【29話】奇跡の所在

「終わりを迎えた魂たちよ、天に召され穏やかなる来生を授かりますように」


 墓標に向かい、僕は祈りの言葉を捧げた。


 崖から飛び降りた堕人達。

 あれらはもう人間には戻れないから、ああするしかなかった。

 それでも、せめて最後くらいはと、崖下に移動して簡単に埋葬する。

 ほとんどはミカーラがやってくれたので、僕は体裁を整えて花を手向けて祈りを捧げるくらいしかやっていないけれども。


「ジン……様。埋葬も済みました……わよ。

 これからどうする……されますか?」


 埋葬作業を終わらせたミカーラが、未だに少し慣れない口調で聞いて来る。

 気が付くと既に日は傾き、西の空は鮮やかに赤く染められていた。


 昨日の堕人との戦いから一夜が明け、今日も埋葬と祈りで終わろうとしている。


 もともと、数日をかけて亡骸に出来ることだけでも、と考えていた。それを、数百の亡骸をほとんどミカーラ一人で埋葬し、半日で成し遂げてしまったのは、もう奇跡を目の当たりにしている思いだった。

 ……天使が凄まじい勢いで土木作業を見るのは、ちょっと違和感しかなかったけれど。


「お疲れ様、ミカーラ。ありがとう、君の力が無ければ当分はこの作業を続けなくてはならないところだったよ。

 さすがに疲れたんじゃない?」

「いえ、大丈夫です……わよ。だいぶ、身体の動きも馴染みました……わ」

「そうか、ありがとう。

 では、今晩は別の場所で休んで、明日にも宿坊に戻ろう。

 グレコ達はいるかな。今後について相談がしたいからね」


***


「なるほど、そんなことがあったのか」

「フローラ……大丈夫でしょうか……」


 宿坊に戻り、まだミンザール修道会へ向けて出発していなかったグレコ達と情報を共有する。グレコは目を丸くし、マイは目を潤ませながら、最後まで話を聞いてくれた。


「それで、これからどうするんだい?」

「うん、実はこの件でグレコに相談があるんだ。

 僕とミカーラは早急に『治癒』の奇跡を持つ天使を探す必要がある。

 だけど、『治癒』の奇跡を持つ天使は、ミカもここ数十年くらい見ていないそうなんだ。神様がなにか使命を下されて不在が続いているのかも知れない、とミカは思っていたようだけど。

 教会の情報網で、大規模な治癒が行われた報告とか、あるいは奇跡的な治癒が施された噂話とか、何か知らないかと思って」

「なるほど、そういうことか――奇跡的、ねえ。

 でもさ、ミカさんの方で、何か天界での噂話とか聞いてないのかい?

 当てもなく探すよりも、少しでも情報があると調べやすいのだけど」


 グレコはそう言ってミカーラの方を見る。

 ミカーラは少し困ったような表情で、ちょっと左に首を傾げた。


「情報……ですか。

 まず、『治癒』の奇跡を授けられた天使の名前は、ラーファと言いますわ。

 明るい赤味がかった色ドーリィカッパーをした背中に掛かるくらいの髪を編んでいる、見た目は優しい雰囲気の女性形ですのよ。


 ただ、最近の行動とか、行き先の当てなどはちょと分かりかねます。

 彼女と交流がないわけではないのですが、天使達は神の御心に従い行動するので、必要が無い限りお互いの詮索はしないのですわ。ですので、わたしとしても、数十年ほど見ていないな、くらいしか知らないのですよ」


 フローラの肉体とミカの霊体がだいぶ馴染んできたのか、ようやくミカーラの口調が安定してきた。ちょっと変な感じだけど。

 あまり役に立つ情報とも思えず、グレコも少し困っている様子。それでも。


「うん……何か分かるかなぁ。ひとまず、ちょっと聞いてみるよ」

「わ……私も、報告資料を、調べてみますね」


 グレコとマイは調査の協力に同意してくれた。

 そしてすぐにも調べてくれるのか、時をおかずに宿坊を出て行く。


「あまり良い情報が得られず申し訳ありませんわ。

 ところで、わたしは何をすればよろしいですか?」

「ミカーラは天使の気配から場所を探してみてもらえないかな?

 ここは霊峰で強い霊力があると聞いているから、何かを感じ取れると言うことはないかと思って」

「そうですね……精神世界アストラルを介して何か感じ取れないのか、瞑想するのに良さそうな場所を探してやってみますわ」


 何か考えるように、顎に指を当て少し下を見ながら宿坊を出て行くミカーラ。

 僕は一人残される。


「考えていても仕方がないんだよな。

 あまりできることもないけれど、せめて皆が戻って来た時のために、食事の用意くらいしておこうかな?」


 何もできない僕だけど、せめて出来ることを。

 まずは、食料の買い出しにでも行こうかな。何を買おうかな。

 そんなことを考えながら外に出た。


「……もしもし?」


 完全に食事に頭が行っていた僕は、突然耳元で囁かれてびっくり、ちょっと跳び上がってしまった。


「ジンさん、でよかったやろか?」


 慌てて声のした方を見てみると、フードを目深に被り、全身を隠した不審な人。


「……どなたですか?」


 僕の名前まで知っていて、わざわざ出てくるタイミングをつかまえて話しかけた。

 声自体は綺麗な女性の声だけど、怪しさ極まりなくって緊張を解くことができない。


「うちのことはどうでもええ。

 それより、『治癒』持ちの天使を当てもなく探しても無駄やで」


 ――僕が『治癒』の奇跡を持った天使を探していることを知っている!?


「クネシア村の奥にある教会施設を探しや。

 あんたの探す存在ひとはきっとそこにおる――」


 慌てて僕は『認知』を使おうと目に集中しようとする。

 その時。


「あぶない! 上から鳥のフンが降って来るで!」


 突然、不審者が上を指さして叫んだ。


 どちらかというとその声にびっくりしてつられて上を見て、慌てて視線を戻した時には――既にだれもそこに居なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る