【23話】ジンの死

 壁沿いに並べられていた全身鎧フルプレート

 てっきり装飾だと思っていたものが動き出して気が動転してしまった僕は、紡いでいた言霊を中断してしまう。

 その動く鎧は驚かせるだけではない、その重量をものともせずに恐ろしい速度で迫る。それこそ、以前交戦したチヴォー警邏部長よりも早いほどに。


 ミカも驚いたのか、いつもよりも初動が遅れている。

 しかも、なまじ部屋の中央に居た分、四方から迫る敵への対処法に一瞬の逡巡が生まれ、この超速度の襲撃に一瞬が致命的に効いた。


 咄嗟にジンに向け迫りくる動く鎧リビングアーマーを二体、神賜の剣しんしのつるぎを以て斬り捨てるが、残り三方向から迫る鎧達に囲われる。

 その隙に、全八体の動く鎧のうち、四体がミカを抑え、二体がジンに襲いかかる。


 ――こいつら、何者だ!?


 ジンが慌てて『認知』を使い本質を視ようとするも、動く鎧の迅速な動きにその一瞬の余裕すら持てない。

 仕方がなく動きを視ることに集中し、床に転がり攻撃を避ける。


 だが、ミカが斬り捨てたはずの床に倒れ伏す二体の動く鎧、これらが動き出している。

 一閃では気絶させられなかった!?


 彼女ミカの持つ神賜の剣しんしのつるぎ、これは相手の霊体だけを斬れると聞く。だから鎧のような物質は透過して、対象物だけに攻撃することが可能だ。

 その気になれば霊体でなく実体も切断可能とも言っていたが、今回は霊体を攻撃したはず。常ならそれで気絶するはずだが、回復しつつある。


 ということは、霊的な防御力があるか、もしくは人間よりも霊体の強度があるか。

 そして後者である場合――この鎧は人間では、ない!?


 ぎんっ!


 動く鎧が携える斧槍ハルバードを、護身の短剣で受け流すが、その威力に接触と同時に火花が飛び散り、鉄が灼ける臭いが漂う。

 認知の奇跡のおかげで力加減を間違えることはないが、そもそも自分の肉体が強靭には程遠いわけで。


 ぎんっ! ぎんっ! ぎぃん!!


 攻撃を受けるたびに手傷を負い、次第にそれが深くなる。

 皮が裂け、血が飛び、身体を動かすごとに痛みが走るようになり――


「いいかげんにしろっ!」


 僕の側方で怒りに満ちた言葉が響き、部屋を光が覆う。

 視界の端に光翼を大きく広げたミカの姿が映る。

 その姿に動く鎧を含めたその場にいた全員が一瞬、動きを止めた。


 そしてその停滞をやぶったのは、一見もっとも鈍重そうな外見を持つ伯爵だった。


「我が下僕よ、アレを雷の制裁を撃てぇ!」


 伯爵が手に持つ白透石、それが黄色い輝きを増し、轟音と共に雷を放つ!

 その雷は、味方であるはずの動く鎧もろとも、ミカに向かった。


 耳に突き刺さるような雷鳴を轟かせてミカに至った稲光は、しかしミカの光翼に阻まれ呆気ないほど簡単に弾けて消えた。

 そんな様子を僕のは遠ざかる意識の中で視ていた。

 そして、伯爵が巻き込むことを厭わずに放った雷に撃たれた動く鎧は、その衝撃で兜が弾けると、中から人の頭部が視えた。


 ――なんだ、あれは?

 生きているのか? 死んでいるのか? そもそも人なのか?


 霞みゆく視界と裏腹に思考は巡るが、結論に至る筈もなく、やがて僕の意識は暗転した。


***


「主様! 主様!」


 切迫した声が僕に届く。

 重い瞼を懸命に持ち上げると、そこには涙を流す天使の顔。

 自分の置かれた状況も忘れてしまうほどに、美しいと感じてしまった。


「……良かった、意識を取り戻されましたか。

 申し訳ございません。私がついていながら、このような仕儀になり……」


 長い睫毛まつげを伏せてはらはらと涙を流すミカ。

 僕は重い頭を振りながら、顔を持ち上げる。


 部屋の中は、それはもう死屍累々と言うべきか。

 伯爵を筆頭に、動く鎧達も含めて全ての者が倒れ伏していた。


「……殺したの?」

「いえ、全員、いまのところは気絶しているだけです。

 ですが、主様が望むのであれば、いつでも」

「いや、やらなくていいから」


 とりあえず人殺しにはならずに済んでくれている。いまのところ。


「これって、一体なんなんだろう?」


 動く鎧。その中に入っていたのは、気を失う前に見た白髪に青黒い肌の存在。

 気絶している様子のその横顔は、肌の色を除けば普通の男の人だけれど。


「……人間のようですね。ですが、身体も霊魂も変質しているように視えます。

 あの樽のような男伯爵は、コレを指して鬼人と呼んでおりました」


 鬼人。

 おとぎ話では出てくるものの、実際にそんな存在ものがいるなんて聞いたことがないけれど、どこかに住んでいるのかな?

 いや、考えるよりも『認知』を使って視ればいいのか。


 そして奇跡ちからを使い理解した。これは人間の成れの果て。そして、元の姿に戻る見込みはない、ということまで。


そこの者伯爵に聞いてみましょうか」


 言うが早いが、ミカは伯爵を起して質問する。

 嘘をつけないよう、言霊ちからを用いて。


『この鎧に入っている存在は何だ。答えよ』

「これは……鬼人と呼ばれる存在。

 帝都から支給される……軍隊で使用するための兵器だ」

『兵器? 人間ではないのか?』

「これがどのようにして存在するのか……詳しいことは何も知らぬ。

 ただ……敵を掃うために……好きに使って良いとだけ言われている。

 主人と認定した相手には……絶対に服従と聞く」


 だから、まるで装飾品のように壁沿いに立たされていて、身動ぎもしないで居続けられたと言うことなのか。

 およそ非人間的な扱いに聞こえるけれど。


 結局、伯爵も詳しいことは何も知らないようで、その後問い詰めてもそれ以上の情報は得られなかった。


「わかったよ、伯爵様。鬼人については、これ以上は問わない。

 それでは、僕から別のお願いがあるんだ」

「別の……お願い、だと?」


 胡乱げに僕を睨みつける伯爵。

 明らかに僕を敵対視しているから、奇跡『使役』を用いて言うことを聞いてもらうしかないのは、仕方がない。


『伯爵様、僕はここで死んだことにして欲しい。

 鬼人に抑え込まれて、伯爵の雷に貫かれて僕は死んだんだ。

 一緒にいた天使は、それを見て僕の死体を持ちどこかに飛び去ってしまい、それ以降はどこにも見つからない。いいですね?』


 言霊ちからに従い、コクコクと首を縦に振る伯爵。


『そして伯爵様は、僕や天使を今後決して探してはいけない。

 もし帝都から何か言われたら、探している振りだけして、でも実際に探してはいけない』


 一瞬、考えるようにした伯爵は、それでも受け入れたようだ。


『最後に、クファール村には、今後一切手出ししては駄目ですよ。

 こちらも、何か指示があっても、実際に危害を加えてはならないですから、約束ですよ』


 これも首を縦に振らせて、ようやくここに来た目的を果たせたことに安堵し、伯爵にはひとまず眠ってもらった。


「さあ、ミカ。あとは僕達を見た全員の記憶の辻褄を合わせてから帰ろうか。

 これで僕は、書類上は死人。もう僕を追って来る者はいない。

 伯爵様の家で死んだことになったので、村にもこれ以上の被害はないはずだよ」


 僕は死んだんだ。

 そう思うと本当を言えば悲しいはずなのに、不思議と身体が軽くなったような、心が解放されたような、不思議な気持ちを感じた。


 そうしてミカに微笑みかけた僕の笑顔を見て、ミカは今まで見た中で一番晴れやかな表情をしていると言ってくれた。

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