【9話】警邏と連行

「……なあ、ジン。彼女はどう見ても普通ではないのだが、一体、誰なのだ?」


 西方辺境伯の子息カルルが、ミカから目を離せずに僕に聞いて来た。


 僕はミカに視線を移して、目で聞く。正体を話してもいいかな、と。

 ミカは微笑みながら、小首を傾げる。たぶん、問題ないということだろう。


「彼女はミカ。

 ここだけの話にして欲しいのだけど、天から降臨された天使様なんだ。

 縁あって、僕と行動を共にしてくれている」

「何か、ジンのことをあるじ、と呼んでいたようだが……」

「……縁あって、僕と行動を共にしてくれている、んだよ」

「キセキがどうとか……」

「さ、さて? 聞き間違えでないかな?」


 さすがに天使様と主従関係を結んだなんて大それた話はしたくない……。奇跡を授かったとかも。

 冷や汗を滲ませながら笑顔で答える僕、その様子から追及を諦めてくれた様子のカルル、醒めた半眼でこちらを見るフローラ。

 当のミカは天使の微笑みを惜しげもなく見せている。


「ま、まあ、次の授業があるし、部屋を移動しようか」


 そう言ってカルルが先頭を切って部屋を出ると、何故か部屋の外に人垣があった。

 半円状に囲まれ、出口を封鎖されている。

 その人達は学生ではなく、いや学園のものですらなく。


「お前がジンという学生か?

 私は警邏部のマトンというものだ」


 人垣の中から大柄な男が歩み出て僕達に話しかける。

 その警邏官の斜め後ろに、先ほどまで講義を受けていた講師が歩み寄り、僕らに話しかける。


「ジン、この方々が君たちに質問があるそうだ。

 本日の授業はもう良いので、こちらに着いてきなさい」


 威圧するような表情の警邏官、それを止めるどころか協力する魔術講師。

 この講師、権威に弱すぎだろう。


「ちょっとなんですか、講師! こんな人で囲って威圧して、ジンをどこに連れて行こうと言うのですか!」

「そうです、講師。大体、警邏部長が何の用だと言うのですか!」


 柳眉を吊り上げてフローラが抗議し、カルルもそれに合わせて対応に不満を言う。

 だけど、そんな言葉は警邏の人々には何の効果もなさそうだった。


「うるさいぞ、娘。学生は学生らしく、勉強してればいいのだ。

 お前は呼ばれていない、黙っていろ」

「そんな、横暴です!」


 あくまで抗議するフローラに対して警邏官が動いた。


「いっ!」


 瞬く間にフローラは背後を取られて腕を極められる。

 顔が蒼白になり、おそらく痛みで声も出せないのだろう。


「なんだぁ、まだ抵抗するつもりか?

 いいだろう、それならそれで――」


 抵抗どころか身動ぎすらも取れないフローラの様子を見て、警邏官の顔が卑しく歪む。


「ちょっと待て――」

『フローラを離せ、慮外者めが』


 僕が声を上げるのとほぼ同時に、ミカが声を上げる。

 ミカの力ある言葉により、フローラを拘束していた警邏官が慌てて彼女を離す。


 警邏官の邪魔にならない位置で佇む魔術講師は、薄ら笑みすらを浮かべてその様子を眺めていた。

 まったく生徒の力になる様子は見られない。


「――いいよ。行くよ。

 ただし、僕の友達に、これ以上、乱暴はしないのならな」


 これ以上、ここにいるのは危険だ。

 僕もそれは悟らずにはいられなかった。


「ああ、それでいい。

 最初からそうしていれば良かったのだ、馬鹿者が」


 フローラを離した警邏官は、驚きの表情をおさめ、嘲るように僕らを見下ろす。

 そのまま、背を向けて歩き出し、周りを囲っていた警邏官たちもそれに続く。

 僕とミカはそれにならって歩き出した。


「フローラ、心配しなくて良い。

 ジンを決して危険な目に会わせたりしない、約束しよう」


 悔しそうに、目尻に涙を浮かべるフローラの脇を通る時にミカはフローラにそう声をかけ、僕達は一緒に警邏部長の後ろについて行った。

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