【14話】退学の連鎖
「それで、なんであんたが学園を出ていく必要があるのよ!」
学長室での一件の後、皆に事情を説明した後で帰った下宿先。
怒りに目を吊り上げるフローラを前にして、僕はあわあわしていた。
「い、いやほらさ、学長室で乱暴を働いちゃったし……」
「でもそれは、そのナントカ部長が先に手を出したせいでしょうに!
なにもジンが退学を受ける必要はないわ」
どうやら、口先だけの説得で納得するフローラではないらしい。
知っているけど。
「実はさ、学長が、いったんはころっと僕の放校に同意しちゃったんだよね。
その警邏部長の求めに応じて。
それを見た瞬間、ああ、この学園は駄目だな、と思っちゃったんだ。
どっちみち、魔術が苦手な僕はこの学園に居ても仕方がないし、もういいかな、と」
それを聞いた瞬間、フローラの目が大きく見開かれる。
しばらくして、彼女はゆっくりと話始めた。
「……そう。 学長、守ってくれなかったんだ……
いいわ、だったら私も学園を辞めるわ!」
「え!?
どうしてそうなるの!?」
「そんな無責任な学園の話を聞かされて、こんな所に残る理由なんかないわよ。
あたしは商人になればいいんだから、魔術の石を作れなくたっていいの。
ジン、あんた村に帰るんでしょう? あたしも一緒に帰るわ」
どうして僕が村に帰ると分かった。
「どうせあんたのことだから、村の人にちゃんと報告して、支援に応えられなかったことを謝りに行きたいとか思っているんでしょう。
あたしも付いて行ってあげるわよ」
すでに決められたことのように言うフローラ。
しかし、わざわざそんなことまで付き合わせるわけには――
「あたしも一緒に行くの。分かった?」
口に出す前に先回りされて答えられてしまう。
本当にフローラには敵わない。
僕はくすりと苦笑して小さく両手を上げる。
「ああ、フローラの言う通り、僕は村にいったん帰るつもりだよ。目的も君の言う通り。
でも、本当にフローラまで退学するの? そこまでする必要は――」
「あたしは自分の意思でやめるの。
あんたは気にしなくていいわ」
そう言ってじろりと僕を睨む。
問答無用、ということだろう。
僕は、いいのかなあ、と小さくため息をつく。
でも、このお節介で親切な幼馴染とまだ一緒に居られることを、密かにありがたいと思った。
***
その翌日。
僕は正式に退学の宣告を受けた。
そして僕は、それを慎んで受け入れた。
もう、ここに居る意味を見出せないから。
「それじゃあ、皆ともお別れだね……て、あれ?」
奇跡の力を使えば残ることも可能だっただろうけど、立ち去るつもりであることを皆には伝えてある。
だから僕は最後に挨拶だけをしてひっそりと去るつもりだったのだけれども。
カルルは「魔術の本質を聞いて、あれは俺が使える技術でないと知った。国に帰る」
グレコは「僕はもともと魔術の
マイは「わ……私は、グレコ君と御一緒したいと思いますので……はい」
皆が皆、手に退学届けを持ち、既に旅装をまとめていた。
そしてもちろんフローラも。
「あんな気持ち悪い話を聞かされて、こんな所に残る理由なんかないわよ。
あたしも一緒に学園を辞めることにしたわ。
みんな一緒ね!」
そう言って、にこりと笑いながら右手で退学届けをひらひらさせた。
えええ、僕があんなに残ることに苦労した学園を、みんなそんなあっさりと……。
と言っても、確かに皆の言う通り、あの授業を続けても好成績は望めないだろう。
そういう意味では、ある程度の成果を残せていたフローラまで帰らなくても良さそうなものだが。
そんなことを考えてフローラの方を見ると、ちょうど思い詰めた様子のカルルがフローラに話しかけたところだった。
「フローラ、俺は西方辺境領に戻る。
俺は庶子ではあるが、家族仲は悪くはなく、帰れば相応の待遇を得ることができると聞いている。決して、不自由をさせない自信がある。
だからどうだろう、フローラ、一緒に国に来てくれないだろうか?」
なんとプロポーズしている!
親しい友人が幼馴染にプロポーズしている様子に、僕も固まってしまう。
フローラはどうするのか?
僕は驚きながらフローラを見る。
フローラは少し驚いたように目を見開いたあと、少し俯いてから、改めて顔を上げてカルルの目をみながら言った。
「カルル、ありがとう。そしてごめんなさい。
あたしはジンと一緒に故郷に帰り、そして商店を続けないといけないの。
貴方と一緒に西へ行くことはできないわ」
カルルとフローラは束の間その視線を見交わした後、フローラは顔をこちらに向けて僕に言った。
「さあ、ジン。
昨晩、言っていたわよね。退学になったことの報告とお詫びをするためにいったん村へ帰るって。
あたしも一緒に帰るんだから、行くわよ」
そして歩き出す。
その様子を見ていたカルルは苦笑をして、軽く手を上げて彼も動き出す。
これは送別会という感じじゃあないかな、と肩をすくめたグレコは、何かあったら連絡してくれと言って僕に連絡先を教えてくれてから別の方へ向かい歩を進めた。
マイはそれに続く。
「フローラ、良かったの?」
「くどいわね、あたしの場所はここにも、西にもないのよ」
そして僕はフローラと肩を並べて歩いて行く。
反対側にはミカ。皆と交流を持つ時間がなかったミカは、静かに僕らの別離の様子を見守っていてくれた。
そんなミカの横顔を眺めながら、僕は
「ミカ、僕はこれから生まれ故郷の村に帰る。
その後、神様に会いに行きたいと思っているんだ」
「神に、ですか? ジンが神に何の用があるのでしょうか?」
不思議そうな顔をするミカ。
確かに、こんな平民の僕が神様に会うなんて正気の沙汰ではない、けれど。
「ミカは何か理由があって天界を追放されたはずだよね?
僕はその理由を聞きたいんだ。僕が君の新しい主というのなら、なおさらね。
――そして可能であれば、ミカを天界に復帰してもらえればいいと思っている」
「え? いえ私は別に天界に戻りたいと思っている訳ではないですよ?」
「でも、記憶が欠落しているんでしょ?
だったら、失った記憶と理由を知るべきではないかと思うんだ」
「いえ、私は別に……」
「いいから。
ちゃんとしておきたいんだから」
「あ、はい」
少し困ったようなミカの表情。
不得要領そうなミカには悪いのだけど、どうしても僕が彼女の主というのは相応しくないと思う。
と同時に、こんなにも真面目で真っすぐな彼女が何をしたのか。ちょっと何か意見の食い違いがあって、うっかり追い出しちゃっただけ。戻ったら案外元の鞘に収まるのではないか。
どうしても、そんな思いが頭から離れない。
ということで、会えば良い方向に向かうのではないか、という僕の考えに付き合わせてしまったわけだ。
無理を言ってごめんね、ミカ。
僕は心の中で謝罪する。
そんな僕らの様子を半眼で眺めていたフローラはミカに聞いた。
「ミカ、あんた、ジンとどうなりたいの?」
「どう、とはどういうことだ?」
「だから、その、あれよ。
将来、一緒に添い遂げたいとか、なんとか、そういうことよ!」
「何を聞かれているのか今一つ具体的ではないが、私はあくまで主様の従者であり、妻ではないぞ。立場は弁えている。
そういうことを問いたいのか?」
「そ、それならいいのよ! なんでもないわよ!」
そんな会話を最後に、黙って道を歩く僕ら三人。
ついこの間までは、退学にならないように必死で、借金に追い詰められていた僕。
その必死で食らいついていた学園から放校された今、こんなにも晴れやかな気持ちでいるのが不思議なほど、穏やかな気分だ。
そんな気分だからか。
神様とうまいこと会えて、ミカとのことが上手く運べたらいいなあ。
そんな、後々考えたら酷く能天気な想いを抱いて、故郷に向かい歩き続けた。
(第一章・完)
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