【24話】これからのこと

「それじゃあ、本当にもうこの村には戻ってこないんだな?」


 淡々とエーセックさんが僕に聞いてきた。


「はい、先にお話しした通りです。

 伯爵とやりとりをして、結果として死んだことになりました。

 僕の戸籍は抹消される手筈になっています。

 死者が現れると困るので、ジンとしてこの村に現れることはもうありません」


 僕も淡々と返す。

 エーセックさんは、そうか、わかった、とだけ答えた。


 これで僕が生きて来た十四年間の大半を過ごしたこの村での生活は終止符を打たれたわけだ。

 何も感じないわけはない。

 それでも命があり、この先も生きて行けるだけでも良かった、のだろう。


「それで、ジン。

 その、後ろにいる、その方――と言って良いのかわからないが、とにかく説明をしてもらえないか」

「そうですね、紹介が遅れてすみません。

 彼女は、先の戦闘でこの村を守ってくれた泉の精、のようなものと思ってください」


 僕は振り返って、一緒に戦った泉の精霊を見る。


 泉の水で体を構成したその存在は、僕の中で不可思議の象徴であるミカに似て、美しい容姿をしている。

 僕の視線を受けて、彼女はエーセックさんに向けて軽く会釈をした。


「彼女は、村外れの泉の精霊です。

 ミカの力により擬人化されていて、僕やミカがこの村を去ったとしても凝った意識は残り続けるはずです。

 伯爵とのでは、二度とこの村に手出ししないようになっていますが、万が一なにかがありましたら泉で彼女を呼んでください。力を貸してもらえるようにお願いしてあります。

 彼女が力を維持し続けるために白透石を一粒、毎年泉に向けて放り込んでいただけるようお願いできますか?」

「主様、この泉の精霊は私が呼び出したものではありません。

 これは主様の力で――」

「ミカ、いいから黙ってて」


 事実と相違する説明に不満げなミカだが、エーセックさんはじめ村の皆には僕が超常の力を持っていることにして欲しくないので、黙ってもらう。

 そんな僕達のやりとりを胡乱げな眼差しでエーセックさんは見ていたが、ふぅ、と溜息を一息ついて理解を諦めたようだ。


「お前の言うことは分かった、ジン。

 全てお前の言う通りにしよう。

 他に何かあるか?」

「はい、実は僕が出て行く前に、一つだけお願いがあります」


 お願い? と怪訝な目で見るエーセックさんに、僕はこの村でやり残した最後の事を話し始めた。


***


 村の外れにある、小川の畔の小さな家。

 僕が生まれ育った家であり、父が医者として開いた小さな診療所であり、そして今は他の人が住んでいる家である。


 僕は魔術都市に行く資金として、ほぼ唯一の資産であったこの家を手放した。

 だから、どっちみちこの村には僕の戻る場所はもうなかったわけなのだが、分かってはいても自分の家が今は別の人のものであるとして見るのは胸に沁みる。


 そこを通り過ぎてしばらく進んだ陽当たりのよい開けた場所に、僕の両親のお墓が存在した。

 僕は両親に挨拶をして祈りを捧げ、もうここに祈りを捧げにくることはできないと謝罪をする。


「こちらに主様のお墓を作られるのですか?」


 僕のやることを見守ってくれていたミカがそっと問う。


「うん。自分で自分のお墓を作ると言うのも、ちょっと不思議な気分だけどね。

 どうせ世間的には死んだことになったんだから、形だけでも両親の側に居させて欲しいな、と思ってさ」


 最後にエーセックさんにお願いしたこと、それは僕のお墓を作る許可と、それにできれば両親のお墓を綺麗に保って欲しい、ということ。


「それでは、一緒に主様のお墓を作りましょうか!」


 そう言ってミカはどこからともなくシャベルを取り出す。

 美貌の天使が神官服を着て、腕まくりをしてシャベルを持つ姿は違和感しかない。


「うん、始めようか。

 僕の思い出の品を、僕の代わりに埋めていくから」


 感傷を振り切るように、僕もミカに負けないようにシャベルを手にした。


***


「やっぱりここにいたのね」


 ちょうどお墓を作り終えて、お花を供えてところにフローラがやってきた。

 ちょっと言い出し辛くて、僕はまだフローラに説明をしていない。


「やあ、フローラ、実は君に話しが――」

「ジンが死んだことになったって話なら、父さんと話をしているのを外から聞いていたから全部知っているわ」


 言葉に詰まった。


「あんた、もう二度とこの村に来ないって言っていたわね」


 真新しい僕のお墓を見ながら、呟くようにフローラが話しかけてくる。

 僕は口の中が渇くのを感じ、話しづらさを思いながらも、なんとか口を開く。


「うん。その、ごめんね、フローラ。

 君にだけは申し訳ないと思っているんだ。

 できれば、このお墓をたまに見に来てくれれば――」

「あたしは墓守じゃないわ。

 こんなニセモノの墓になんか興味はない」


 再び言葉に詰まった。


「あんた、ミカのことで神様に会いたい、とか言っていたわね」

「うん。ミカが僕のそばにずっといて良い筈がないないから、神様に聞いてみたい。

 その想いは変わってないよ」

「主様、私は別にこのままでも――」

「いいから、ミカはいったん神様と話してみよう」

「あ、はい」


 途中でミカの割り込みが入った様子を半眼で眺めるフローラ。


「霊峰ハルカドゥーサ、あんたの次の目的地はどうせそんなところでしょう」

「……良く分かったね?」


 帝国の中央部にある霊峰ハルカドゥーサ。

 その近くにあった小国こそが、リタハール帝国の礎となるリタハール王国であるとされる。

 なので霊峰ハルカドゥーサは帝国の発祥の地であり、聖地でもある、と考えられている。

 それと同時に、ガーナエデン教会の聖地でもあった。


「歴史に名高い、聖女メフェが天に祈りを捧げた場所。

 天は祈りに応え、人間に奇跡の石である白透石を与えられた、だったわね」

「神は白透石など関与しないぞ?

 勝手に人間が土中から発掘したのだろう」

「ミカは黙ってて。そんなのどっちでもいいから」


 むぅ、と口を少し膨らませて黙るミカ。


「とにかく、あたしが知る限り、一番神様に近い場所。

 なら、目指すのはそこしかないでしょう」

「ミカも人間と神様の接点になる場所なんて知らないと言う以上、僕も同じ考えだよ」


 その答えを聞いたフローラは、僕のお墓から視線を動かして僕を目を見た。


「その後はあれでしょ。カルルを頼って西に行くつもりね?」

「……そこまでお見通しか。

 うん、その通りだよ。戸籍を失った僕は、カルルにお願いして、新しい場所を用意してもらうしかない、と思っている。彼ならば信用できるからね」


 完全にフローラに僕の考えを読まれている。

 やっぱりフローラは凄いなぁ。


「わかったわ。あたしも行くから、一緒に行きましょ」


 え?


 僕は目をぱちくりと瞬かせる。

 なんでフローラが?


「え? でも、なんでフローラがわざわざ?」

「あんた一人で行かせるわけにはいかないわ。

 どうせ路銀だって、ろくにないんでしょ。あたしがお小遣い持ってきたから、それを使ってあげるわ」

「そんな、でもエーセックさんが」

「父さんにはもう話はつけてきたわ。

 学園で知り合った西方辺境伯の子息と親しくしていたから、そこに向かうと言ったら許可してくれたわよ」


 三度、言葉に詰まる。


「怒ったり、泣き落としにかかったりされて時間がかかったから、あんたがお墓作るのは手伝ってあげられなかったけれど。

 もう荷物も作ってあるし、父さんにも母さんにも挨拶は済ませてあるわ。

 もしあたしを置いて行くつもりだったとしても、目的地は分かっているんだから、一人でも行くわよ。

 まさかこんな小娘に一人で旅をさせるわけはないわよね?」


 腰に手を当てて、挑むように僕を見据えるフローラ。


 緊張した時の彼女のクセ。

 言葉がぶっきらぼうになり、怒ったような喋り方になる。

 でも、彼女の腰に当てた手は力が入って白くなっていて。

 固く締められた口元も少し震えていた。


 そんな彼女の想いを僕が振り切れるはずもなく。


「……ありがとう、フローラ。君にはいつも負けてばかりだよ。

 それじゃあ、一緒に行こうか、まずは霊峰ハルカドゥーサまで」


 僕が苦笑しながらそう伝えると、緊張が解けたのか、彼女も微笑みを返してくれた。

 その笑顔は、彼女の名の通りにフローラのように綺麗な笑顔だった。


(第二章・完)

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