【7話】魔術学園と友達
各地から優秀とされる若者を特待生として迎え入れ、学業を修めて将来的に国に貢献してもらう
優秀な若者には奨学金が国から支給され、一定以上の成績で卒業できさえすれば返還の義務もない。貧民にとっては夢のような制度。この制度を用いて貧民の立場から成り上がった学生の成功譚は数知れず存在した。
そういった奨学生だけではなく、自費で入学する者も数多くいる。
優秀な若者たちが集う場所、それが学園であり、帝国内に複数存在する。
そんな学園のひとつであるハルモートゥ学園にジンは在籍していた。
学園の広大な敷地の入り口にそびえる鉄柱でできた
ミカと出会ってから数日が経ち、ようやく通学を再開できたわけだが。
「本当にミカもここに通うの?」
「はい、主様をお護りするためにも、私もこちらに通いたいと思います!」
そう言ってくるりと上半身を向けるミカ。
いつもの神官服ではなく、紺色を基調とした落ち着きつつも薄衣と刺繍で装飾され、年相応の可愛らしさを備えた学園の制服を着ているせいか、妙に幼く見える。
「何をお護りするんだか。
ジンが三日間も寝込んだのは誰のせいだと思っているの?」
「確かに奇跡の授与があれほど負担であったのは想定外だった。
私の不見識だ、すまなかった」
一緒に登校している同じ学園の生徒であるフローラはジト目でミカを見ながら嫌味を言ってみる。
謹厳な表情で謝罪するミカの前に、あまり追及ができないようだけど。
ちなみに、あの後あらためて僕は奇跡とやらを身体に注入され、そのおかげで三日ほど寝込んでしまった、というお話しだ。
「ミカ、あんた本当に学生に登録されているの?」
「もちろんだ、少々奇跡の力を使わせてもらい、特別留学生という待遇で登録させた。こちらが学生証だ」
そういって豊かな胸元から学生証を取り出してフローラに見せる。
僕が寝込んでいる間に通学したフローラについて行き、彼女が授業を受けている間に編入手続きを済ませてしまったらしい。
なんでも奇跡の力の本体は僕に移動したけれど、ずっと所持していた関係で、弱い奇跡としてなら今でも行使できるそうだ。
「本当に学生証を発行してもらえたんだね。
特別留学生……少し僕のと
「ええ、主様の
「本当にミカって、あたしとジンとで口調が変わるのね」
「ジンは私の主様なのだから、止むをえまい」
はあ、と溜息をついてフローラは追及をあきらめた。
僕としても口調がこうも変わると落ち着かないのだけど、ミカに同じように接して欲しいと言っても聞かないので仕方がない。
そして、落ち着かないと言えば。
「それにしてもミカ、あんたのせいでこんなに人が寄ってきているんでしょ。
なんとかしなさいよ!」
そう、僕達が登校するのを、遠巻きに群衆が見ているのだ。
ミカの人外の美しさに惹き寄せられ、こちらを見てささやきあう人の壁。
『皆のものよ。
通行の邪魔となる、散れ』
力ある
「本当に凄い力なのね、その奇跡の力……」
「それはもちろん、神が授けてくれた力だからな。
ただ、あまり便利使いするわけにもいかないが」
ミカの説明によると、奇跡『使役』を
心が折れたらどうなるのか?
廃人同然になってしまうとか。怖い。
「そんな恐ろしい力は使えないよね」
溜息交じりで僕が言うと、それは違いますよ、とミカが言う。
「本来、意志ある者を従えるような力ではないのですよ。
意思なき対象、あるいは薄弱な存在に対して行使するものなのです」
「意思なき対象とかって、いったい何のことなの?」
「それはですね……」
ミカが人差し指をぴっと立てて説明しようとしたときに、横合いから声がかかった。
「よぉ、ジン。ようやく来たか。
随分と休んでいたな、単位は大丈夫か……て……」
僕と同じ十四歳にして、僕より頭ひとつ分大きい偉丈夫。
友人のカルルが話しかけようとして、ミカを見て目を丸くしている。
「……どちら様で?」
「ああ、彼女の名前はミカ。短期留学生としてここに通うことになって。
偶然僕が出会って案内したことをきっかけに、学園でもいろいろと教えられるよう一緒に行動することになっているんだ」
「どちらの御出身か、うかがっても構わないか?」
「訳ありで、お忍びで来ている関係で素性は明かせないんだって。ごめんな」
かなり苦しい言い訳だけど、嘘はついていない。
ミカが嘘をつくのを断固拒否したせいで、こんなプロフィールになってしまった。
「……そうか。俺は、西方辺境伯の子で、カルルと言う。
まあ、よろしく頼む」
そう言って精悍な顔に人好きのする笑みをたたえて会釈する。
「ああ、こちらこそよろしく頼む。
なにぶん、この界隈の礼には疎くてな、失礼をしたら遠慮なく言って欲しい」
ミカが天使の微笑みで返すと、一瞬、顔を赤らめるカルル。
無骨な彼も、さすがに天使の微笑みの前には平静ではいられないのか。
「おや、良く戻ってきてくれたね。体調は大丈夫なのかい?
医者の息子が風邪を引くなんて、らしくないね」
「ジン君、大丈夫? 無理はしないでね?」
おっとりとした声がする方を見ると、教会の神官見習いであるグレコと、その友達の少女マイが連れ立って歩いて来た。
グレコもミカの容貌には驚いたが、カルルと異なりすぐにいつもの穏やかな表情に戻り挨拶を交わした。そんなグレコといつも一緒にいるマイは、どぎまぎしながら挨拶して、すぐにグレコの後ろに隠れてしまう。
いつものメンツが揃い、これにミカも加わって一緒に講堂に入って行った。
***
「それでは五人は成績が良くない点が共通して縁ができたのか?」
「ちょっとミカ、あたしは別に成績は悪くないわよ!」
どの授業もミカがいると騒然とするものの誰一人として声を掛ける勇気は持てなかったようで、僕達は遠巻きに見られることを我慢すれば普段通りの生活に戻れた。
そんなわけで、なんとか現状を受け入れた僕達は、ミカに自分達の関係を説明。その感想がこれだった。
「正確には魔術の実技だけ、フローラ以外の皆が赤点なんだよね」
「そうなの、この人達、なんでか実技だけは最低なのよ。
ジンとグレコは、それ以外の課目はむしろ学年随一だし、カルルは競技種目では一位総取りなくらい。マイだって、いずれの教科も万遍なく平均以上なのに」
僕がしょんぼりしながら話すと、フローラが
「どうもあの魔術の授業は肌に合わない。
不思議と成績が悪くてもあまり悔しさを感じないほどだ」
「とはいえ、ここは魔術学園。他の課目がいかに優秀であっても、魔術を修められなければ学園では落伍者の扱いなんだよね」
憤慨するカルルに、グレコが核心をつく。
そうなのだ。
いくら総合成績が良かったとしても、魔術の実技が赤点では決して学園で認められない。そんな訳で、僕らは学年成績トップクラスの落ちこぼれ集団という、不思議な立ち位置にいる。
おまけに、魔術の授業には使用した消耗品を実費で弁済するというペナルティがある。これにかかる費用が存外馬鹿にならない。
実家が貴族であるカルル、教会の有力者の子女であるグレコとマイだから、なんとかなっているのだ。
僕は危うく人生を諦めかけた。
「なるほど、優秀な者達でもこなせない魔術の授業、か。
どのような内容なのか、興味が湧いて来たな」
ミカの目に好奇心が灯る。
とは言え、それはすぐに満たされることだ。
「ミカ、大丈夫だよ。
次の授業がまさにその魔術の実技だからね」
「そうなのですか、分かりました!
主……ジンのやり方を見させていただきますね!」
ぱっ、と表情を明るくして微笑むミカ。
事前に釘を刺しておいたので「主様」はなんとか途中で止められたものの、突然の雰囲気と口調の変り様にぎょっとする皆。
半眼になってミカを睨みつけるフローラ。
あまりのいたたまれなさに、僕は顔から血が引くという感覚を思い知らされるのだった。
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