【19話】ひとりぼっちの迎撃軍(前編)

「それでは主、行って参ります」


 そう言うやミカは光翼を広げ飛び立ち、次の瞬間には豆粒のように小さくなっていた。それをゆっくり見守る暇もなく、僕は駆け出す。


 村道を走っていると、ソクラ爺さんの飼い犬であるフィルーが道端に見つける。

 『認知』を使ってみると、水色に淡く緩やかに明滅しているのが見える。僕を見ても心は平静であり、つまり友好的であることのしるし


『フィルー、ちょっと仲間を呼んで来てくれないかな』


 僕はフィルーに向かい言霊ちからを行使した。それを受けフィルーは仲間を呼びに駆け去る。

 それを横目で見ながら、近所の沼に辿り着く。

 この沼で良くナマズを釣ったっけ。そんなことに懐かしさを想いながら、ポケットに手を突っ込む。じゃらり、と音が聞こえる。

 その中から白透石を数粒を掴み、沼に投げ入れた。


『沼の精霊よ、僕に力を貸してくれ!』


 僕の思い出に影響されたのか、髭を垂らしたナマズ顔の精霊が沼から顔をもたげ、沼底から白い粒を摘まみ上げた。


『その石の力で泥人形ゴーレムを作って、ちょっと遊んでくれるかい』


 ナマズ顔の泥人形ゴーレムにお願いをしてから、僕は再び駆けだした。


***


 小さな家ほどもある天幕。

 それは開けた草原に立てられており、周囲を兵士たちが物々しく警護する。

 天幕の装いは華美であり、使われる生地は清潔でシミすらも見当たらず、折り目に沿い刺繍で彩られている。


 そこに汗にまみれ顔を赤くした兵士が一人駆け込んできた。


「ネヴィルカタン子爵! ネヴィルカタン子爵は居られますか!?」


 広大な天幕の中、柔らかな絨毯を敷き、両脇に女性をはべらせて、彫刻を施され美しく彩色された机に美食つまみを配膳して果実酒をたしなんでいた子爵は顔をしかめた。


「なに用じゃ、無粋な。

 たかが開拓村のひとつを蹂躙するだけで、何を騒いでいるのだ。

 せっかくの野営ピクニック、最上級の天幕テントで楽しんでおったのに台無しではないか」


 息を荒げ、顔を赤くした兵士はうつむくと、絨毯に汗が滴り落ちる。

 それを叱責されるのではと気が焦るが、そう簡単に息は整わない。


「――む、村への道のと、途中で、まものが数体、我々を阻んでいる、そうです。

 ときおり、野犬どもが、我々を襲い、邪魔をして、侵攻が滞って、ます」


 息も切れ切れに、報告する。


「なんじゃ、そんなこと。

 魔物なぞそこいらに居るわけがなかろう。

 魔術を使ったのか、何だか知らないが、この兵数で攻められないわけもないだろう」

「それが泥の魔物が道を塞いでおりまして、槍も矢も、魔術すらも効果がありません。

 力も強く、進むに進めず、排除もできなくて、兵達が動揺しております」


 むぅ、といったん口を閉ざすネヴィルカタン子爵。

 しかしよく考えてみると、そんな馬鹿な話があろうか。こんな辺鄙な田舎で、そのような本格的な魔術のようなことを行使できる存在がいようか。


 いる、訳が無い。

 つまり、自分が兵に馬鹿にされているのではないか。

 どうせ、下っ端兵士がさぼりたいがためについた嘘であろう。

 許せん!


「馬鹿者が! そのような戯言たわごとを信じると思うてか!

 嘘っぱち並べてないで、とっとと行ってこい!」

「本当なんです、泥の魔物には剣も魔法も効かないのです」


 こいつら、さぼりたいだけだろうに、嘘八百ならべおって!


「ふざけるな、こんな村を落とすのに手間取ったなどと、儂の名誉に泥を塗る気か!」


 子爵が怒鳴り、兵士が困惑する。

 その様子を眺めていた、子爵に近侍していた男が口を挟み、兵士に向かい問い質した。


「その魔物は、動きは素早いのか?」

「いえ、力が強いようですが、動きは鈍いです」


 そう聞くと、ニヤリと笑ったその男は子爵に向かい提案した。


「子爵、私が様子を見てまいりましょう。

 仮にそれが居たとして、そんな魔物をまともに相手にする必要はございませぬ。

 私が騎士達を率いてその魔物の側を駆け抜け、それらが守る村を蹂躙して見せましょうぞ。さすれば、守る対象ものを失った魔物も力を失うことでしょう」

「なるほど! 素晴らしい案だ、サルファ騎士爵よ。

 されば、まずはその策を実行して見せよ!」


 その言葉を聞いてニヤリとサルファは笑う。

 あの忌々しい小僧と女が向かったはずの村。必ずや関係しているはず。

 何としても、ここでその借りを返してくれる。


 そう考えたサルファは、一緒に侍っていた騎士達を率いて天幕を出て行った。


***


 サルファ達、騎士隊が現場に到着したとき、そこは惨憺たる様相を示していた。


 目の前の細い林道を塞ぐ、なまずのような顔の巨大な泥人形。

 兵士たちは号令で突撃するが槍も剣で攻撃してもなんら効果がなく、一般的な魔術である火炎球ファイヤーボールを撃ち込んでもめり込み、ぶすぶすと煙を残すだけ。

 更に泥人形が振るった腕に接触しただけで兵士達は大怪我をしてしまう。

 泥人形を避けて林道の脇を行けば草むらの中から野犬の群れに襲われる。


 数十を超える兵達が負傷し後方で横たわっていて、前線では兵達が壁のようになり押し込もうとするが、全て弾き返されていた。


 場所も悪い。

 見渡しも足場も悪い林道で、迂回が困難な場所に遮蔽物が多く野犬を覆い隠す。

 広くもない林道は横幅がある泥人形が封鎖しており、攻撃を避けるのは難しくないが突破はできそうもない。

 大軍を足止めするには格好の地形と言えよう。


「あの泥人形ゴーレムは、戦闘人形と言うより壁だな。

 突撃チャージしても良くて相討ち、下手したらこちらが壁に向かって突っ込んで終わり、となりかねん」


 サルファは現状を分析する。


「魔術を使える兵はいるか!

 炎を使って攻撃してみよ。あの泥を壊すのではなく、強い火勢で水分を飛ばして固めるイメージだ」


 サルファの指示により、大火力を泥人形にぶつける。

 すると、表面が乾燥し土くれが剥がれ落ちると、それらは再び泥人形と一体化しないことが見て取れた。


火炎球ファイヤーボールでは、炎が呑み込まれて何の手応えもありませんでしたが、火炎放射ファイヤーストームであれば効果はあったのですね」


 兵長が驚きながら、申し訳なさそうに言う。


「構わん。効率は悪いが、効果は得られることが分かればそれで良い。

 それを使えば、どれくらいで排除できそうか」

「そうですね、効果はあるとは言え、それなりに時間はかかりそうです……

 術師を急かしたとして、四半時30分は必要でしょう」

「わかった」


 サルファは鷹揚にうなずく。

 しかし、そんなに長いこと待つ気はない。

 折角、羽目を外して暴れられるというのに、待ちぼうけをしている場合であろうか? いや、ない。


「お前達は、泥人形ゴーレムどもの中央に最大火力で一斉に燃やし尽くせ!

 その後、ちょうど泥が固まった頃合いに我々が突撃チャージを仕掛け、突破する!

 貴様ら雑兵はその後、あの泥人形ゴーレムを処理してから来るが良い!」


 そう告げると、兵士達はざわめき立つ。

 なにしろ、村の蹂躙を期待して集まったのに、騎士達に先を越されてしまうのだ。

 これほど悔しいことが他にあろうか。


 そう思っても、上長からの指示には従わなくてはならない。もしも手抜きがバレたら、命が無いのは自分達なのだ。


 そうして、サルファの想定通りに大火力の魔術が行使された。


突撃チャージぃ!!!」


 サルファ達は馬上槍を掲げ、号令と共に騎馬で駆け抜けた。


 これで奴らを蹂躙することができる。


 巷で騎士道精神と呼ばれている高尚な思想などは心の奥底に仕舞いこみ、獣性を剥き出しにして騎士たちは村を目指した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る