【18話】村への襲撃

 頭上には何十本もの火矢が飛び、村のあちこちへと降り注ぐ。

 炎と黒煙に逃げ惑う村人たち、いつ火矢に当たってもおかしくない。


「ミカ! この矢を撃ち落とせないか!?」

「お任せください、主様!」


 そう言いながらミカは抜剣し、神賜の剣しんしのつるぎから放たれる光の刃で飛翔する火矢を斬り落とす。

 空から火矢がなくなると、ミカは今度は水平方向に刃を伸ばす。その光は炎上する家々の炎を打ち消した。


「ミカ、空から敵を確認しよう!」

「承知致しました!」


 言うが早いか、ミカは僕を後ろから抱き抱えて空に舞う。

 上空から村を見て、何者の襲撃なのかを確認して――僕はそれを知った。


 森の中の開けた場所、そこに建設された村。

 村を囲う繁茂する木々の、更にその外側を取り囲む雲霞の如き人の群れ。

 構成する人々の装いを見れば、奇跡たる『認知』を用いるまでもなく分かる。


 この鄙びた村を、軍隊が取り囲んでいるのだ。


「……すごい数。いったい、どれほどの兵士がこの村を囲んでいるのか……」

「軍は二人の領主により率いられているようです。

 片方はおよそ千二百十二人、もう片方は九百八十八人。合計すると二千二百人の軍勢の様です」


 そうか、認知を使えば数だけでなく、様々な情報が得られるのか。

 確認すると、数が多い方はダンテオダーリ子爵、少ない方は少し前に釘を刺したネヴィルカタン子爵の軍のようだ。


 これほどの軍を率いると言うことは、子爵達の独断ではないだろう。

 つまりは――


「彼らの主筋、オーゼーン伯爵の指示により動員されたようですね」


 少し外れた場所でさぼっていた兵士の側に降り立ち確認したところ、伯爵により動員された軍であることが分かった。


「……村は好きに蹂躙して良いと子爵様より聞いている。

 それを聞いて参加したも多い……」


 『使役』の力で事情を問い詰め、兵士が語る。

 それでこの兵数にまで膨れたのか。


「すごい数の軍隊に囲まれて……やっぱり僕のせいなのかな」

「主様は何も悪くありません。

 無実の民を力尽くでどうこうしようという輩が悪いのです」


 きりりとした表情で言うミカの言うことは何も間違っていないけれど、僕は誰が正しくて何が悪い、という話はしていないんだよな。

 街金の次に国家権力である警邏、そして子爵で今は伯爵。

 この連鎖はどこまで続くのだろう。


 今は、これを考えている時ではないか。

 僕は軽く頭を振って気持ちを切り替える。


「ひとまず、フローラ達のところへ戻ろう。

 何も言わずに飛び出してきちゃったから、きっと心配していると思う」


***


 突然光に包まれて空に飛んで行ったミカと僕を見てエーセックさんはおろおろと戸惑っており、それをフローラが一生懸命宥めていた。

 そこにミカが僕を抱えて空から垂直着陸することでエーセックさんのおろおろに拍車がかかり、更に少し時間を潰してしまう。


 そんな一幕トラブルがありつつも、何とか僕とミカは現状を説明した。ただし、何故この軍が急に来たのかの説明は、おおよその事情を悟ってくれたフローラが誤魔化してくれたのだが。


「今は危ないから、詳しい話は後でしましょう!

 それよりも村の皆の避難が先。ほら、父さんは村の皆を避難させて!」

「でもフローラや、避難と言ってもどこに逃げたら良いのか……」

「このミカ様が、ありがたぁい神の力で敵の力を防いでくれるわ!

 だから今は、村の教会に避難しましょう! 石造りだから火は移り辛いわ」

「分かった、ではフローラも一緒に……」

「駄目よ、まだミカ様と話があるわ。

 あたしは大丈夫、ひとまずはミカ様の加護があるから……て、そんな情けない顔をしていないで、行きなさい! 父さんは村長でしょう!!」


 最後はフローラに尻を蹴られるようにして、ほうほうの態で駆けだすエーセックさん。

 この一連のやりとりの中も、ミカは神賜の剣しんしのつるぎの刃をびかびかと光らせて襲い来る火矢から村を守り続けている。


「奴らは何を考えているのだか、このような非道な真似をして……」


 ミカが顔をしかめ、苦い声を出す。


「このような暴挙は一刻も早く止めねばなりません。

 主様、私がひとっ走り行って、軍隊を潰してきます」


 お使いに行くような気軽さで言うミカ。

 だけと。


「ちょっと待って、流石にこの人数だと神賜の剣しんしのつるぎを使っても簡単に倒すことはできないよね。相手は魔術も使ってくるだろうし。

 どれくらいの時間がかかる?」

「……そうですね、敵の主将はおよその位置を掴めますが……敵の動きも悪くない。

 であれば、小半時一時間足らずもあれば壊滅させることは可能でしょう」

「相手は無差別に火矢を射ってきている。

 ミカが襲撃している間に、村は蹂躙れてしまう可能性があるよ」


 そう言っている間にも、ミカは光の刃で飛翔する火矢を叩き落す。

 途中で落とされていることに気づいてから、矢の本数がとても増えた。


「それでは、いかが致しますか?

 流石に、守りながら攻めることは難しいのですが」


 ミカが困っている。

 だけど、やることは決まっている。


「片方は僕が時間稼ぎをする。

 数の少ない方……ネヴィルカタン子爵の軍の方か。

 その間にミカは多い方の軍、確かダンテオダーリ子爵の軍を潰して来てくれ」


 その話を聞いて、目をぱちくりと瞬かせるミカ。


「主様、それは……確かに奇跡を使えば、相応に相手をできましょう。

 ですが、的は千に近い兵数を持つ軍ですよ? 可能でしょうか?」

「ここは僕が生まれ育った場所。

 勝手に蹂躙されるのは腹に据えかねるんだ。

 それに、昔からあちこち遊んで回った土地だからね。地形は把握しているんだ。

 だから、最初に僕が言う場所に連れて行ってくれ。後は自分でなんとかしてみるよ」


 僕は緊張を悟られないように、なるべく笑顔を作る。


「分かりました、主様。

 それではこの軍を退けましたら、主様が幼き頃に遊んだ場所を案内してください。

 ですから、大怪我はしないで下さいね。私は『治癒』や『蘇生』の奇跡は持ち合わせていませんので。

 約束ですよ?」


 認知の奇跡など使わなくとも、それが強がりであることは一目瞭然だろうけど、それでもミカは僕を見て笑みを返してくれた。


「ちょっと待ってよ!」


 会話に入り込めないでいたフローラが叫ぶ。


「そんな、ジンはただの人なのよ!

 ミカとは違うんだから、そんなこと出来っこないわ!

 危ないから、ジンは私と避難するわよ、いいわね!?」


 ずい、と踏み込んで僕の胸倉をつかんでフローラが迫る。

 そんなフローラの目尻に浮かんでいる滴を人差し指で優しく拭きながら、僕は胸元を掴むフローラの手を掌でそっと包んで話す。


「ありがとう、フローラ。心配してくれて。

 でもね、ここで行かないと僕らはやられてしまうんだ」


 僕はフローラにニコリと微笑みかける。

 最初は取り繕ったような笑顔だったのに、フローラを見ていると、不思議と自然に笑いかけられた。


 ――フローラを護らないと。


「大丈夫。僕にはミカから授かった奇跡の力がある。

 借りものだけれど、今は僕が使わせてもらえている――必ず、戻る。

 だから。ごめん。行ってくるよ」


 それだけ言って、フローラの手を放し、僕はミカの方を向く。

 それを受けたミカはひとつ頷くと、僕を抱えて飛び立った。


 フローラは呆然と見送って、ややあってから俯いた。

 その細い肩を震わせながら。


「――なによ。ミカばっかり頼ってさ。

 あたしだって。あたしだって……!!」


 ミカが反攻に転じることで矢の全てを打ち落とせなくなった今、まばらに矢が降り注ぐ中も、フローラは口惜しさを胸に、しばらくその場にたたずんでいた。

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