【21話】戦の後、村の中

 村は決して軽くない被害を負った。


 ミカが火矢の殆どを撃ち落とし、剣閃で炎を消したとしても、それでも撃ち漏らしがゼロではなかったし、消す前の炎が嘗めた跡までを消すことは出来なかった。


 なにより、ミカがダンテオダーリ子爵の軍を強襲している間にも多少は火矢が降り注いでおり、その僅かな時間で燃えやすい家屋などは全焼してしまったのだ。


 とは言え、あの規模の軍に攻められて、死者はゼロ、怪我人も少なく、ミカが治癒を施してくれれば後遺症は残らない程度だから、取り返しがつく範疇だろう。


 僕とミカは村内を見て回り、火の気が残っていないか、崩落の危険のある場所はないかなどを確認した。

 その後で、重傷者はミカの力で、軽傷者は僕が手当てをした。


「ミカは怪我の治癒の奇跡まで持っているんだね。すごいなあ」

「いえ、これは奇跡と呼ぶほどではございません。すこし霊力を与えて回復力を高めているだけです。

 『治癒』の奇跡を授かった天使は他におりまして、その足元にも及びません。

 それより、主様こそ治療の手際が良いですね?」

「ジンのお父さんはこの村で医者をやっていたのよ。

 ジンは小さい頃から手伝いをしていたから、手当くらいなら慣れっこなのよ」


 ミカの問いかけを、何故かフローラが答えてくれる。

 そんな風に話をしながら負傷した村人達を手当して行った。


「さて、これで終わったかな――あれ、エーセックさん、どうしましたか?」


 村人たちの手当がひと段落したと思ったら、渋い顔をしたエーセックさんが入室してきた。


「ジン――今回の事件、お前が原因なんだな?

 今頃だが、村に通達書が届いたぞ」


 単刀直入に話してくるのを、僕は冷静に受け止める。


「ちょっと、いきなりなんなのよ!

 ジンだって好きで襲われたわけじゃないんだし、自分で解決したし!?

 それに、こうやって後始末まで自分から買って出ているわ!

 父さんだって、もっと丁寧になっていいはずよ!」


 冷静でなかったのは僕の幼馴染の方であった。

 顔を赤くして弁護する自分の愛娘を困ったように眺めるエーセックさんは、フローラには何も答えずに僕の方を向いてじっと見る。


「分かっています、エーセックさん。

 大丈夫です、今後、この村に迷惑が掛からないような策を考えています。

 ――ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません」


 そう言って頭を下げ、再びエーセックさんを見た。

 安心したような。困ったような。情けないような。

 くるくると、いろいろな表情がエーセックさんの顔貌に走る。


「――その、すまん。

 村を守ってもらい、怪我した村民の治療もしてもらい。

 だが……だが、俺は……」


「いいんです。

 僕もここの村で育った身です、この村が末永く平和であって欲しい。

 だから、これ以上は、いいんです」


 僕はそれだけ言って、ミカの方を見た。


「ミカ、待たせてしまってごめんね。

 話をつけるため、これから伯爵のところに行く。

 連れて行ってくれ」

「かしこまりました」


 その言葉を聞いて目を見開くエーセックさんとフローラ。

 でも、説明をしている時間はない。本当は、子爵達の軍を追い返してすぐにでも行かなくてはならなかったのだから。


「待って!」


 僕とミカが飛び立つために家の外に出ると、フローラが慌てて追ってきた。


「そんな、伯爵のところに行くなんて!

 危ないわよ! もっと他に何かやりようはあるんじゃないの!?


 ――そうよ、逃げればいいのよ! 伯爵の力の及ばない所に!


 あたしも一緒に行ってあげるから! だから!」


 顔を真っ赤にして必死に抗議するフローラ。

 そこまで僕のことを考えてくれて、本当に嬉しい。

 でもね、どうしようもないんだ。


「ありがとう……でもね、ごめん。

 伯爵で終わりではないんだ。逃げてもきっと、もっと別の怖い人たちが来る。そうしたら、例えミカでも、ずっと僕達を守り切ることはできないと思うんだ。

 だから、ここで終わらせておく必要があるんだ。そのためには、伯爵と話をつけなくてはならないんだよ」

「なら、私も! 私も一緒に行くわよ!

 行ってあげるわよ!

 ミカ、私も連れて行って!」

「ごめん、流石に奇跡の力を持たないフローラを連れて行くのは危険なんだ。

 僕では君を守り切る自信がない。

 気持ちは嬉しいけど、待っていてくれないか」


 ぐ、と声を詰まらせるフローラ。

 何かを言おうとして口を開いて――言葉にならず、悔しそうに口を閉ざす。


「大丈夫、伯爵と話をつけたら、必ずまたここに帰って来る。

 だから待っていて欲しい。

 きっと僕は大丈夫だ。なにしろ、天使の御加護があるのだから」


 下手な冗談を言ってミカと目を見交わし合い、それからフローラを見て笑って見せた。

 これで少しでも安心してくれたらいいのだけれど。


「それじゃ、行ってくるね」


 僕がそう言うと、慣れた動作ですぃと僕の後ろにミカが回る。

 そのまま両手を回して僕を抱きかかえ、次の瞬間には飛び立っていた。


 ――睨むように二人を見るフローラを残して。


***


 あっと言う間に豆粒ほどに小さくなったジンとミカ。

 二人の姿が見えなくなってもしばらくその場から動けずに、フローラはじっと二人が消えて行った空を眺めていた。


「――なによ」


 フローラの口から、絞り出すような声が漏れる。


「なによ、ミカばっかり頼っちゃってさ。

 あたしだって、あたしだってジンの力になりたいのに――」


 目を閉じると、想い人の後ろからそっと抱きしめる天使の姿が視えた。

 人ではなり得ない完璧な美しさを持つ天使。

 なんであんなのが、よりにもよってジンの側に。


 再び目を開き、それと共に何かが目の端から零れるのを感じる。

 しかし、そんなことはどうでもいい。


 ジンと共に行動する美しい天使に対し、黒い気持ちが胸の裡に湧き上がるのを感じながら、二人が消えて行った空をフローラはずっと眺めていた。

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