【22話】伯爵と魔術

 天窓からは茜色の光が降り注ぎ、その絢爛けんらんたる装飾を施された広い室内を照らす。

 光を浴びた壁面の飾りや調度品は、そこに埋め込まれた美しい貴金属の模様が夕陽色に反射して部屋を華やかに彩る。


 そんな美しい室内に似つかわしくない怒声が、部屋を震わせる。


「何だと! あんな小さな開拓村ひとつを押さえるのに二千からの兵を使って、何もせずに帰ってきただぁ!?」


「は、ダンテオダーリ子爵、ネヴィルカタン子爵、双方とも既に撤退に移っており、村には何もないとの報告がありました。

 しかしながら両軍とも兵に損害があるとも言っており、それにも関わらず報告内容が曖昧で、正直に申しまして意味が分からないのです」


 ぐぬっ。


 自分の思う通りに進まない事態を前に怒りに身を震わせ、それに付随して紅潮した首周りの脂肪がぷるんと弾む。


 オーゼーン伯爵は白透石を育てる名人として知られる。

 そういった白透石の作り手は感情――欲望とも言う――が強く、自分に素直わがままな傾向があるとも言われていた。

 その例に漏れず伯爵も様々な嗜好を持つ自尊心の塊である。それは不摂生につながり、不健康な身体を育んだ。


 寸動鍋のような巨体を苛々を左右に振りながら怒りを抑えることなく撒き散らし、その周囲では必死に宥める近習が右往左往する。

 屈強の魔術兵士達がその様子を冷然と眺めながら、彫像のような全身鎧が飾られた壁沿いに侍る。


 それはいつもの光景。

 ――だが、その日は別の展開が空から降ってきた。


 天窓から光が差した。

 夕暮れにも関わらず、あたかも朝日が差し込むが如きまばゆい光が部屋を包む。

 部屋に居る者は皆、その光源を求めて上を仰ぎ見、天窓の向こうに存在する光の塊に目を細めた。


 次の瞬間、硝子ガラスが割れる硬質な音が部屋に響き、天窓の破片がぱらぱらと降り注ぐ。

 続いて部屋の中央に光の繭がゆっくりと降り立ち、そして消えた。


『扉よ、次の命があるまで決して開くな。

 外から入れず、内から出れず。閉じたままで居よ』


 光の繭が消えた後に残った少年と少女。

 天上の美しさを持つその少女の口から、力ある言霊ことばが発せられた。

 両脇に全身鎧が立つ立派な扉が一瞬だけ薄く光り、そして微動だにしなくなる。


 言葉もなく、ただその在り様を見るしかできない伯爵と部下達。


「窓からお邪魔してしまい、申し訳ございません。

 僕はクファール村のジンです――貴方が捕らえようとしていた者です」


 その部屋の中で最も派手な衣装を着た者、オーゼーン伯爵に向かって、少年は語りかけた。

 いったん口を閉ざし相手の様子を見て、それから再び口を開こうとして――


「ふざけるなぁ、なにが申し訳ない、だ! 下賤な餓鬼がぁ!

 お前ら何をしている、アレらを押さえつけろ!」


 一瞬にして顔を赤くした伯爵が喚き散らし、その言葉に弾かれたように部屋の者達が中央に居る少年と少女に向け殺到する。


『動くな!』


 しかし、少女の言霊ことばで一斉に動きを止める。さながら”妖精の足音だるまさんがころんだ”という子供遊びのように。


『座ってください』


 少年ジンがそう言うと、苦しそうに立っていた者達が大人しく座る。


「伯爵、僕達は捉えられるわけにいかないので、申し訳ないのですが動きを封じさせてもらいました。

 それでですね――」


 再び語り出そうとする少年ジン

 しかし、座る、という言霊ことばで拘束を上書きされた伯爵は言葉を取り戻していた。


「我が下僕よ、中央の二人に雷の制裁を撃てぇ!」


 伯爵の声が響き渡り、机の上に置いてあった伯爵の頭ほどもある大きな白透石が強く発光し稲光が放たれた。

 大気を震わせるような凄まじい雷鳴が轟き、雷光が二人を呑み込む。


「下僕ども、雷光で檻を成せ!」


 続く伯爵の言葉に応じた白透石は、二人の周囲を電撃で包み込んで動きを封じる。

 濛々と煙が立ち込める中、動きを取り戻した伯爵の配下である魔術兵士達が取り囲んだ。


「貴様ら、構わないから撃ち殺してしまえ!」


 白透石の霊核には作り手の想いが宿るため、その存在次第で力を発するための呼び掛けは様々。要は意図が白透石に伝われば魔術は発動する。


 各自が持つ白透石に命じ、魔術による攻撃が雷の檻に向けて放たれた。


 雷の檻は、まるで巨大な炎の球を閉じ込めるかのような様相を示して――そして突然、強い光と共に炎が弾けた。


「主様、大丈夫ですか?

 すみません、咄嗟に護りが展開できませんでした……」

「ありがとう、一瞬どうなるかと思ったけど、なんとか無事だよ」


 炎と雷が弾け飛んだ中から、少年と少女が現れた。

 少年の方は少し着ているものが焦げている様子が見られるが、少女の方は全くの無傷。


(学園都市からの、あの情報は正しかったのか……)


 伯爵にのみ知ることを許された、魔術に寄る個別プライベート情報伝達による機密情報。

 天使の降臨を示唆するそれは、可能性の一端として最近発生した警邏部の怪奇事件に関する重要参考人とされる少年ジンの関係可能性も記されていた。


 下賤な民が天使の助力を得るなどありえないと考えたが、念のため軍隊まで動員して確保を試みたのはどうやら間違いでなかったようであり、それどころか対応が不足していたということのようだ。今でも信じ難いが。


 教会に対抗するため、帝国が喉から手が出るほど欲している天使の存在。

 これを捕えることができれば、己の功績はどれほどのものとなろうか。


 ――だが、自身の渾身の魔術である雷撃を天使と少年は防ぎ切った。これほど強力な個体である天使を捕らえるには、どうすればよいか。


 決まっている。

 最高の奥の手を繰り出すしかない。


『この場に居る者は……』


 少年が何かのあやしい術を使おうとしている、と見た伯爵は先んじて叫んだ。


「鬼人ども、奴らを殺せぇ!」


 その声に応じて。


 部屋の壁沿いに飾られていた全身鎧が震え、そして部屋の中央に居る少年ジン少女ミカに向けて走り出した!

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