【10話】炎の小鬼
ジン達を引き連れて警邏隊が行った先は、先日訪れたメラヴェーク商会。
ただ、先日来た際は綺麗に整えられていた室内は乱れ、絨毯は泥で汚されたままであった。
部屋に入ると金貸しのメラヴェークはおらず、制服の上からでも隆々とした筋肉がうかがえる巨体の警邏官が執務机の前に立ち別の警邏官と話をしている。
「課長、連れてきました」
フローラに乱暴した警邏官が報告し、脇に控える。
課長と呼ばれた偉丈夫は軽く顎を引いて頷くと、こちらを向く。
睨むという表現が似合うような強い眼力。
「お前がジンという学生か」
腹の底に響くような野太い声。
「そうです」
僕は端的に答える。
飲まれないよう、必死に睨み返すことだけはしながら。
「……先日、お前が女を連れて、この事務所を訪れた者がいたという証言がある。
その後、メラヴェーク商会の者達を叩きのめして去って行ったそうだ。
何か心当たりはあるか?」
「ありません」
即答。
事実を言えば自分達のことだろうが、素直に言うのは危険を感じる。
商会の敵とも言える警邏隊がここに居て、メラヴェーク商会の者が誰も居ない。
こちらに向かう時も、誰も見かけなかった。
どうしたのか。逮捕、連行でもされたのか。
いずれにせよ、危険な雰囲気しか感じられない。
「なるほど。しかし、お前がここに来るときの様子を近隣住民に見せた所、その問題の時間にそれらしき人物を見た、という証言が複数出てきている。
これはどう考えれば良いか」
「知りません」
ばきっ。
鈍い音がして、僕の視界は反転する。
ごろごろごろ、と音を立てて床を転がり、警邏官の一人の足に当たり止まる。
「……何をするのですか」
殴られた左頬が熱い。
大怪我をしていないのは、相手が手加減したせいだろう。
「しらばっくれるな。
少しも狼狽えずに答える様子が怪しい、というのがわからんか。
お前は別にこの都市の市民ではない……別に尋問の途中で、うっかり天に召されても、俺は別に構わんのだぞ」
「知らないものを知らない、と言っているだけです」
僕は嘘を貫く。
こんな理不尽に屈してなるものか。
せめて敵意を籠めて睨みつける。それは頭の悪い行動だと理解はしているが、どうしようもない。
「ふん、まだ言うか」
そう言って警邏官は腰から荒縄を束ねたような鞭を取り出す。
痛みつけ、いたぶることを目的とした武器。
それを見た瞬間、自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「少し痛い目を味わった方が良さそうだな!」
ぱぁん!!
次の瞬間、破裂音のような音を立てて鞭が弾けた。
驚いて鞭を持つ手を見る警邏官、そして武器が弾けてなくなっていることを知る。
「主……ジン、何故私に助力を命じないのですか!
見ていられません!」
「ありがとう、助かった……でも、君には十分助けてもらっているし、ここで力を見せれば君が国に狙われるかも知れない。
そんなことはさせない、なんとかここを凌いで……!」
「なら、もう手遅れですね」
ミカが右手に持つ
それを恐ろし気に見る警邏官達。
「私は主様の使い、
使ってこその天使、変に気遣いしないでください」
「そんな風に君を見ていないよ。
君は友達であり、仲間。それで十分だ」
「ですからっ!」
「ふざけるなぁっ!!」
こんな場で言い争いをしている僕達に、顔面を朱に染めた警邏課長がナイフを投げてくる。
「炎の小鬼よ、奴らを蹂躙せよ!」
周囲を囲む警邏官が白透石のついた指輪をかざしながら、
舞うように動き、滑るように剣を振るうミカ。
飛び来る火炎球を全て叩き落す。
こうなると、僕は床に伏せて成り行きを見守るしかない。
悔しいけど――
「主様、敵を倒してしまって宜しいでしょうか?」
「それは――」
ここで警邏官を打倒して良いものか?
それをやったら、普通の日常とは
けれど、このままでは。
「いえ、むしろ、主様がやってみませんか?」
「え?」
「お渡しした二つの奇跡のうちのひとつ、『認知』。
それを使えば、彼らが使っている炎の正体が分かります」
正体? 球状の炎なのではなくて?
認知。どうやって使うのだったっけ?
確か、対象を知ろうと想い、目に意識を集中させるのだったか。
警邏官がぐるりと円環をなし、その中央にいる僕達に向け波状的に火炎球を放しているため周囲を炎が飛び交っている現状。
火炎球の熱が肌を炙り、焦げ臭さが鼻を刺激する。
それら全て、ミカが消し飛ばしてくれているとは言え、この中でやるのか。
……それでも、やらなきゃ。
僕が対象を知ろうと考えながら、目に意識を集中させる。
飛翔する炎の球。
そこに焦点を合わせると――やがて輪郭がブレ初めて――やがて、炎の球は、小さな翼を持った、赤褐色の肌をした小鬼になった。半透明のその鬼は身に炎を纏い、醜い笑顔を貼り付けて口の端から小さな牙を覗かせる。
「醜悪な小鬼が視えましたか?
それがその『火炎球』とやらの正体です。
石に浸透した想念から生まれた、破壊衝動が炎という形となった現象。
そしてそれが視えたなら、その先も見えるはず」
視える。
その小鬼の視線から、次に進む先が。
いや、その飛翔するであろう軌跡そのものが感じられる。
「えいっ」
僕はミカから貰った護身の短剣を振るった。
剣身が一瞬白い光を放ち、宙を渡る炎の小鬼を両断する。
ぱんっ
妙に軽い音を立てて、火炎球は弾けて消えた。
「えいっ!」
もう一度、同じことをして、飛び来る火炎球を叩き落す。
すごい。
いま、僕は周囲の警邏官が放つ全ての火炎球の軌跡を認知できていた。
もうこの攻撃が当たる気がしない。
「女子供相手に貴様ら何をやっている!!」
顔を朱に染めた課長が両手を前方に突き出す。
と同時に、僕らを取り囲んでいた警邏官の円環が解かれ、脇に並び直す。
「炎の鬼よ、鞭となりて敵を打ち据えるべし!!」
満面に邪な笑みを貼り付けた警邏課長の突き出した両腕、その掌中に青白い鬼火が灯る。そしてそれが見る間に育ち、大きくなって……
「さあ、あの女を叩いて、焼き尽くしてやろうじゃぁねぇかぁ!!」
その課長の吼え声に呼応するかのように、掌中の炎が弾け、白い槍のように僕らに迫る。
集中して視ると、その在り様は、青白い炎を纏い鬼と化した警邏課長自身がまるで蛇のようにのたくっているようだ。
その蛇の如き上体を、警邏課長自身の両掌から生やしているかのようで、その分身のような鬼の面貌は見るに堪えぬほど欲望を剥き出しにしている。
これが、魔術の正体、あの授業で教えられていることか。
あんなのは、むしろ使えてはいけない類ではないのか。
カルルが成績が悪くてもあまり悔しさを感じない、と言ったのは言い得て妙だ。
ぱんっ
僕が護身の短剣で炎の鞭を払うと、軽い音を立てて弾けて消える。
一瞬驚いた表情をした警邏課長は、しかし次の瞬間には鬼の形相に転じて腕に力を籠める。
すると、両掌から生えた炎の鞭は、より青白く光り、さらに太くなって僕らを襲う。
ぱんっ ぱんっ
そんな炎を僕は短剣を振るって削って行く。
音を立てて、触れた端から消えて行く炎の鞭。
「そ……ん、な、馬鹿なぁ!!」
警邏課長は両手の平に炎を灯したままこちらに向かい駆けだした。
まずい。
僕のこの短剣ではらったら、あの人もただじゃすまないよな。
そしたら僕も傷害罪で犯罪者に――!!
そんな僕に戸惑いを見出したか、警邏課長は口角を吊り上げ、嗤いながら跳び掛かってくる。
慌てて体勢を整える僕に警邏課長の巨体が迫り――失速し、落ちた。
「主様、ご無事でしょうか?」
何事もなかったかのようにミカが近寄って来る。
そうか、彼女が気絶させてくれたようだ。
『お前達!
この男は取り調べと称して乱暴を働き、勝手に転んで気絶した!
取り調べの結果、我等はシロだった! まっしろだ!
分かったな!』
ミカは目で威圧しながら、言霊に力を籠めて全員に言い聞かせる。
目の前で信じ難い敗北を見た警邏官達は首を縦に振りながら、言霊の力を素直に受け入れたようだ。
『そしてその警邏課長とやら!
貴様は我等の潔白を全力で擁護せよ! 手を抜くことは許さぬ!』
気絶し、運ばれていく警邏課長の顔が、コクコクと頷いたように見えた。
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