【4話】奇跡を手にした僕
暗い夜道。
夜空には満天の星。
ミカと並んで家路を急ぐ。
僕が机の上に置いてきた手紙を読まれてしまうと、大変厄介なことになるから。
「ミカ、今日の事は本当にありがとうございました。
また家に帰れるとは思いませんでした……感謝致します」
「なに、造作もないことだ。
それにしても、其方は本当に頑固者のようだな」
「……はい?
僕、何かしましたっけ?」
「むしろ何も変わりないからだ。
私は其方に、敬語はよせ、普通に接せよ、と言ったはずなのだがな」
「はは……。
ですが、ミカのような存在の方に、普通に接するのはやっぱり難しいですよ」
そう言って苦笑する僕に、ミカは苦笑を深めつつも教えてくれた。
「天使はな、主たる神から『奇跡』という力を授かるのだ。
それぞれの天使に授かる奇跡は異なるが、私が授かった奇跡の力に『使役』という力がある。これは文字通り、相手を自分の望む通りに動かす力。
つまり私の言葉には、自分の望むよう相手を従える言霊の力が宿るのだが――それを其方は己の意思で
なるほど、確かにミカの言葉に、あの悪党達は要所要所で従わさせられていた。あれはそのような力の影響下にあったためか。
だからこそ、メラヴェークが言葉に
そんな神の力の影響をさらっと僕は
「……なんか、大変不敬なことをしている気がしてきました……」
「いや、本気で従わせようと力を籠めているわけではなく、漏れ出ている程度の力だから、そこまでの強制力はない。普段の話し言葉だからな。
それでも、其方は己の意思で
そういって、にっこりと微笑んでくれた。
褒めてくれた、のかな?
そうして、再び黙り込んで二人で夜道を歩く。
でも、僕は家に向かうけれど、ミカはこれからどうするのだろうか?
「ところで、ミカはこれからどうするのですか?
行くところとかあるのでしょうか?」
軽い気持ちで質問したが、予想外にまじめな表情で見つめ返される。
はた、と二人の歩みが止まる。
なんとなく正対し、見つめ合う。
「ジンよ、ひとつ相談がある」
目を少し伏せた状態で話始める。
声に強制の力が感じられない。
意図して抑えているのだろう。
「最初に言った通り、私は一人では自分の存在意義が見いだせない。そういう存在なのだ。
仮に天使に
髪も、翼も、瞳も、闇のように黒く染まり、全てを呑み込もうとする邪悪な存在。それが堕天使、というものらしい。
そのような存在に
そう言って、更に目を伏せ、視線を落とした。
それから何かを思い切るように顔を上げた。
「だから、相談だ。
ジンよ、私の主になってはくれまいか?」
へ?
「私は人の魂の色や形が見える。だから其方が善い魂の持ち主であることは、最初からある程度分かっていた。
そして、この短い間行動を共にして、其方の魂の高潔さが感じられた」
目を開いて僕を見据える。
美しい満月のような、黄色く
「で、で、ででででででも、僕がそんなあなたの主になんてああああああ」
「そんな
私も人間に従うなど、信じ難いことなのだから。
だが、無主の状態が続くと、正直自分がどうなるのか想像もつかないのだ」
そう言って顔を背けるミカ。
その美しい横顔に浮かぶ深い憂い。
そうか。
この天使も、望んでそう提案している訳ではない。
どれほどに素晴らしい能力を持っていても、その行使する意思を与えられていないのだからそれを活かせず、自分が何のために存在のか分からなくなる。
だから自分の
少し照れているような困っているような、そんな横顔を眺めていると急にミカが身近な存在に感じられた。
「――わかった。じゃあさ、友達から始めようよ」
「友達? 主ではなく?」
「うん、友達。僕に
だから僕がさ、君の友達になって一緒に居られれば、それで君の居場所ができるでしょう?」
「駄目だ。上下関係は明確にしないとならない。
主は、主。
えー。
「いや、そんな頭固く考えなくてもいいだろう?
僕は君よりはるかに能力が劣る訳だし、ただの平民な訳だし、全然主っぽくないよ」
「いや、いいのだ。私が認めたのだから、其方は主として問題ない」
「いやいやいや、主の資格があると言ってくれている割には、全然僕の意見を聞いてくれてなくないかい?」
「まだ其方は主ではないから、いいのだ。それに所属はきっちり決める必要があるし、力の行使は主の意思に従わねばならないから、必要なことだ」
「頑固だなあ!」
「其方こそ、頭が固いではないか」
そこで互いに口をつむって睨みあって……それから、笑い合った。
なんだろう。
言い争いをしているのに、心地よいリズム。
互いにぶつかりあい、なのになお互いを親しく感じていると分かる感覚。
きっと、この相手となら良い関係になれる。
そう信じられた。
「ちぇ、分かったよ。
じゃあさ、僕がミカの主になったら、その待遇を改めてもらうから」
「そうは行かない、主に従う者でも意見くらいはできる」
いや、主に意見が前提て、どんな従者だよ。
なるほど、この調子で神様にがんがん意見して、怒られちゃったのかな。
だったら、案外、ほとぼりが冷めたら許してもらえるんじゃないかな?
ミカだったら、不正義なことはきっと言わないだろうから。
そんなことを考えていると、ミカが僕の前に跪く。
「私、ミカは、ジンを主と仰ぎ、今後はこの身を主のために捧げるとここに誓おう。
常に主と共にあり、その剣となり、その盾となり、その手となり、足となろう。
願わくば、主にこの誓いを受け取って頂かんことを」
そう言ってミカは、僕の右手を取り、その甲に口づけをする。
こんな綺麗な女性にキスをしてもらって、顔まで真っ赤になってしまう。
「ああ、ああありがとう!
その、至らない
噛みまくった。
どっちが主らしいか、このやりとりを見ていれば明白なんだけど。
ミカは頭を上げ、立ち上がる。
「ジン、これで
そう言うと、にこりと微笑んだ。
口調まで改まっている。
「まずは、これをお納めください」
そう言って、小ぶりな短剣を差し出した。
「これは護身用の短剣です。
私が持つ剣、
なんて恐ろしいものをつかっているんだ、この
「その点、この短剣は、剣自身が力を秘めています。
しばらく使用していても力を使い果たすことはないでしょう」
そう言って渡してもらった短剣は、持っていることを忘れるほど軽い。
それでも、近くにあるだけで力を感じて、良く分からないけど凄い短剣ということだけは分かった。
「もうひとつ。
主様に私が神より賜った奇跡を渡しましょう。
これは主様が持つべきだと思うから」
そう言って、両の掌から光の球を浮かび上がらせる。
成人男性の頭よりもなお大きなその光の球は、近くにいるだけで圧力を感じて、凄まじい力を秘めていることが本能で分かる。
「私が神より賜った二つの奇跡を今から主様にお渡しします」
両の掌の球が回転し、光の強さがいや増す。
というか、渡すとは一体、何をするつもりなのか――
「動かないで下さいね、主様。
今からこれを主様の身体の中に入れますから」
「え? それを身体の中に入れる?
いや、そんなの無理だから! 無理無理無理、身体が弾けて飛んじゃうよ!?」
「大丈夫ですよ。
痛いのは最初だけですから、すぐに慣れて受け入れられるようになりますって」
「いやいやいや、とても信じられないよ!
大体、誰か人間でそんなのを受け入れたことがある人、いるの!?」
僕のその疑問を受けて、ふと目が泳いで――
「ええ、私の主様なら大丈夫ですよ。
行けますって」
「うそうそうそでしょ?
絶対に、過去にそんなの受け入れた人はいないんだよね?
そうなんだよね!?」
「往生際が悪いですよ、大丈夫なんですから」
そう言うと、両の掌に浮かぶ光の球から光の
あ、これ、死ぬ奴だ。
そうして、ミカに光の球を注入され――る前に光の球に弾かれて、僕はそのまま吹き飛んで行った。
光の球に弾かれる直前、咄嗟に後ろに跳んでいたお陰で気絶するくらいで済んだのは幸いだったが、危うく魂が弾け飛んで死ぬところだった。
後でしきりに謝ってくれたミカには悪いが、やっぱりこの
……ともあれ。
こうして僕はミカという天使と共に行動することになった。
こうして僕は、普通では考えられない力を持った。
だけど今の僕はまだ知らない。
この世界が壊れかけていて、神の不興を買っていることを。
世界には苦しみ、尊厳を侵され、心で泣いている大勢の人がいることを。
長い時をかけて己の欲する世界に改変しようとしている者達がいることを。
これから理不尽な運命が僕とミカに襲い掛かってくることを。
今はまだ、知らなかった。
――――――
本作を目に止めていただき、ありがとうございます。
また、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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引き続き本作をお楽しみいただけましたら幸いです。
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