【6話】金貸しと警邏
ピーッ!
昼下がりの繁華街に笛の音が響き渡る。
普段は見慣れない警邏の制服を着た者達が縦横無尽に駆け巡る。
ここは『欲望の通り道』と呼ばれる繁華街。
快楽を追求する店舗が軒を並べる中央通りの奥、特に繁盛している一角にある、湧き上がる欲望を形にしたようなどぎつい建物の周囲を警邏が取り囲み、封鎖する。
誰も建物に入れないように。
そして、誰も建物から出られないように。
この国の治安維持に当たる警邏は軍組織の一部が担っており、軍所属を示す黒基調の制服に金色の肩章をした隊員が建物を行き来する。
帝国内最大の暴力機関に連なるその存在には、おいそれと盾つくことは許されないため、混沌とした自由の追求を愛する住民達にとって天敵に等しい。
普段は治外法権とばかりに自警団に任され放置されている区画を占拠する警邏隊に、街の住人は不安と不満を隠せないでいた。
***
「ほら、そろそろ話してくれないかね?
ワタシも忙しいのでね、あまりキミ達にかかずらっている時間はないのだよ」
黒の警邏服、肩章が示すのは威力調査部。
文字通り、暴力が必要な調査を行うための部署である。もちろん、公的な暴力を使って。
逆らったら死刑、逆らわなくても殺される。関わってはいけない相手のトップランクだと巷では言われている。
「チヴォー部長さん、俺達だってあんた達を敵に回したくないんだ、そりゃそうでしょう?
だけど、知らないものは知らない、そう言っているだけですよ」
執務机に力づくで押し付けられた禿頭。
紫色の
精一杯の抵抗、相手を睨みつけることだけはしながら。
長身痩躯に黒の警邏制服、肩章には部長を示す階級章の他、勲章らしきものも並ぶ。
大きな傷跡が斜めに走る左目は閉ざされたままで、戦場から名誉の負傷で内地に戻り職を任された元軍兵士、といったところだろうか。
「まあ、ねぇ。アンタみたいなゴミ溜めの中のクズが、誰かに義理立てして黙りとおすなんて、ちょっと信じないけどね。
でも、さ。いっぱいいるんだよ。見ていた観客が、さ。
ほの白く輝く、見たことのない綺麗な少女を連れた小汚い少年。
そいつらがこの商会にはいってきてさ、それで小一時間で出て来たってさ。
教えてくれればいいだけなんだよ? ソイツラのことを、さ」
そう言いながら見下ろす、チヴォー部長と呼ばれた男。
メラヴェークは知っている。その目は同類としての人間を見る目ではない。
いつでも相手を廃棄可能と考えている絶対優越者の目。
自分もそんな目をして人を見ることが良くあったのだ、そりゃわかるさ。
メラヴェークは分かっており、だからこの後の自分の末路も知っている。
話しても、話さなくても、同じ末路。
(だったら、さ。アイツらの事はこの胸にしまったまま逝けばいいさ。
どっちの方がマシな人間かなんて、考えるまでもないしな)
結局、メラヴェークは最期まで何もしゃべらなかった。
***
「チヴォー部長!
現在の金を貸した相手のリストを押収致しました!」
「おー、ありがとうな。
ついでに、不正に手に入れたはずの金品も全部押収しておけ。
いつも通り、半分は国庫に、半分は山分けだぁ」
ぺらぺらと書類をめくりながら部下に指示をする。
相変わらず、金を借りている学生が多い。
当然だ。そうなるように仕組まれたカリキュラムであり、運用なのだから。
「……お可哀想になぁ」
この改竄された借金により辿る末路を想像して苦笑する。
「良い人間ほど鬼になる、とはまた可笑しな世の中だよなぁ」
それにしても。
話に出ていた、身体がほの白く光る麗人とは、一体何者なのか?
最初に聞いた時は、何の与太話だと一笑に付したものだったが。
軍の上層から通達のあった、最高ランクの情報統制指示。軍内部での
「いや、現場は好きだからいいンだけンどもよ……」
尋常じゃない程に軍上層が気にしている案件。
一歩間違えば自分だって屑籠にポイ、だ。気を抜けないし、絶対に失敗できない。
「それにしても、ダレが同伴したのか知らないけれど、さ。ソイツもロクな末路にならねぇのは事実だわな」
ほの白く光る麗人、その重要対象に付随する人物。
おそらく、知らなくて良い、軍が独占したい情報をたんまりと知ってしまっているだろう。
ならばその未来は良くて殺処分、悪ければ……いや想像もつかないな。
「お可哀想なことで、だわな」
やれやれ、ワタシ自身も気を引き締めないと、他人様に想いを馳せているばあいじゃあないよな。
物思いをそう締めくくったチヴォー部長は、成果を出すために歩き出した。
***
高利貸しで有名なメラヴェーク商会。
この界隈で有名なヤクザ者の溜まり場であった商会について貼り紙がされた。
通告。
メラヴェーク商会は組織的な不正行為に手を出した。
商会主たるメラヴェークは合計十の罪状で逮捕、しかし商会の関係者は不埒にも警邏隊に反抗したために反撃、最終的には全員死亡。
もしも生存者を発見した場合、即刻警邏隊に通報すべし。
隠し立てをした場合、その者も同罪となるべし。
この通告書をぼんやりと眺めたオウロは、すでに仲間も知り会いもいなくなったこの町から、逃げるように立ち去って行った。
メラヴェーク商会は廃業、同建物には後釜となる金融業者がその後すぐに開業。
やがて街は何事もなかったかのように落ち着いてゆく。
それはジンとミカが訪れた、数日後の出来事だった。
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