第15話警察 後編

「よう! 災難だったな。こってり絞られたみたいで」

「犯罪を犯したわけじゃねえのにな。それより樫川は?」


 警察署の外に出ると、駐車場にスーツ姿の兄貴が居た。俺は辺りをキョロキョロと見渡した。樫川と柳葉はどこに居るんだろう?


「佐々木氏。僕はここですぞ」


 兄貴の近くの車の後部座席に樫川は居た。兄貴にもらったのか、自分で買ったのか分からないが、サンドウィッチを食べている。柳葉は疲れているのか、樫川の隣で眠っていた。


「驚きましたぞ。まさか佐々木氏の兄上殿が県警本部の警部だったとは」

「あんまり言いたくなかったんだ。それに兄貴が助けてくれる保証はなかったからな」


 俺はそういうと助手席の扉を開けて中に入る。兄貴は運転席に乗り込んだ。


「いや、俺だってあまり公私混同なことしたくなかったけどな。気になることがあってな」

「気になること?」

「走りながら話そう。お前の隠していることも話してもらう」


 やっぱり兄貴に隠し事はできねえな。俺は樫川に「いいよな?」と訊ねた。


「仕方ないでしょうな。僕も昨日の晩に起こったことや占い師さんが死んだことも知りたいですし。それに流石に人が死んでいるのです。我々だけではとてもじゃないけど、解決できません」


 というわけで、俺は走行中に簡単に経緯を話した。

 しかしあやめのことを言う前に「待ってくれ。一先ず整理させてくれ」と言われてしまった。


「親父の日記に、奇妙な体験。居なくなった高校生に、異常な挿絵。そして占い師と京極さん。まあ警察は信じてくれないだろうな」

「そして直接コンタクトを取られたみたいですな」


 二人は考え込んでいる。

 だが意外と兄貴が信じてくれたことに俺は驚いていた。


「兄貴、よく信じられるな」

「弟の言うことだからな。俺が信じなきゃ誰が信じるんだ。それにオカルトは初めてじゃない」

「はあ? 初めてじゃないってどういう意味なんだ?」

「言葉どおりさ。世の中には不思議なことがあふれているからな」


 俺も樫川も詳しく聞きたかったが、兄貴は「それよりも気にすんなよ」と俺に優しく言った。


「何を気にしないんだ?」

「京極さんのことだよ。どうせお前、後悔しているんだろう?」


 俺は何も言えなくなってしまった。いくら家族のためとはいえ、京極教授を売ってしまったのだから。後悔しないはずがない。


「佐々木氏。それは仕方ないですぞ。誰だって家族を選ぶでしょう」

「……分かっている。分かっているんだ。でも、俺が殺したようなもんだ」


 後悔しないわけがない。

 だけど、俺が選択しなかったらどうなっていたのだろう。家族を殺されてしまったのだろうか。


「気に病むなよ。まあそう言っても気になるだろうが。やったのは奴らじゃねえか。お前は家族を守ってくれたんだ。悪いなんて誰にも言わせねえよ」


 思わぬ慰めに言葉が詰まりそうになる。


「……ありがとうな。兄貴」


 それしか、言えなかった。

 樫川は話題を変えようと「それで、次は何をするのですかな」と兄貴に訊ねた。


「そうだな。お前たちはどうしたい?」


 兄貴はこういうとき、自分の考えを押し付けない。教えはするけど、無理強いはしない。導いてくれる。


「占い師さんには悪いですが、これ以上関わらないほうがよさそうですな。戦うのをやめて、日記と蔵書は処分するべきですな」

「なるほど。康隆はどうする?」


 俺は正直に話した。自分の想いを二人にぶつけた。


「奴らを――なんとかしたい。どうにかしたいんだ」


 二人は驚いた目で俺を見つめた。


「驚きましたな。戦うつもりですか?」

「ああ、そうだ。戦うというか、どうにかしたい。上手くいえないけど」

「康隆、どうしてそう思ったんだ?」


 俺は二人の顔を見られなかった。俯いてしまう。


「奴らのせいで少なくとも七人が死んでいる。親父とその友人のBとW。夢の中の女。俺が知らない『木戸』と占い師、そして京極教授。七人の敵討ちってわけじゃないけど、知ってしまったからにはなんとかしたいんだ」


 多分、俺は恐怖で頭がおかしくなってしまったんだろう。そうに決まっている。

 怖くて仕方がないのに、逃げるより向き合いたいなんて。


「奴らは俺や周りの人間に危害を加えているし、このままだったらどうなるのか分からない。だから、その前になんとかしなくちゃいけないと思うんだ」

「……兄としては反対するべきだろうけどな」


 兄貴は溜息を吐いた。


「分かった。協力しよう。どうせ休暇中なんだ。足代わりになってやるよ」

「僕も協力しますぞ。乗りかかった船ですからな」


 俺は顔を上げて、二人を見た。にっこりと笑っている。


「ありがとうな。二人とも」

「いいですよ、お礼なんて。しかしそうなると次はどうすればよいのですかな」

「とりあえず、深沢という子と会いに行こう。保護しないと危険だ」

「いや、その前にあやめを――」


 そう言いかけた瞬間、後ろに居た柳葉が急に叫んだ。


「起きろ! まやかしだ!」


 その言葉がよく分からず「柳葉、どうした――」と言いかけて、柳葉が運転席の兄貴のハンドルを、後部座席から身を乗り出して握った。


「おい何してるんだ!」

「起きないとやばいんだ。だから無理矢理起こす!」

「馬鹿! 寝ぼけてるんじゃねえよ!」


 柳葉は俺の目を見た。自然と見つめ合う形になる。


「あんたはまともなようだな」

「はあ? 何言って――」

「他の二人を見ろ」


 その言葉に従って兄貴と樫川を見る。

 どろどろに溶け出して、人の形をしていなかった。


「げええ!? なんだこりゃ!」

「悪いが、強引に夢をぶち破らせてもらう」


 そう言ってハンドルを右に思いっきり曲げる。

 ハッとして外を見ると、目の前に大型トラックが迫ってくる。


「うわあああああああああ!」


 思わず悲鳴をあげて目を閉じる。

 そして衝撃。

 目を閉じているのに、光が見えた。



◆◇◆◇



 気がつくと俺は車の中に居た。走っていない。というか警察署の駐車場で止まっていた。

 右には兄貴が寝ていた。

 そして後ろには寝ている樫川と――


「なんとか出られたな」


 柳葉が居た。顔中に汗をかいている。


「どういうことだ? 何があったんだ?」


 柳葉を問い詰めると「多分、奴らの仕業だ」と答えた。


「どうする? 二人を起こすか?」

「その前に外が異常だ。何かおかしい」


 外を見ると警察官や市民が倒れていた。


「……よし。とりあえず外に出るぞ」

「……分かった」


 外に恐る恐る出て、倒れている人に触れると、どうやら眠っているようだった。


「集団催眠、なのか?」

「そんな科学的な話に思えないが……」


 睡眠ガスで眠らせた? 野外で? 車中に居たのに?


「柳葉、よく気づいたな」

「多分、占い師からもらったこれのおかげだろう」


 そう言って首にぶら下げた木製の護符を俺に見せる。前に見たときと違って表面に傷のようなものが走っている。


「アミュレット、と言っていたな。呪いを跳ね返してくれるらしい」

「それ占い師にもらっていたのか。知らなかったな」

「ああ、実は――」


 柳葉は俺のほうを見て説明しようとした。

 ざくり、という音がした。

 柳葉の胸から腕が一本、突き破っていた。


 口から大量の血液が吐き出された。

 呆然として何も言えない。

 口を開いたのは、柳葉の後ろに居る、仮面の男。


『マジナイガキカナイナラ、チョクセツコロシテ、シマエバイイ』


 俺は、目の前で、知り合いを殺されて――


「うおおおおおおおおお!」


 無謀にも殴りかかったのだ。

 奴らが許せなかった。簡単に人を殺めてしまう奴らが憎かった。

 だが――


『タンジュンナヤツダ』


 仮面の男は腕を引き抜いて、俺に襲い掛かる。

 黒い霧のようなものを纏って、俺を殺そうとする!

 思わず、目を瞑ってしまった――


『ナ、ナンダト!?』


 仮面の男の焦った声。目を開けると、俺と仮面の男の間に、見えない障壁があった。

 見えないけど、俺の味方であると分かった。しかし同時に邪悪なものであると感じられた。


『マサカ、ベツノカミノ、ニエニナッタノカ!』


 贄になった? 俺が?

 仮面の男は動かない。俺は動けなかった。


「おい……俺を忘れるんじゃ、ねえ……!」


 仮面の男が振り向く。柳葉がその仮面目がけて、拳を振るった。

 ガギンと音がして、仮面が取れた。

 その素顔は――人の顔をしてなかった。

 爬虫類に似ていた。冒涜的で背徳的。そんな言葉が適していた。


「あ、はは。やったぜ、木戸、俺は……」


 そのまま仰向けに倒れて、柳葉は動かなくなった。


『コノムシケラガ!』


 仮面の男――いや化け物は柳葉の死体を蹴っ飛ばそうとして、何かに気づく。


『ニエガ、フタリ? マズイナ』


 化け物は仮面を拾って被り、そのまま去っていく。

 情けないことに俺はあまりの状況についていけず、そのまま見逃してしまった。


「何が、どうなっているんだ……」


 柳葉の死体を前に呆然とする。

 そんな俺に声をかけてきた、少女が居た。


「叔父さん。もう考えなくていい」


 それは突然目の前に居た。何の伏線もなく、何の仕掛けもなく、ただそこに居るのが当然と言わんばかりに、そこに居たのだ。


「……なあ。お前は知っていたのか?」


 自然と涙が溢れてくる。

 絶望の淵に立たされて、俺はもう限界だった。膝をついてしまう。


「うん。全て知っている。でもここに居るのは不味い」


 そいつは、その少女は、そう言って俺に近づき、頬を撫でた。


「お父さんと樫川さんを起こして、おうちに帰ろう」


 撫でられた手は、酷く冷たかった。


 あやめ、お前は本当に俺の姪なのか?

 それとも、別の何かなのか?

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