【8話】魔術実習と白透石

 白透石はくとうせきという鉱物がある。

 ここ、リタハール帝国の中央に位置する霊峰ハルカドゥーサの周辺でしか採掘されないとされる、特別な石。

 この石は、人間の想いに応える力がある霊石だと言われている。


 昔は霊峰ハルカドゥーサの近くに住まう民が細々ほそぼそと祭りごとに使っていたとされる。

 しかしリタハール帝国の開祖と呼ばれる賢王ミレハはこの有用性に気づいて専門の研究チームを設立、自ら陣頭に立ち研究を進めて、遂に活用する技術を確立した。


 それが魔術、と呼ばれる技術。


 白透石はくとうせきを消費することで現実に影響を及ぼすことができる。

 例えば炎をおこしたり、風を吹かせたり、水を呼び寄せたり。

 人間の精神に干渉したり、逆に肉体を強化するなども可能と言われている。


「――というように、この白透石はくとうせきを使うことで、魔法の力を得るための技術、それを魔術と呼ぶそうだよ」


 魔術について簡単に説明した僕は、掌の上に教材である白透石はくとうせきを置いてミカの目の前に差し出す。

 石を摘まみ、しげしげと眺めるミカ。


「なるほど、確かに霊力が感じられます。

 と言うか、霊力が凝縮し形となって現れたのがこの白透石はくとうせき、なのでしょう」


 そう言いながら僕に石を返し、言葉を続ける。


「ですが、これはただの力の塊。

 この石を用いてどのように現世に影響を及ぼせるのでしょう?」

「まあ、それを教えてくれるのが、今から始まる魔術の授業だよ。

 僕達はみな苦手で、誰もうまく扱えないのだけどね……」


 僕は苦笑する。

 いや、苦笑している場合ではないのだが。

 実際の所、卒業が懸かっているのだから。


 そうこうしているうちに講師が入室し、講義が始まった。

 魔術学園の花形講義、魔術実習。


「今日は、皆が育てて来た白透石の成果を見せてもらう」


 講師の声に、生徒達は自分の白透石を取り出し始める。


(白透石を育てる、というのはどういう意味ですか?)


 僕の右隣に座るミカが声を潜めて聞いてきた。


(白透石を働かせるためには、白透石が働くための意思を籠めなきゃいけないのよ。

 少しずつ、石に自分の想念を埋め込んでいくように。それを毎日繰り返していると、ある日、石から想像した力が働き出すの。

 それを、石を育てる、と言うのよ)


 ミカの質問に、僕の左隣に座るフローラが何故か答える。

 僕越しに会話するのはできれば遠慮して欲しいのだけど。


(ほら、あんな感じ)


 僕の困惑をよそに、フローラは生徒の一人を指さす。

 彼は机の上に白透石を出して、その上に藁をまぶしたあとで何か語り掛ける。

 目を閉じ、集中して話しかけていると、やがて石の上の藁からぶすぶすと黒い煙が立ち昇り始める。


「炎を生み出す効果を得られたようだな。

 だがまだ火力が弱い。想念に無駄が多いようだ。

 もっと燃やすことを意識し、それを石に封じ込めるように意識しなさい」


 講評と指導が入り、次の生徒に移る。

 

 机の上にある一冊の本。

 その手前にある白透石に向かい話しかけると、カタカタと本が揺れ始める。

 ついには分厚い本が宙に浮き、ぱらぱらとページがめくられる。


 傀儡パペットという技術だ。


「分厚い本が動かせる力強さは良いと思われる。

 ただ、動きがぎこちないな。

 もっと石を働かせる想念イメージを持ち続けなさい」


 そうやって一通り巡って、僕らの前に講師がやって来る。

 蔑むように見おろして言い放つ。


「ああ、落ちこぼれ諸君。

 まだ在籍していたとはとんだ恥知らずだな。

 まあ、できるものならば、頑張ってみれば良いさ。

 まずは、多少はマシなフローラ君から見せてみなさい」


 ぎりっと奥歯を噛みしめ、目付きがするどくなるフローラ。

 目の前に置かれた白透石に手をかざし、目を閉ざして集中して石に呼び掛ける。


「小人さん、立ち上がり、そしてお掃除をなさい。

 机の上が汚れているわ」


 そう石に話しかけるとふわりと浮き上がり、そして石を中心にゆるやかな風が起こり渦を巻く。

 予め机の上に撒いてあったおがくずが小さな旋風つむじかぜにより巻き上がり、そして一つ所に積み上がった。


「ふむん、面白い。なかなかの着想だ。

 だが、いかんせん力が弱い。もっと石を働かせる、消費するよう念じなさい」


 それだけ言うと興味を失ったのか、あからさまな軽蔑の視線を僕らに落とす。


「さあ、残りは誰でも良い。やってみなさい」


「白透石よ、その筆を持ち上げて見てくれ!」

「石よ! 火だ! 火を放つんだ! 男なら頑張れ、意地をみせよ!」

「さあ、白透石。仕事の時間です、ここにある本をめくってください」

「は……白透石さん、頑張って、浮いて見せて、お願い!」


 ――結局、残る四人、誰一人として成功はしなかった。


 しばらく僕らの無様な様子を眺めていた講師は、嫌らしい蔑みの笑みを頬に張り付けたまま、何も言わずに去って行く。

 これがいつもの魔術の実技の時間の出来事だ。


 そして授業も終わり、実技の部屋から他の生徒達も出て行く。

 講師に馬鹿にされている僕らを他の生徒達も同様の目で見おろし、ご丁寧にくすくすと笑いながら。


 僕らは口惜しさと情けなさに、しばらく机から動けない。

 唯一、まともな成果を出せているフローラは、困惑したような表情で見て、それでも語り掛ける言葉すらない。


 そんな僕らを見ていたミカは語り掛ける。


「今のが、その白透石を使用した魔術、と呼ばれる技術なのか?」

「……そうよ、何故かこのテーブルにいる皆は、それだけはうまく行かないの」


 フローラの返事を聞いて、困った表情をするミカ。

 眉間に皺を寄せ、人差し指を唇にそっと添える彼女は、その美しいプラチナブロンドの髪一房を撫でながら言う。


「少し視てみたのだが、他のテーブルで術を行使していた者達の白透石とやらには、あまり良くないものが宿っていた。

 なんと言えば良いか――いびつな欲望が憑いている、とでも言うべきか」


 慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと喋る。


「其方らは、あまり、他者に何かを押し付けるのが得意ではなさそうだ。

 主……ジンやカルルは何か仕事があったとして、他者を使うよりも自分で処理してしまうことを選ぶだろう。

 グレコとマイは、そもそも他者を使うことに抵抗感を持っている。

 おそらく、石を使えないのは、その気質のせいだろう」

「え? あたしは?

 あたしだって人を使うのは好きじゃないんだけど?」

「フローラは、恐らく割り切って人を使えるのだろう。

 労働に対して感謝はするが、受けたことは正しく遂行されるべきと考える。

 だから、石に労働を委任し、働かせることに迷いがない」


 僕達は一様に目を丸くする。

 なるほど、と心当たりがあった。


「対して、上手く白透石を活用できている者達は、想念というより……何か……妄念というか、煩悩というか。

 そう言ったものを石に託して、動かしているように見える」


 困惑し、互いを見合う僕達。

 その中で口を開いたのは、神官見習いであるグレコであった。


「では、いったい、白透石はどういった理屈で動いているのでしょう?

 ミカさんには、何か視えていらっしゃいますか?」

「視える範囲から想像した発言であることは許してほしいが、おそらく自分の霊の欠片を白透石に埋め込み、核としているようだ。それが独立し、白透石そのものを消費して活力エネルギーに変え、現実に影響を行使する。

 だから、その霊の核……仮にいまは霊核と呼ぶが……に何をさせたいのか、それが明確であればあるほど、良い働きをするわけだ」


 はあー。

 なるほど、講師の説明よりもよほど分かりやすい。


「なるほど、だが、我々も白透石を活用したいと考えて念写をしていたはずだ。

 それでも、まったく石は応じてくれなかったのは、俺の霊が弱いと言うことか?」


 貴族の子息であるカルルが顔をしかめてミカに問うた。


「私も初めて白透石と魔術を見たのだ、詳しいことは分からぬ。

 ただ、例えば先ほど火をおこしていた生徒は、腹の底から何かを燃やしたいと思っていたようだ。少し将来が心配だな。

 あるいは、本をめくらせていた生徒は、本をめくるのも面倒くさいから他者に押し付けたい、そんな妄念を石に押し付けていたようだった。

 これくらい明確に他者に何か影響を及ぼしたい、あるいは何かをさせたい、そんな意思がなければ白透石に霊核を定着し発動することは叶わないのだろう」


 舞台裏を聞いてしまうと、とんでもない話だった。

 何かいけないことを聞いてしまった気分だ。


「たった一回の授業を聞いただけで、そこまで分かってしまうんだね。

 やっぱりミカはすごいなぁ」


 半分呆れる思い出僕は呟くと、ミカはくるりんとこちらを振り向いて謹厳な表情を一転し、にぱっと笑いかけてくれた。


「主様、何を言っているのですか?

 同じ力を、今や主様もお持ちなのですよ?」

「と言うと?」


 ミカは白い人差し指をとん、と僕の胸に置きながら、嬉しそうに言った。


「主……ジンに移した二つの奇跡。

 ひとつ目の奇跡の名は『使役』、他者を従い動かす力。これはご存じですね。

 ふたつ目の奇跡の名は『認知』。物事の本質を、視るものに分かりやすく理解させてくれる力。この世にあらざる存在まで、使用者の中で具現化し認識することができます。


 ――この『認知』の奇跡を使えば、相手がどんなことを考え、どのような不可視の仕組みを用いているのか、丸見えなのですよ?」


 そう言って、ミカはニコリと微笑んだ。

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