【17話】クファール村とフローラの生家
森に入り、しばらく行くと木々が開け小川が流れる場所が広がる。
ここが僕が生まれ育った村、クファール村。
森を開拓して村を築き、畑を広げ、商人として精力的に交易を行うことで経済的に村を支える名家、クファール家。
フローラの生家だ。
村に入りしばらく行くと、最も良い立地に建つ大きな家が見える。
村一番の商店を兼ねる、
「ただいまぁ!」
その家を見ると、じっとしていられなくなったフローラが駆け込む。
家の主がいたようで、満面の笑みを浮かべて彼女を受け止めた。
「おぉ、どうした、フローラ!? 学園に通っていたのではないのかい?
いや、いつ、どれだけ帰ってきてももちろん構わないけどな!
帰ってきたなら好きなだけ居るといい! 今日は御馳走だな!!
……と、ジンも居たのか。
お前は何をしているんだ? 学園はどうした。
皆の援助を背負っているんだから、無駄に帰郷している場合か」
フローラに激甘の笑顔を向けた、この村の長にしてフローラの父親であるエーセックさんは、僕を見るととたんに
「ただいま戻りました、エーセックさん。
すみません、フローラと共にお話しをしなくてはならない事が……」
「……フローラ? だと?」
「……失礼しました。
フローラお嬢様と共にお話をさせてください」
しばらく村を離れていた僕は、つい忘れていた。
この村での自分の立場というものを。
「ふん、お前如きが俺の娘を呼び捨てにするなど、図に乗るなよ。
まさか、学園で対等の友人面しているのじゃないだろうな。お前に出資しているのは、あくまでフローラの付き人という立場を考えて、だからな」
そう言って僕を見下ろすエーセックさんの目は、つまらない物を見るかのような冷たいものだった。
「ちょっと、お父さん!?
ジンになんてことを言うのよ、あたしの事をお嬢さんなんて呼ぶのはあたしが嫌なんだからね!?」
血色を変えて父親に抗議するフローラ。
愛娘に顔を向ける時は見事に激甘な表情に切り替わって対応し、その合間に僕の方を向き醒めた表情をして目で(分かっているんだろうな)と伝えてくる。
「其方がフローラの父親か? 先ほどからジン様のことを
その言葉と共に、人外の美しさを持つ女性が入店してくる。
年の頃は僕やフローラよりも少し上くらいに見えるだろう彼女はもちろんミカだ。
その美しいプラチナブロンドの柔らかな直毛を
正に人外の美しさを惜しげもなく
「いや、俺の娘の方が可愛い」
小さく何かを呟いてから、軽く頭を振ってミカに相対した。
「いらっしゃいませ。
当商会に、どのような御用事で?」
丁寧な言葉とは裏腹な油断ない目付き。
まあ、こんな小さな村に立ち寄る者は素性の知れないことが往々にしてあるから、余所者は簡単には信じないのが普通なのだ。学園都市とは違う。
「うむ。
私はジン様とフローラ嬢に懇意にさせて貰っている者でな。二人が帰郷するということなので、同行させて頂いた。
失礼ながら、ジン様達が滞在される間、私もご一緒させていただきたいのだ」
「エーセックさん、彼女はさる高貴な出自の神官の方で、身分を隠してお忍びをされているのです。
僕はその案内をするというご縁で同行しているのですが、この村の酒場に宿泊していただくには、その、ちょっと高貴すぎますので、この家のお客様として遇していただけないかと思いまして。
あと、その……自分の家は村を出る時に手放してしまったので、僕も泊めていただきたいのです……」
「父さん、そういうことだから、頼んだわよ! もちろん良いわよね?」
ミカ、僕、フローラから畳み込まれ、驚いた後に胡乱な表情になったものの、フローラの最後の一言が効いたらしく、最終的には受け入れてもらった。
「それでは頼むぞ」
そう言って天使の微笑みを浮かべるミカの様子は、確かに高貴な人と呼ぶに相応しい。
よし、このタイミングを活かさなくては。
慌ただしいとは思ったものの、僕は帰郷した事情と目的を話した。
魔術の適性がなかったこと。
無実にも関わらず、警邏から追及があったこと。
それにかこつけて学園側が僕を放校したこと。
この経緯から志半ばで学園を断念せざるを得ず、帰郷したこと。
――以上の事情をこの村で僕が学園都市に行くために出資してくれた人達へ説明し、謝罪をしたいこと。
この話を聞きながら、エーセックさんの表情が次第に険しくなっていくのが見て取れた。
「ジン。お前、ごめんなさいで済むと思っているのか?
皆、お前に期待をして投資してくれたのだぞ。投資してもらった費用はどうするつもりなんだ?
まさか返さないつもりじゃあないだろうな!」
まあ、そうなるよね。
「何よ! 仕方がないじゃない!
ジンは悪くない、学園側が悪いんだから!」
「フローラ、お前は黙っていなさい。
これはジンとの大切なお話しなのだから」
「学園てば、本当に酷かったのよ!
あんまり酷いから失望して、あたしだって辞めて帰って来たわよ!」
「そうか! いいんだよ、フローラ、お前は悪くなんかない。
いやむしろ、よくやった! もう学園なんか行かなくていい! ずっと家にいればいいさ!」
「本当? なら、ジンも同じだから、それで良いわね」
「いや、それとこれとは話が違うから。
フローラ、お前は疲れただろう、先に部屋に戻っているといいぞ。
いつ帰ってきても良いように、毎日掃除しているからな」
フローラの勢いで乗り切るのはやはり無理だった。ふくれっ面のフローラの前に、ずいとミカが進み出る。
「御主人、気にされているのは費用の面であろうか。
私もジン様には一方ならぬ御恩を受けている身。
我が主が必ずや受けた投資の内容を返却なさることでしょう、どうか安心してくれ」
そのミカの言葉と威厳に、思わず口を
ミカの言葉に嘘はない。僕は、受けた恩を返す意思はあるのだから。
でも、僕の事を「ジン様」と「我が主」とに地味に使い分けているから、普通に考えると「ミカの主の偉い人」が僕の代わりに弁済してくれるように聞こえる。
天使って、嘘はつかないけど
変なところで感心してしまった。
「ま、まあ。あんたの
とりあえず分かった、ジン」
良かった。
ミカとフローラの援護のお陰で、話くらいは聞いてくれそうな雰囲気になった。
ほっと一息ついた僕の耳に、外から騒音が聞こえてくる。
「なんだ、騒がしいな?」
エーセックさんも気になり顔をしかめた所で、勢いよく出入口が開かれた。
誰かと思えば、木こりのボルフさん。
「エーセックさん!
大変だ、火事だあ! 村のあちこちで燃えているだに!」
「あちこちで!?
どういうことだ、何があった!」
「オラも良くわかんね! だけんど、家が燃えているだぁ!!」
興奮したボルフさんは、唾を飛ばしながらひたすら叫んでいる。
慌てて外に飛び出した僕らは見た。
先ほどまでは何でもなかった村のあちらこちらで、確かに家が燃えていることを。
村人たちが血相を変えて逃げ惑っている様子を。
そして、火のついた矢が遠くから射られて飛んで来ることを。
――村は、何者かにより、襲撃を受けていた。
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