【11話】精霊と悪霊

「――と言った感じで、昨日はいろいろあったよ」


 カルルやグレコ、マイが、あの後の僕のことを心配して様子を聞かれた翌日の授業前の時間。

 ちょっと悩んだけれど、僕は彼らに大筋を打ち明けることにした。


 ミカが天使であることは既に告げていたが、彼女から奇跡の力を借り受けたこと。

 学園に紹介された金貸しのメラヴェーク商会と先日トラブルがあったこと。

 昨日は警邏官がメラヴェーク商会まで僕を連れて行き、関与を聞き出そうとしたこと。

 そして、奇跡の力を用いて、警邏官の乱暴な権力から逃げ出したこと。


「メラヴェーク商会と言えば、黒い噂の絶えない金貸しではないですか。

 強引な取り立てて有名で、あと相手の非力に付け込み契約書を勝手に改竄までするという悪評まであるほどです。

 費用を借用しているとは聞きましたが、あの商会とは……よく無事でいられましたね」


 グレコのその言葉を聞いて、思わず乾いた笑いを浮かべてしまう。

 無事ではなかったんだよね。

 しかし、グレコがそんな貸金業者の噂にまで通じていたとは知らなかった。


「ホント、いったい何なのかしらね、あの警邏は。

 一般市民を守るべき存在なのでしょうに」


 腕を組んで、フローラが不満を口にする。

 昨晩、家に帰ってからも、ずっと怒りっぱなしで、宥めるのが大変だった。


「まったく酷い話だ、今度何かあったらきっちり話をつけてやらないとな。

 だが、そんなに怒ると折角の可愛らしい顔が曇るぞ、フローラ。

 君には笑顔の方が似合うのだから」

「ありがと」


 そう言ってさり気なくフローラにアピールするカルル。

 そして何故かそっけない返事のフローラ。


 フローラは少しきつめの印象はあるものの愛らしい外貌をしていて、そのさっぱりした性格も相まって男子生徒から人気がある。

 対してカルルは精悍な顔立ち、雄偉な体格、高潔な性格に貴族仕込みの礼儀作法。

 どう考えても女性から見て優良な相手であり、実際に人気がある。

 そんなカルルが事あるごとにフローラを気に掛けているのだけど、なぜだろう、とても反応が薄い。


「これでひとまず警邏の方は大丈夫なはずだが。

 今一つ、何故呼び出されたのかは分からなかったな」


 ミカは少し首を捻りながら言う。


「まあ、今後、ちょっかいを掛けられないならそれでいいよ。

 それより、そろそろ授業が始まるよ」


 ちょうどそのタイミングで講師が入室してきた。


***


「昨日も見て来た通り、ここで教えている魔術と言うのは、言ってみれば人間の欲望などを白透石に念写して具象化したようなもの。そのような白透石は、籠める欲が強ければ強いほど、現世への影響力が増す

 術者と心が繋がっていない者が魔術を使う際は、白透石に宿る霊核に言葉で命じなくてはならない。そして霊核が自身の仕事であると認識すれば発動する。


 存在意義を人の欲望により与えられた存在。

 言わば精霊――というよりも、悪霊に近い存在と言った方が良いかもしれないな」


 ミカの言葉に、僕らは一様に押し黙る。

 これを聞いて魔術を発動できる自信は、誰も持ち得ない。


「あたしの魔術は?

 ジンが見たら、どう見えるの?」


 聞くのが怖いのか、少し声が震えている。

 フローラにしては珍しいけれど、もし自分が悪霊に例えられるような変な物を使っていたら嫌だ、と言う気持ちは良く分かる。


 フローラの魔術を視てみると――


 机の上。

 白透石からぽこぽこと小さいフローラの分身のような存在が生み出される。

 フローラの命令を聞くとぴしっと敬礼して、各々がきびきびと働き出す。

 ああ、これ、確かにフローラの分身だ。

 そう納得できる、キレのある良い動きだ。


「――と、こんな感じだったよ?」


 それを聞いて、見るからにほっとした表情を浮かべるフローラ。

 それは見てみたい……と、見るからに悔しそうな表情をするカルル。


「でも、そうすると、僕らはどうやら魔術を行使できる白透石を育てる才能に乏しい、と言えるように思えるね」

「わたしも同感ですぅ……」


 神官見習いのグレコが溜息をつきながら呟いた。

 それに同調して項垂れるマイ。


「白透石自体は無色透明な力の塊だから、霊核とするのが欲望でなくてはならない理由はない。

 故に、他者をも動かす純粋に強い想いを籠めれば、それはそれで起動するはずだ。

 フローラが白透石の力を引き出せていたのは、彼女の強い秩序の感覚が使役する、される想いに上手くはまったから現世に影響を講師できたのだろう。

 先ほどは魔術を悪霊に例えたが、フローラのやり方を発展させて人工的な精霊を構成してやることも理屈からは可能なはずだ」

「人工的な精霊?」


 ミカの説明の中の初めて聞く概念に僕は聞き返す。


「はい、精霊とは大きな力を象徴する何かに経て霊が籠り、それが長い時を経て霊的成長を遂げ自我を確立した存在を言います。

 何らかの力に宿る霊なので、その存在意義はその力の行使。例えば悠久の大河には川の精霊が、常に暴風が吹き荒れる谷底には暴風の精霊が宿るように。


 つまりですね、力を方向付ける”想い”で霊核が作られれば、それは精霊に似た存在になり現実に影響を与えられるのです」


 ミカのにこやかな説明、分かったような、分からないような。


「でもですね、主様ジンにお渡しした奇跡を使えば、正に同じことができますよ?」

「どういうこと?」

「例えばですね、こういうことです」


 そう言いながらミカは近くの水差しを引き寄せる。


「この水差しの中の水を『視』たら、何が見えますか?」


 言われて僕はじっと水を見る。

 やがて水は、とても薄く透けていながらも、小さな女の子がゆらりと水の中に佇んでいる様子が見えた。


「それが水の精を擬人化させた、主様ジンの『認識』です。

 これで輪郭ができたので、力を与えることで『使役』が可能になります」

「力を与える?」

「そうです。本来は、使役者の霊力ちからを分け与えるのですが、貴方は只人なので与えられるほどの力がありません。

 そこでこの石の出番です」


 そう言って小さな白透石の欠片を摘まんだミカは、それを水差しの中に落とす。


「さあ主様ジン、何かこの水の精に命令をしてみてください」

「ええ? じゃ、じゃあ、跳ねてみて!」


 いきなりの無茶ぶりに、咄嗟に水に向かって命令を出して見た。

 すると、水差しの中の女の子の輪郭が明確になり、笑顔になり元気よく水差しから跳び上がる!


「「「「おお、凄い!?」」」」


 フローラ達が皆、一様に驚く。

 どうやら、皆には女の子は見えないで、僕の命令に応じて水が隆起したように見えたようだ。


「はい、こういうことです。

 皆も良く覚えておくと良い。

 主様ジンのような奇跡の力がなくとも、何かを為したいと言う純粋な想いがあれば、白透石を通してそれを現世に行使することが可能になるということを」


 それを聞いて、グレコの顔が少し明るくなった。


「ミカさん、ありがとうございます。

 少しだけ、方向性が見えたような気がします」

「うん、それは良かった」


 そう言ってミカはグレコに天使の微笑みを向けた。

 グレコは少し頬を赤らめ、それを見たマイが後ろからそっと寄り添う。


 そう言って僕らが和んだ時に、教室の扉が開かれた。


「ジンは居るか?

 学園長がお呼びだ、至急向かうように」


 扉から顔を出した教頭はそう言ってから、魔術講師を手招きした。

 授業中なのだけど。


「みんな、私も急用ができたので、本日はこれにて講義は終了だ。

 ジン、私も同行するように言われているので、一緒に行くぞ」


 言うが早いか、既に部屋を出て行こうとする。


主様ジン、御供致します」

「ジン、あたしも一緒に行くわ」


 ミカとフローラが同行を申し出てくれるが――


留学生ミカ、それにフローラ。

 呼ばれているのはジンだけだ、お前たちはここに残りなさい」


 釘を刺されてしまった。


「大丈夫だよ、二人とも。

 昨日と違って、今日は学内で呼ばれているだけだから。

 学園長室に行くなんて初めてではあるけど、きっと大丈夫」


 不得要領の二人の顔を見ながら、僕は魔術講師の後について部屋を出たのだった。

 


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