【第2章】故郷の村

【15話】帰郷の途中で(前編)

「ああ、皆にどんな顔を合わせればいいのかなぁ……」


 故郷まで続く田舎道。

 ミカとフローラに挟まれ歩きながら晩秋に色づき散りつつある木々を眺めつつ、僕は何度目かの溜息をついた。


「まだそんなことを気に病んでいるの?

 そんなの、アイツら学園側が悪いんでしょ、あんたが気にすることじゃないわよ!」

「そうですよ、主様。

 主様は何も間違ったことはしていません。胸を張って帰郷してください。

 もし何か物申す不届き者が居りましたら、私が言い聞かせますから」

「ミカ、頼むからそれはやめて下さい……僕がちゃんと説明するから……」


 ミカは無闇に力を振りかざす性格タイプではないものの、効率重視と言うか、たまに言霊ちからに物を言わせてしまうことがあるのが油断ならない。


「ジンの言う通りよ、ミカ。

 相手はジンの将来性を買って、ジンに投資してくれた人達なのだから。

 学園の奨学試験に合格した後の費用負担をしてくれた人達に、上から言霊ちからを押し付けるような真似はやめてよね?」

「そうは言うがな、フローラ。

 それらはジンが失敗する危険リスクを承知で出資したのだろう。

 なら、一時的な感情の揺らぎが発生したら、それを理性的に思い出させてやれば良いだけだ」

「だから、それに言霊ちからを使うのは良くない、と言っているの!」

「なら、フローラだったらどうするのだ?」

「え? あの村の者で私に逆らう奴なんていないわ!

 私が口添えすれば、みんな笑顔で納得してくれるわよ」

「……気のせいか、あまりやっていることは変わらないのではないか?」


 お世話になってくれた人達への謝罪は僕自身でちゃんとやります。

 二人の会話を聞きながら心の中でそう誓い、彼女達に口を挟まれる前になんとかしないとなぁ、と溜息を重ねながら歩いている、その時。


「主様」


 道が森に差し掛かる手前でミカが一歩先に出て、僕らを止めた。


『そこの者達!

 何をこそこそしている、出でよ!』


 ミカの一喝に、鬱蒼とした木々の背後から、ぞろぞろと男達が姿を現す。


「良く気が付いたな。

 だが、大人しくせよ。我々はこの周辺の領主、ネヴィルカタン子爵家の者。

 貴様らに用があってここで待っていたのだ」


 そう話す武装した兵士装束の男達。

 ざっと十名は下らないだろう。


「こんな関所でもない場所で、なんで僕達を待っていたんだ!」

「貴様らは学園都市で警邏隊とやり合い、一部の者達に被害を負わせたと聞く。

 何故か事件として立件はされていないが、その容疑がある以上、相応の対応はさせてもらう」


 先頭に立つ兵士が答え、そして続ける。


「貴様らは取り調べの対象である。

 大人しく子爵様の城館へ連行されるといい。

 もし抵抗するならば、容赦はせん」


 最期の一言を合図としたのか、全員が弓を構えて僕らに狙いを定める。


『弓を降ろせ!』


 僕が命じると、兵士達は一様に弓を降ろした。

 しかし、この先はどうするか。これ以上の言霊ちからの行使は、兵士たちの人格損壊に関わる可能性がある。


「ほう、妙な技を使うものだな」


 その声と共に、薄暗い森の奥から騎士が現れる。

 完全武装フルアーマーの騎士は兵士たちの前に出ると面頬を上げ顔を晒した。


「我は騎士サルファだ。

 我が主筋、ネヴィルカタン子爵家の名において貴様らを連行する。

 抵抗するな、もし抵抗するならば其方の故郷を潰しても構わんのだぞ」


 騎士サルファがそう宣言すると、いったん弓を下げた兵士達が駆け寄り、僕らをぐるりと囲んだ。


 ぐっ、と僕は呻き声を上げる。

 村を引き合いに出されると、僕にはもうどうしようもない――!


「控えよ!」


 ミカの凛とした声が響き渡る。

 そしてその背中には神々しく輝く光翼が現れていた。


「神の使いたる私に命を出すつもりか。

 私は主より他に命を聞かぬ。

 控えよ、下郎ども!」


 その声、その佇まい、何よりその象徴とも言える光翼に、兵達は後ずさりをする。


「ふざけるな! 子爵様の命は絶対だ!

 我は騙されぬ、我を惑わそうとする悪魔を退散してくれるわ!」


 そう言いざま、騎士サルファは馬を駆り、馬上槍を持って渾身の突撃チャージをかける。


 雄偉な馬の蹄が砂埃を上げ、物凄い勢いで迫る騎士長。

 その正面に対峙するミカは、すぃ、と腰を落として右手に神賜の剣しんしのつるぎを持ち一閃、光の筋がはすに走りサルファの身体を薙く。


 ぐらり。


 騎士サルファはぐらりと体をかしがせると、そのまま落馬する。

 地面に接触する瞬間ミカの第二閃が水平に走り、サルファの身体が弾かれ落馬の勢いを殺されて地面に転がった。


『馬よ、止まれ!

 慌てなくて良い、ゆっくりな』


 そのミカの言霊ことだまに従い馬はその勢いを殺し、やがて立ち止まる。


 自らの上司のあっけない敗北にざわつく兵士達、気の早いものは背を向け逃走に移ろうとする、が。


『動くな!』


 ミカの一声で一斉に立ち止まる。


『この声が聞こえる者、我が主ジンとフローラを除く全ての者は、ここでの出来事を忘れよ』


 ミカの澄んだ声が森に響き渡る。

 意識が無くとも、サルファにも届いたはずだ。


『そこの者、こちらへ来い』


 続いて、先頭に居た兵士に命ずる。

 ふらふらと近づいて来た兵士に、ミカは何かを聞いていた。


「これで、とりあえず一件落着、でいいのかしら?」


 そう話しながらフローラが近づいて来た。


「まだだよ。もともと子爵の命令でここに来たのだから、この場の人達の記憶を封印しても、失敗したと思ったら、また次がすぐ来るはずだ。

 しかも、村を盾にされたら僕もどうして良いか……」

「そうね、それは困るわね……」


 フローラも眉根を寄せる。

 二人で困っていると、いきなり背中に柔らかい感触を覚えた。


「え?」


 僕よりも少し背の高いミカが、後ろから僕を抱きしめていた。

 ふわりと鼻に届くかぐわしいミカの香り、視界下方に入る僕を緩やかに抱く白く美しい腕、そして感じる背中に感じる柔らかなふたつの膨らみ。

 体中の感覚が全て背中に集中してしまい、もはや他のことが考えられなくなる。


「え? え? え?」


 突然の天使ミカの抱擁に半ば混乱パニックを起す僕。

 そしてそれを見ているフローラが目を見開いて……


「……あんた、何をやっているの……?」


 恐ろしく平坦な、なのに心の奥底から恐怖を感じさせる声。

 えええええ!?


「主様、これから子爵の城館へ飛びます。

 その不届き者に釘を刺しておきましょう」


 そうか、先ほど兵士に聞いていたのは子爵の城館の場所。


「フローラ、すまないが少しここで待っていてくれ。

 禍根を子爵のところで押さえてくる」

「むぅ」


 フローラはいたく不満げな様子だが、目的がわかったため、文句までは言えないようだ。


「飛びます」


 ふわり、と足が地面から離れる。

 後ろからミカに抱きしめられた僕だけど、浮き上がった時に不思議と身体が落下する感覚が無い。

 まるで全身の体重が無くなり、僕自身が空に漂っているかのような感覚。


「さあ主様、その子爵とやらの城館に参りましょう。

 主様に仇成す者には、相応の報いを味合わせてあげないとなりません!」

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