【20話】ひとりぼっちの迎撃軍(後編)

 ガカッ、ガカッ、ガカッ


 村道に騎馬の蹄の音が響き渡る。


 サルファとその仲間の騎士達、総勢十名。

 泥人形ゴーレムを突破し、騎馬にて一路、村へと急いだ。


「泥人形に随分と時間を取ってしまったな。

 このままではダンテオダーリ子爵の軍に先を越されてしまう」


 誰かに話しかけるとも、独り言ともつかない、中途半端な声量で呟く。

 もとより、返事など期待もしていいない。


 皆、気持ちはひとつのはずだ。

 村へ。村へ。あの村へ一番乗りを果たし、存分に蹂躙する。

 それしか考えていない。故に、自分の呟きは、自分の焦りは、皆の共通認識なのだ。


 そんな、しょうもない考えにふけっていたせいか?


「へへっ、サルファよ、先に行かせてもらうぞ!」


 後続の騎士のうち一騎がサルファを抜いて前方に踊り出す。

 何故あれほどの速度スピードを?

 その騎士を良く見てみれば、装備が軽くなっている――外して来たのか!


「こら、ドレン、貴様は正気か!?

 戦争中に武具を捨てるなど、言語同断!」

「吠えてろよ。

 こんな村人を蹂躙するだけの侵攻なんて、真面目にやってらんねーよ」


 そう言って、ハァ! と馬に声をかけ、更に速度を上げようとする。


 ちっ、と舌打ちをして、サルファは後続の者達を煽るため声をかけようとして後ろを振り向いて――


 ばぁん!!


 凄まじい音が前方より響き渡る。

 心臓が跳ね、慌てて前方を見ようと顔を進行方向に向けると、顔中に冷たい飛沫しぶきがあたる。


 森の中を駆けていて、突然、スコールを横方向に喰らったような水滴を受け――

 そして目の前では抜け駆けした騎士、ドレンが地べたで痙攣していた。


「止まれっ!! どうっ、どうどう、どうっ!!」


 慌てて騎士隊全員が馬を止める。

 代表してサルファが下馬し様子を見に行くと、まるで池に落ちたかのようにずぶ濡れのドレンが地面でぴくん、ぴくん、と跳ねていた。


 サルファはそっと剣を抜き放つ。

 油断はすまい。敵がのような力を持つのか分からないのだから。


 舐めるように周囲を眺めていると、繁みが揺れる音が耳に届く。

 そして視界を覆う大きな草が揺れる。


 せんを取る!


「我が眷属の炎の子よ、炎熱の槍と成りて敵を貫け!」


 指輪に嵌められた白透石に宿る魔に命じると、石から赤黒い光が滲み出て絡み合い極太の炎の槍が幻出する。

 赤橙色に輝く槍は勢いよく繁みに突っ込んで――破裂するような音と共に、その奥から白煙が爆発的に広がった。


 周囲一帯が徐々に白い煙――いや、これは霧に覆われて行く。

 油断なく周囲を見渡すサルファ。


「おのれ、魔物めが! 姿を現せ!」


 見通せない視界に苛立ったのか、後続の騎士の一名が叫ぶ。

 と、そこへ。


 どばっしゃああぁぁぁ!!!!


 大気の震えを感じさせるような勢いで、その騎士目掛けて繁みの中から白い柱が突き出て、騎馬もろとも視界から消失する。

 その場に残されたのは水たまり――水の柱が騎士を吹き飛ばしたのだ。


 凍り付いたかのように、身動みじろぎもとれなくなる騎士達。

 初動が全く感知できなかった。それでいて、完全装備フルアーマーの騎乗した騎士を一瞬で吹き飛ばす威力。


「うわっ、うわぁぁぁ!?」


 緊張に耐え兼ね、馬首を巡らし逃走する騎士に、容赦なく背後から水撃が襲い、最初の犠牲になった騎士と同様、跡形もなく吹き飛ぶ。


「一時撤退だ! 皆、いったん後方へ下がり立て直すぞ!」


 サルファは急いで馬に乗り蛇行し駆けながら叫んだ。

 案の定、声を発した一瞬後に、水柱の水撃が襲う。


 サルファの様子を見て、そしてその号令を聞いて、騎士達は皆で逃走に移る。

 後方に置いて来た兵達がようやく泥人形への対処が終わった場所に駆け戻った時には更に二騎が脱落し、残り六騎となっていた。


 だが、一時撤退はここまで。

 道を阻んでいた泥人形ゴーレムは既に排除され、それを感じたのか野犬達は逃げ散っていった。

 ここから先は、兵を率いて堂々と行けばよい。


「兵長、この進路の先に、魔術を使用した待ち伏せの兵が居る。

 弓兵を先行させ、排除せよ! なんなら火矢を使用しても構わん!」


 敢えてその威力をぼかしたまま、サルファは兵達に露払いを命じる。

 ただあの強力な攻撃、密集陣形は危険であるため、散開した陣形を用いることは指示をしていた。


 そうして兵達に隠れるように進んで行くと、前方から困惑した様子の伝令が駆け寄る。


「サルファ様、前方に少女が居りまして、その、通れないのですが……」


 進軍を止める少女?

 何を馬鹿な――と言おうとして、ふと気づく。

 つい最近もそんな事例があったはずだ。それも、自分の関わる場所で。


「我が様子を見ようではないか」


 つい先日発生した不可解な事件。


 学園都市の市長より届いた一通の通達。

 それも魔術を使用した緊急連絡で。


 警邏隊を巻き込んだ不可解事件の重要参考人である少年が、自身の出身地であるクファール村へ向けて出発したため善処されたし、というものだった。


 善処ってなんだよ。

 そう不満げに漏らしながらも、備考欄に記載された一文に急に奮起した子爵。

 曰く、少年は絶世の美少女を連れている可能性が高い、という。


 自分も含めて急に兵まで動員し、かどわかし――もとい、同行させようとしたものの、気が付くと関係者全員で事件のもみ消しに奔走していた。

 しかも、その日何があったのか、誰も覚えていないと言う。

 まさに通達書類にあった不可思議事件に瓜二つの事案である。


 さらに自分について言うならば、命を受けて出立し待機してから先の記憶が無いのだが、その後で装備を整備すると記憶にない明らかな落馬の痕跡が認められた。

 具体的に言うならば、甲冑に不名誉な凹みがあったのだ。

 毎日磨いているから間違いはない。

 しかもそれを見ていると、何故かふつふつと腹の底から屈辱の感情が沸き起こるってくるのだ。


 間違いなく、何かがあった。

 我が所属する軍の執行を妨害した存在。

 おそらくそれは、通達にあった辺鄙な開拓村の少年と絶世の美少女。いや、忌々しい小僧と女。

 間違いない、そいつらは敵だ。


 ならば、この先で我が軍に立ち塞がると言う少女こそが、きっと。

 我の理由も不明なる屈辱感の原因はおそらく――!


 霧が立ち込める林道、騎馬が鳴らす蹄の音を響かせ進む。

 やがて道を塞ぐようにして佇む少女の影がぼんやりと浮き出て来た。


「そこの者、何者だ!

 我が軍が通行中である、道を空けよ! 踏み潰すぞ!」


 自分の中の屈辱の感情を、更にその奥に潜む畏れの感情を捻じ伏せるようにして、サルファは目の前の少女らしき影に向かい警告を発した。


 しかし微動だにしない影。

 サルファは速度を緩めず進み、やがて薄くたゆたう霧を通して少女の姿が見える。


 その少女の姿。

 まるで澄んだ泉の水のように透き通った髪と肌は、白色に近く見える。

 霧で見えづらいものの、なるほど顔立ちは美少女と称せるほどに整っているようだ。少女がまとう神官服にも似た服装も相まって、その姿は神秘的な存在に感じられる。


 だが。


「おのれ魔物めが! 我を惑わそうとしてもそうは行かぬ、成敗してくれるわ!」


 サルファはその姿に不吉な物を感じて、騎馬を駆り突撃を敢行した。

 まるで過去に一度あったかのような既視感。

 必敗の予感と畏れ。身がすくみ、突撃の最中に思わず馬上で上体ごと伏せてしまう。


 そしてそれが良かった。


 どばっしゃああぁぁぁ!!!!


 今まで上体があった場所を水の柱が貫き、体中に水飛沫が飛び散る。

 馬上に伏せていてもその衝撃が感じられた。

 まるで命を刈り取るかのような、凄まじい圧力。


「ひぃっ!?」


 恐怖に声が漏れる。

 馬を急停止させ、地上に降りて身体を丸くし、耳を塞ぐ。

 それでも周囲から聞こえる、とてつもない重量の何かが飛び交うような轟音。それに伴い聞こえてくる悲鳴、兵達の叫び、身体を震わせる地響き。


 ――やがて静寂が訪れる。


 しばらく震えていたサルファは、ゆっくりと顔を持ち上げた。

 周囲を見渡せば、累々と積み上がる兵士達が倒れた姿。


 ここはどこだ。

 死者の国だろうか。

 自分は知らぬ間に命を奪われてしまったのだろうか。


 濃密な霧が立ち込める森の中、サルファは立ち上がり覚束ない足取りでふらふらと歩き始めた。

 震える体でとぼとぼと歩くと、視線の先に少女が佇む姿が見える。

 彼女はこちらを見ると、その整った顔立ちを笑みの形にゆがめる。


 人らしく見えるのに、人ならざる笑顔を見て、サルファは恐怖に凍った。


 あれは何者だ。

 我が軍の兵を壊滅させた異形の存在か。

 ややあって、その存在に近づく者がいた。

 あれは……少年だろうか。


 呼吸が苦しい。

 何かの呪いだろうか、息が上手くできない。

 その魔物の笑顔を見ているだけで、苦しみが増し、呼吸が不規則になる。

 無理やり空気を吸い込み、気道から変な音がする。


 もうやめてくれ。

 許してくれ。

 苦しさのあまり、上を向くと、空から光がひらひらと舞い落ちてくるのが目に入ってきた。


 あれは、なんだ?


 目を凝らすと、背中の翼を輝かせながら降りくる天使様。

 天界の美を体現したかのような美麗な姿。


 そうか、我はここで天に召されるのか――。


 そう考えた瞬間、サルファの意識は暗転した。


***


「主様、既にこちらも終わらせてしまったのですね?」


 空からミカが降りてきた。

 僕はつい今しがた気絶した騎士様を見ながらうなずく。


「少なくとも森に入った兵士たちは、そこで倒れた騎士様が最後みたい。

 『認知』で確認したら緊張による過呼吸で意識を失ったみたいで、命に別状はないようだよ」

「……私の出番がありませんでした」


 何故かしょんぼりするミカ。

 こうも上手く行くとは僕も思っていなかったから、苦笑するしかない。

 そこに、兵士達を撃退した少女が歩み寄り、ミカに頭を下げ挨拶をする。


「泉の精霊だな。

 其方が兵達を迎撃してくれたのだな……ご苦労だった」


 僕が昔よく遊んだ、森の中に湧き出る泉。

 比較的大きなその泉は昔から守り神の存在がささやかれていたので、思い切って『認知』と『使役』を使い、力の源として白透石をありったけ渡したところ、泉の精霊自身が形を成して僕を助けてくれたのだ。


(主様にこのような姿を貸していただき、感謝いたします)


 泉の精霊の言葉が頭の中に響く。

 魔術にもある、念話という直接心に声を届ける術と同等の技、なのだろう。きっと。


 泉の精霊は自由に動ける体を借り受けてご満悦の様子だ。

 そうしたこともあり、にこにこしながら水の柱で兵士たちを吹き飛ばしてくれた。


「どこか、私に似ていますね? この精霊」

「僕が超常の存在として認知しちゃったから、ついミカの姿と重なってしまったんだ」


 そのミカに似た容貌がサルファ騎士爵の潜在的恐怖心を煽ってしまったことはついぞ知らなかったが、それはどちらにとってより良い結果となったのか。


 ともあれ。


「さて、ミカにお願いがあるんだ」

「なんなりと?」

「ここの兵士たちの記憶を操作して、それからネヴィルカタン子爵に改めて言い聞かせて。

 そうしたら、今度は伯爵に会いに行かなきゃいけない。手伝って欲しい」


 その言葉を聞いて、顔を曇らせるミカ。


「それは構いませんが……きりがありませんね。

 どうでしょう、いっそのこと帝国の主たる帝王のところに行って、直接言霊ちからづくでこれ以上余計なことをしないように誓わせてみては」


 やめて。

 ほんとにやりそうだし、できちゃいそうだけどやめて。


「いや、ミカ、そういう力づくは良くないと思うんだ……。

 少し考えがあるからさ、今回は僕の考えに従ってくれ。いいね?」

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