【12話】学園長室にて

 先日訪れたメラヴェーク商会の部屋も豪華だったけれど、初めて訪れるこの学園の学長室はそれを上回るものであった。


 その部屋の広さはまるで講義室の如く、しかし香が焚かれているのか甘ったるい香りが漂う。床には贅沢に絨毯が敷き詰められ、広々とした中に様々な棚が並び、そこには趣味の蒐集品と思しき様々なものが陳列されている。


 謹厳な学長の部屋と言うには、あまりに趣味色が強い、ような?

 少なくとも、謹厳な講師の長たる雰囲気は感じられない、どこか享楽的な部屋。


 その部屋の奥、中央にある大きな学長の机、そこにふんぞり返り座る学長が居た。


「ああ、悪いね、来てもらって」


 かなり恰幅の良い――いや、正直に言って太った、脂ののった男性が鷹揚に手を上げてこちらを見る。

 その隣には、この場には異質に見える男性が立っていた。

 長身痩躯に警邏の制服をまとい、その顔には大きな傷跡が斜めに走り左目が閉ざされている。肩には身分を示す肩章に加えて勲章らしきものが飾られていた。


「学長、仰せの通りに、生徒ジンを連れてまいりました」


 魔術講師が僕を差し出すように背中を押し出しながら報告する。

 押された僕は二、三歩たたらを踏みながら、学長の前に立った。


「どういったご用件でしょうか?」


 まずは姿勢を正した僕は、なるべく心を平静に保つよう努力しながら質問する。


「ああ、ジン君。勉学に忙しい所を、悪いね。

 君と少々お話しをしたいという方がおられてね、来てもらったんだよ」


 にこやかにそう語り、隣に立つ男性に目線で合図をする。

 それを受けて長身痩躯のその男性は前に進み出て、僕と対峙した。


「やあ、ジン君、だね?

 ワタシは警邏部長のチヴォーと申す者。お見知りおきを、ね。

 今日はキミに聞きたいことがあって、わざわざ来てもらったんだ。ゴメンね」


 チヴォーと名乗った警邏部長は、にこりと笑いかけながら話始めた。

 その傷跡、そして緊張感のある顔貌が怖さを演出するけれど、笑うと予想外に蕩けるような表情を見せる。


「先日、ね。ワタシの部下が、キミ達をメラヴェーク商会まで連れて行って、いろいろ質問させてもらったでしょう。

 ま、調べなくてはならないことは職業柄いろいろあるんだけど、何も聞けてなくて。なのに、キミ達は潔白だ、と主張するんだよ。ウチの課長が、ね」


 笑みを湛えたまま、僕の周囲を歩くチヴォー警邏部長。

 身体の向きを変えようとすると、手を上げて、そのままと動きを押さえる。


「カレ等は職務に忠実でね、どちらかというとやりすぎてしまうこともあるんだ。

 良く始末書も書かされて、ね。大変なんだよ? アレ書くの。

 そんな彼らが、さ。何もない、て潔白を主張して、根拠を聞くと、途端におろおろ始めるんだよね。変だよね?」


 そう言い終えた時には、警邏部長は僕の背後に立っていた。


「ね、ジン君? 今ならまだ、この世界に君の居場所はあるよ?

 でも、ね。もし嘘ついたら、ね。ダメなんだよ。

 もう、君の居場所はなくなるんだよ。命があろうと、なかろうと、ね」


 僕の右肩に、ポンと手が置かれる。

 硬質で大きな手の感触が、肩を通して伝わる。


「さあ、言うんだ。

 あの晩、メラヴェーク商会で何があったんだい?」


 耳元で囁かれ、恐怖で僕は全身の総毛が立つ。

 刃物で脅されているわけでもない。はずなのに。


「ぼ……僕は何のことだか、分かりません。

 あの人達には、何もしていません」

「あれぇ? ジン君は、知らない、て言ってたよね?

 課長の質問に、そう答えたよね?」

「それ……は、知らないんです。

 何があったかなんて知らないし、興味もないです」

「なら、ここに来ていたことは、認めるんだね?

 誰と会ったのかい? その相手を連れてくるから、言ってごらん?」

「いえ……建物の前まで来て、そのまま帰ってしまいました。

 怖くて、中に入れなかったんです」

「嘘はいけないなぁ。

 目撃情報を確認するに、建物の前まで来て引き返した者はいない。

 目も眩むような美女を連れた少年が中に入っていく供述ならあるけど、ね?」

「う……噓なんて……ついてません!!」


 ぐるん。


 強い力で上体を引かれ体の向きを変えられて、チヴォー警邏部長と正対する。

 そのまま両肩を掴まれ、身動きが取れなくなった。

 満面に笑みを湛えたチヴォー警邏部長は続ける。


「ジン君は、どうも、ね。嘘をつくのが下手なんだよ。

 なんで、嘘ついてない、て言うのに、そんなに力を入れるんだい?

 あの日、あの場に、君は居た。これは確定だよ。ね?」


 そこまで言って、顔を上げて学長を見る。


「学長、ジン君を貰って行ってもいいかい?

 いろいろ、さ。営舎で聞きたいことあるんだよね。

 まぁ、帰ってこれないかも知れないけど。いいかな?」

「ああ、そんな容疑をかけられてしまっては、仕方がないですな。

 明言してなくとも、様子を見ていれば隠し事をしているのは明白。

 まあ魔術実技も赤点続きの落第生で、血縁の身寄りもないですし。

 放校処分としておきます。こちらで書類は処理しておきますよ」


 学長の答えを聞くと、チヴォー警邏部長は再び僕の方を見る。

 満足したような、邪な笑顔で。


「さ、これで体裁は整った。

 もう、帰る場所はないよ。

 ワタシ達の営舎ホームで、ゆっくり話を聞こうか? 時間はあるし、ね」

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