【13話】警邏部長 vs ジン

 学長が僕を見放し、チヴォー警邏部長が笑みを浮かべながら僕に宣告する。

 学園に既に僕の居場所はなく、身柄は軍の営舎にて引き取られる、と。


 ――売られた!


 嘘だろう? こんな簡単に……。

 目頭が熱くなり、呼吸が苦しくなる。


 いや、駄目だ。

 ここで自失している場合ではない。


 もし、僕が営舎に取り込まれたら、どうなる?

 フローラと、あと皆が抗議に来て、下手をしたら逮捕されるかも知れない。そうなったら、皆、何をされるか分からない。

 あるいはミカが来て、強行突破をするかも知れない。それをしたら……天使と帝国の戦争になってしまうかも知れない。


 冗談ではない。

 どうせ一度は捨てる覚悟をした僕の命なんだ。


 ――なら、やってやるさ。


『チヴォー警邏部長、手を放して後ろに下がってください』


 僕の言霊を籠めた言葉に、びっくりしたような顔で警邏部長は手を放して後ずさる。


『チヴォー警邏部長、僕は潔白です。それを認識し、帰って二度と来ないで下さい。

 学長、僕の放校処分は取り消して下さい』

「は、はい! わかりました!

 ジン君に関する処分は全てなかったことにします!」


 奇跡『使役』の力を使い、相手に強制力を仕掛ける。

 学長は、すぐに陥落。抵抗する気配もなかった。


 チヴォー警邏部長は?

 口を掌で抑えてから離し、その掌をじっと眺めている。

 鼻から血が溢れていて口周りは血塗れとなっており、口を押えた手も血が滴っているという凄絶な見た目で。

 そして、口は鋭角に吊り上がり、悦に浸っている様子で。


「なるほど。ね。

 課長がやられたのはこの力か。自分が自分でなくなるような、思考を黒く塗りつぶすかのような力。

 だが、ね。ワタシは、ね。潔白な人間を叩きのめすことに、何の躊躇いもないよ。

 ――帰る前に、潔白な人間の命をひとつ摘むくらい、なんてことは、ね」


 そう言うと、警邏部長の姿が消える。

 いや、消えたと思えるほど、素早く動いた。


 そして猛然と僕に迫る。

 手は腰の剣に掛かっている。あとは抜くだけ。


「死ね」


 一言だけチヴォー警邏部長は言い放ち、強烈な斬撃を放つ。

 それを僕は、腰を落として回避する。


 僕の回避を見た警邏部長は無言で剣の軌道を変え、今度は垂直に落とす。

 光が走るかのような神速の打ち下ろし。

 しかし僕は、床に転がり避ける。


「鬼火よ、彼の不届き者を貫け」


 魔術講師が叫び、僕に向かい魔術を放つ。

 指に付けられた大き目の白透石が一瞬ゆらめき、深紅の炎が宙を走る。

 その凄まじい疾さの炎の矢を、僕は飛び退いて避けることに成功した。


 そこに殺到するチヴォー警邏部長が水平に剣を薙ぎ――僕は飛び越え様に警邏部長の顔面に蹴りを入れる。


「馬鹿な!?

 何故、こんな小童がワタシの剣を避けられるのだ!?」


 まともに顔面に蹴りを入れられたが、大して効いてはいないようだ。

 チヴォー警邏部長はすぐに態勢を立て直して、驚愕に声を上げた。


『申し訳ありませんが、動きが丸見えですよ。

 、お引き取りください』


 奇跡『認知』――これは、相手の動きすらも認識できるということは、前回の警邏課長とのやり合いでも分かっていた。

 その数段格上であろう目の前のチヴォー警邏部長の動きすらも、認識し対処することには苦労を覚えない。

 そして、先ほどは契機タイミングを言葉に乗せていなかった隙に乗じられた。ならば、帰るように付け足してやればよしとして、告げた。


 その言霊の力に抗うように、ミカに命じられた時のメラヴェークのように目は充血し鼻からも血を流し続けている。

 身体は小刻みに震え、顔は青ざめて汗を垂れ流す。


 ――それでも帰ろうとせず、そこに留まり続ける。


 やおら、チヴォー警邏部長は懐に手を突っ込み、そして抜き出した手を口に持ってゆく。

 

 がりっ。


 何かを嚙み砕く不快な音が響く。

 同時に、ころりと何かがチヴォー警邏部長の掌から零れ落ちた。


 あれは……白透石?

 警邏部長はあれを食べたと言うのか!?


 そんな警邏部長の様子を呆然と眺めていると、やがてチヴォー警邏部長の身体の震えは止まった。


 くんっ、と顔を上げる。

 目は充血し血が涙のように流れ、顔はどす黒いほどに赤黒く、鼻から、耳から、口から、至る所から流血していた。


 だけど。

 その顔は笑みに歪んでおり、片方しかない目は見開かれていた。


「シネエエェェェ!!!」


 喚きながら唐突に走り始めるチヴォー警邏部長。


 疾い!!

 人間の素早さではない。


 避けられなかった。

 もし、僕が奇跡『認知』を使っていなかったら。


 僕は『認知』の力により、辛うじて身体を捻って警邏部長の突進を避け、駆け抜け様に後頭部に護身の短剣を走らせる。刃ではなく、剣身の方を。


 後頭部に衝撃を受けた警邏部長はそのままつんのめるように前方に突き出て、そのまま脇を固める人たちに突っ込んで行く。

 倒れたまま動かなくなっていた警邏部長に後ろから近寄った僕は、蹲ってその耳元に囁いた。


『チヴォー警邏部長、僕は無実です。

 今日の調査では何も出なかった。以後、僕を警戒や調査の対象から外し、二度と僕に関わらないで下さい。

 いいですね?』


 警邏部長は意識をなくしたまま、首を縦にカクカクと振った。


 僕はそれを見届けてから立ち上がり、学長の方を向く。


「学長、転んで怪我をされた方も居られるようなので、医務室へお連れいただければと思います。

 それで、僕への御用事は以上でよろしいでしょうか。退室させてください」


 僕を見る学長の目。

 それは異質の者を見る、怖れと嫌悪の目だった。


 くるりと背を向け、部屋を出る僕の背に向けて、学長の喚き声が聞こえる。


「お、お、お前! ジンとかいう学生!

 さっきは取り消したが、改めて命じる! お前は退学だぁ!!」

「ご自由に」


 いつまでも聞こえてくる学長の耳障りな声を聞き流しながら、僕は皆が待つであろう教室への戻って行った。

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