【31話】村の侵入者たち
大きくもない村である。
せいぜいが百名程度、それもほとんどは農民であり、彼らは思い思いに農具を準備し、作業に備えて体をほぐすことに余念がない。
「おはようございます」
村人たちは村道で行き会う仲間に挨拶を交わし合い、微笑みを絶やさずに同じ方向へと向かって歩いてゆく。
彼らが目指すのは、村の中央にある、地方の一寒村にしては不釣り合いに大きな教会。
この村は全員が敬虔な信徒であり、朝の祈りのために必ず教会を訪れ、祈る。
それから、それぞれの働くべき場所へと歩いてゆくのだ。
「お、おはようございますっ」
教会で村人たちを迎える教会の神官たち、その中に新顔の少女の顔があった。
たどたどしい挨拶の言葉に、村人たちは生暖かい笑顔を向ける。
「マイちゃん、今朝も早よからご苦労様だぁね」
「朝から神さんにご奉仕かい、偉いねぇ」
「その若さでこんな辺鄙なとこさ来るなんて、感心だよ」
口々に褒めそやしてくれる村人たちに、後ろ暗い思いのあるマイは少し困り気味に会釈を返す。
「マイ様、お早うございます!
いつもお早いですね。良家のお嬢様なのに、尊敬します!」
マイと同じく教会で神官見習いとして働く少女モーリー。
ほぼ同世代の彼女だけれど、同僚というよりお嬢様として見られているのがどうにもやりづらい。
「あ、あのね、モーリーさん。
私は別に、その、そんな立派な人じゃないから、普通に接してくれた方が、いいかと思うんだ」
「何言ってんですか!
そーんな奇麗な肌して、それから上品な仕草!
やっぱり生まれが違うんで、あしじゃ真似できませんから!」
ケタケタと笑い飛ばすモーリーはマイの願いなど意にも介さない。
「お使いの爺さんまで連れてこんな村に来られたお嬢様なんて初めてですよ!
それなのに、自ら働かれて、あしなんかにも気さくに話してくれて。
それだけでも感謝ですよぉ」
そう言ってぽん、と肩を叩くモーリー。
マイとしては、苦笑いをするより他なかった。
お爺さん、ねぇ……。
なにしろフローラちゃんの命がかかっているのだから仕方がないのだけれども、私は何をやっているのだろう?
そう思わざるを得ないマイである。
ここに来てはや二週間。
そのお爺さんとやらはいったい今頃、どこで何をやっているのやら。
あれでも、この村でお嬢様呼ばわりされている自分などより、よほど良い家の出身なのに。
そんな彼が演じるお使いの爺さん、それは呆れるほどに上手な変装で、しかも所作までが本当に年寄りに見えるのだ。
なんであんな振る舞いが可能なのか、全くもって理解が及ばない。というか、これから先、普通の人生に満足して暮らしていけるのか?
やはり、自分がしっかりと彼が変な方向に行ってしまわないように、頑張って
(たしか今日、ジン君やミカーラちゃんが潜入してくるんだよね……)
変なことにならないといいんだけどなぁ。
そんな儚い期待を抱きつつ、ひとつ溜息をついて目の前の掃除に意識を集中させるマイだった。
***
新月の夜。
月のない夜空の下、森の中に曳かれた道を暗闇の中で駆け抜ける二つの影。それらは光のない夜闇の道を
それらの影は村の入り口を通り過ぎ、その速度も落とさず迷わずに村道を移動し、やがて村にある崩れかけた家に辿り着いてその扉を開いて中に入った。
「やあ、お疲れさん。
迷わなかったかい?」
僕とミカーラが中に進むと、のんびりとした穏やかな声が迎えてくれた。
「ああ、自分でもびっくりだけど、『認知』の奇跡を使えば夜の道でも初めての村でもまるで問題なく移動できたよ。
それより、グレコとマイはこんな時間にここに居て、他の村人たちに不審に思われたりしないかい?」
「ジン君、ミカ―ラちゃん、お疲れ様。
うん、私は寮で個室も貰えているから、不在でも大丈夫だよ」
「僕はマイ様付の使用人の爺さん、という役どころだからね。
近所の小屋を借りて住み込みをしているだけで、気にする人はいないよ」
二人とも上手に村の生活に入り込んで、それでいて自分の時間を持てているようだ。
よかった、とほっとした僕とミカーラは、荒れた屋内で妙に綺麗に整えられたテーブルについている二人の対面に腰を下ろした。
「本当にありがとう。
まさか、村に潜り込んで調べてもらうことまでしてもらうなんて。
特にマイは驚いたろう。なんせグレコが勝手に進めていたから」
僕の言葉を聞いて、眉をハの字にして苦笑するマイ。
「本当だよぉ。びっくりしたよ。
でも、私は体験入村して普通に生活すれば良くて、あとは使用人のお爺さんに変装したグレコ君がやってくれたから、何とかなったよ」
「ああ、ごめんよ。
ちょうどいいタイミングで村に体験で入れる話があったんだけど、奇行で知られた僕がこの村に入るなんて言ったら怪しまれるに決まっているからさ。
申し訳ないけれどその点は信用のあるマイで手続きを進めさせてもらったよ」
あんまり申し訳なさそうに見えない様子でお茶を飲みながらグレコが答えた。
「慌ただしくて聞けなかったけど、この村って結局なんなの?
体験入村なんて、あんまり聞いたことないけれど」
「この村、アルダ村は、教会関係者の間では信仰に篤い者達の村ってことで名が通っているんだ。
教皇直轄領にあって、入村するのに信仰を試されるって有名でね。ここに入れたならその信仰は本物、とか。言ってみれば箔が付く、て奴さ。
その分若い人たちが少なくて、信仰に篤い信者の入村を受け入れているんだよ。
ただ、若者は移り気だし、村としても信心が本物かを見極めたい。
だから体験入村という制度があって、互いにこの村でやっていけるのかを見極める期間が設けられるんだ」
「なるほど?
でも、このアルダ村と、クネシア村はどう繋がるんだ?」
「アルダ村は、存在は有名なのだけど、肝心の場所が知られていなかった。それが今回、クネシア村を調べていて、偶然引っ掛かったんだ。
つまり、両方とも隠された村。
さらに資料を見る限り、両村の規模も似通っている。
他にもあるけど、総合して僕はこのアルダ村こそがクネシア村なんだと思っているんだよ」
この男は、どうしてあの短期間でここまで調べ上げ、推理できるんだ。
グレコにも『認知』の奇跡が具わっているのではないかと疑いたくなる。
「それで、ラーファ……『治癒』の奇跡を持つ天使の噂は聞けたのでしょうか?」
ミカーラが核心の内容を問う。
それこそが、僕らが知りたいことだから。
「私も、できる限り、聞いてみたけど。
特別な話は聞けなかったよ」
「マイの言う通り、この村は見ている限り普通の鄙びた村だ。
篤信の村だけあって教会は不相応に立派だけど、それ以外に特別な場所は見当たらない。教会の内部だって、特別な物や間取りがあるようでもない。
……外したかなぁ?」
二週間の調査では、怪しい場所は見つからなかった、と。
「ジンの方はどうだった?」
「言われた通り、バレないように村の周囲を調べてみた。
グレコの言う通り、物凄い数の罠が張られいてたよ。それも、外からの侵入を警戒するだけでなくて、内側からの離脱者を狙っているような罠も多数。
そんなのが『認知』がなかったらとても見つけられない程に巧妙に隠されていた」
「村からは天使の気配は一切感じられないですわ。
ですが、時折通りかかる村人たちからは……なんと言いいますか、不思議は波動が感じられましたわ。
こう言ってはなんですが、とても堅気の村人とは思えないほどに……」
村を内側から調べるグレコとマイに対して、外側から調べることになっていた僕とミカーラ。
グレコ達は何か不審なものは見つからないと言う。
でも、外から見ると明らかに不審なのだ。それも、巧妙に擬装されている。
「やっぱり、この村には何か秘密がありそうだなぁ。
悔しいな、僕には何も見つけられなかった」
「いや……ここまで調べただけでも十分凄いと思うよ?」
グレコは悔しそうにお茶を飲んでいるけれど、彼がいなければ僕はこんな短期間にここまで来れなかったろう。奇跡を使ったとしても。
「まあ、いいか。
それじゃ、明日からはジンとミカーラさんにも調査に参加してもらうよ」
そう言ってグレコはにっこりと笑って言った。
「この村の秘密を、君達の奇跡の力を使って、根こそぎ調べ上げるから。
頼りにしているよ?」
この頼もしすぎる友人に、僕とミカーラは何故か一瞬、背筋が凍るような感覚を覚えたのだった。
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