しているのだから、目立つ真似は良くないよ」

「そうは言っても、この村に天使の気配はありませんわ。全く感じられません。

 確かに村人たちは、かなり異質な何かを感じるのですが……」


 そう言って顔を曇らせるミカーラ。


「奇跡を使って確認したんだよね? 村人達はどういう風に感じられたんだい、ジン?」

「正直、良く分からないんだよね。

 何か、隠されているようで、ぼやけて感じられちゃって。

 グレコには悪いけど、あまり有益な情報は得られなかったんだ」

「そう、ですね。

 確かに私にもうまく感じ取れなくて、こんなことは初めてで――」


 神様から賜った奇跡を使っても相手を認知できない、という不思議に戸惑いを隠せないミカーラ。

 僕だって同じだけど、長い間、奇跡の力と供にあったミカとしての彼女が不審に思うほどに珍しい事態。


「分からない、という事実が異常を示す、か。

 まあ、世の中わからないことだらけ、いつもと同じように調べるだけだね」


 グレコはのんびりとそう言って、次の目標を語りだす。


「やはり、あの教会だね。

 この小さな村には不釣り合いの、大きな教会。

 まずはここを調べてみようか」

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