第12話教授 前編
俺は気絶した深沢を安全な場所に連れて行く必要があった。また樫川とも合流しなければいけなかったし、占い師と柳葉にも詳しい話を聞かないとならなかった。
だから一先ず俺の下宿先に集まることにした。安全とは言いがたいが、それでも外でうだうだ話すよりはマシだと思う。
まあ先ほどのマンションのように放火されてしまったらお終いだが。
しかしそれでも集まらなければならないのは事実だった。互いの持つ情報を交換するのは必須事項だし、それを共有するのはオカルトに対抗するために大事だった。
危険を承知で俺たちは集まることにしたんだ。それを勇気と呼ぶのか、無謀と呼ぶのかは今の段階では分からない。
そんなわけで俺の部屋で集まった五人。
警察の事情聴取を終えてやってきた樫川。
自分の隠れ家を焼かれてしまった占い師。
どうやら友達の存在を消された柳葉。
未だに気絶していてベッドに寝ている深沢。
そしてこの俺。
奇妙な関係だと思う。樫川と深沢は知り合いではあるが一連の騒動を通じて知らなかった一面を見ることになった。特に深沢の母親のことが衝撃的だった。
そして普段なら関わることはなかった占い師。そして高校生の柳葉。
占い師は過去の因縁という面では俺と深沢と同じだが、その根は深かった。たった一人で邪教と戦っていたのだから。
一方、柳葉は邪教について関わるのは遅かった。まあ俺たちと変わりはしないが、自分の友人らしき存在が消されてしまうという経験をしている。
全ては邪教が原因、いや元凶に近い。
「では、なにから話したほうが良いですかな」
口火を切ったのは樫川だった。ちゃぶ台を囲んで、俺の右隣に座っている。
「あひゃひゃ。そうだねえ。まずはあんたが『オウマガトキ』の知り合いの『ミスター』なのかはっきりしておこうか。樫川さん」
「そうですな。あのフォーラムでは『ミスター』と名乗っています」
『ミスター』、だけなのか? 下には何も付かないのか? 変な名前だ。
「みんなのまとめ役なだけはあるねえ。頼りになりそうだ」
「買いかぶり過ぎですな。僕は普通に皆と協調したいだけ……そしてそこの君は確か、柳葉くんでしたな」
樫川が水を向けると、柳葉は「……俺のことを知っているんですか」と少し驚いていた。
「君は有名人ですから。第二市立高校の生徒会長であり番長でもありますからな」
「……じゃあ俺の話を信じてくれるんですか?」
柳葉のことは電話で樫川に話していた。
「そうですな。その居なくなった方のことをできる限り思い出してください」
「思い出す?」
「ええ。たとえば居なくなった人の名前、性別、背格好、特徴などを」
柳葉は腕組みしながら考える。
「名前は思い出せない。でも男だったのは分かっている。いつも一緒で、何をやるにもそいつとやっていた感じがする……」
樫川はそこで「生徒会のメンバーを挙げられますか?」とすかさず聞いた。
「生徒会?」
「たしか上から会長、副会長、会計、書記、庶務の順番でしたな。ああ、僕も市立第二高校出身ですので」
そういえばそうだったな。今の今まで忘れていたが。
「会長は俺。副会長は……誰だ? 思い出せない……」
「はあ? 副会長も居なくなったのかよ?」
俺の言葉に樫川は静かに否定する。
「違いますぞ佐々木氏。その居なくなった方が副会長の役職に就いていたと考えるのが自然ですぞ」
「あ、そっか……」
間抜けなことを言ってしまった。
「電話で生徒会のメンバーと話ができますかな」
「ああ、多分できると思います」
「では我々にも聞こえるようにスピーカーにして電話してください」
柳葉はスマホを操作して、俺たちにも聞こえるように、電話をかけた。
『あ、会長。何してるんですか! 生徒会の集まりサボったでしょ! 今、私一人で雑務しているんですよ!』
出たのは女の子だった。柳葉は「桜井、一つ聞きたいことがあるんだ」と半ば無視して言う。
『聞きたいこと? なんですか?』
「副会長のことを聞きたい。名前はなんだ?」
『はあ? 副会長? ……あれ? 誰だっけ?』
桜井という女の子は困惑した様子で聞き返す。
『副会長って居ましたっけ? あれ? おかしいな』
そこですかさず樫川は言う。
「生徒会名簿にはなんと記載されていますかな?」
『えっ? 誰ですか?』
「失礼。柳葉くんの知り合いの樫川というものです。確か生徒会名簿には役員の名前が書かれているはずですぞ」
流石に母校のことだからよく知っているな。
『えっと、どこに――』
「今、生徒会室に居るのならば、そこにあるはずです。僕が庶務だった頃は、確か本棚のところにあったはずです」
『本棚……あ、ありました』
俺は心臓が跳ね上がるのを感じた。はたして本当に存在が消された人間が実在するのか。
『木戸、と書かれています……あれ? でもおかしいな。木戸なんて人、知らないはずなのに、どうしてか、居たような気がして……』
「深く考えないほうがいいですな。それでは失礼します」
そう言って樫川は柳葉の代わりに電話を切った。
「樫川。ちょっと冷たくないか?」
「もうこれ以上、こちらに関わる人間を増やしたくありませんからな」
そして柳葉に向かって樫川は言う。
「思い出せましたかな。木戸、という人のことを」
「……ああ、断片的だが、思い出した」
柳葉は片手で頭を抑えつつ、そう答えた。頭痛がするのだろうか。
しかし俺は木戸という人間の記憶がなかった。確かに病院でもう一人居たことは間違いない。それは覚えがある。
違和感というか噛み合っていない感じがする。
「木戸は……俺の友人だった……どうして存在を忘れたのか……」
「多分、奴らの仕業ですな」
樫川の言葉に柳葉以外の人間は確信を得ていた。
「奴らってのはなんなんだ? あんたらは何を知っているんだ?」
「何も知らないに等しいですが、それでも分かっていることを話しましょう。僕たちが奴らに関わったのは、佐々木氏の父の死からです」
それから樫川は端的に自分の知っている限りのことを話した。柳葉のような、オカルトに精通していない高校生には信じがたいと思ったのだが――
「……なるほどな。それで奴らはあんたらを狙っているのか」
意外と素直に信じた柳葉に「信じるのか?」と訊ねた。
「こんな荒唐無稽な話を、お前は信じられるのか?」
「正直、信じたくはない」
柳葉は目を伏せながら答えた。
「しかし信じるしかないだろう。木戸が居なくなった原因が奴らにあるのなら」
身体全体が震えている。恐怖ではなく怒りで震えていることはなんとなく分かった。
「俺も戦わせてくれ。正直、喧嘩しかとりえのない俺だが、それでも木戸を取り戻すために戦いたい」
戦うという言葉に俺はハッとした。
俺は逃げていたわけではないが、戦おうともしていなかったのかもしれない。
覚悟がまだ足らなかったのかもしれない。
「戦う、ですか。相手は存在を消せる力を持っています。それでも戦いますか?」
「樫川さん、だっけ? 親友が消されて、それを忘れて生きるなんて、あんたにはできるか?」
柳葉の言葉に樫川は「……そうですな。できるわけがありません」と答えた。
「あひゃひゃ。話がまとまったようだね。それじゃあ具体的な話し合いと行こうか」
占い師がぱんと手を叩いて、俺たちの顔を見た。
「はっきり言うけど、あたしが持っていた邪教の情報は文字通り灰になった。でも記憶していることがある」
「なんだ? 記憶していることって?」
「あんたの父親も知っていた赤夢出版社の『とある本』を奴らは探しているのさ」
とある本? 本なら数冊あるが……
「なんて題名なんだ?」
「いや、それまでは知らない。『オウマガトキ』なら知ってたはずだけどね」
「……死んだ『オウマガトキ』って何者だったんだ?」
それに答えたのは樫川だった。
「この世全ての情報を知る情報屋の跡継ぎと自称してましたな。まあ、おそらくは冗談だと思いますが、そう考えてみるとあながち嘘とは思えませんな」
いや、多分ネットにおける冗談か嘘だと思うのだが。
「本ならあるぜ。その中に――」
そのとき、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
俺はまさか奴らか? と思ったのだが――
「すみませーん。配達ですー。誰か居ますかー」
なんてことはない、配達業者の人だった。
あ、そういえば今日辺り、兄貴から残りの蔵書が届くのだった。
しかしタイミングが良すぎるな。
「多分、さっき言っていた赤夢出版社の本だ。ちょっと言ってくる」
「あひゃひゃ。タイミングがいいねえ」
俺と同じことを思っていた占い師。玄関に向かって、一応ドアスコープで覗くと配達の制服を着た若い人が待っていた。
俺はドアを開けた。配達の人は「あ、佐々木康隆さんですか?」と営業スマイルで対応した。
「そうです……うわ、こんなにあるのか。すみません、大変だったでしょう」
「いえいえ! そんなことないですよ! こちらに印鑑かサインお願いします」
印鑑を取ってくるのは面倒だったので、サインにすることにした。
「はい。……これでいいですか?」
「ありがとうございます。それではまたのご利用をお待ちしております。あ! 中まで運びましょうか?」
「あー、友人が来ているんで、手伝わせますんで、お気遣いなく」
「そうですか。それでは失礼します!」
最後まで営業スマイルを保っていた配達の人はそのまま去っていった。残されたのはダンボール五個分の荷物――蔵書だった。
「樫川と柳葉、ちょっと手伝ってくれ!」
二人の協力でなんとか家の中に運んだ。一個一個がかなり重かった。
「あひゃひゃ。マニア垂涎ものの奇書だねえ。さてと、どの本かな?」
占い師がさっそく調べようとする。俺も手に取って調べようとする。
「まずはお兄さんに届いたことを報告するべきではありませんか?」
「うん? ああそうだな」
樫川の言うことはもっともだった。俺はスマホから兄貴に電話をかけた。
『もしもし。康隆か?』
「兄貴、俺だけど。本届いたぜ。ありがとうな」
『お! そりゃあ良かった。だけどお前にしては珍しいな。ちゃんと報連相ができているじゃないか。感心感心』
「まあな。今仕事中だったか?」
『いや別に。あ、そうそう。お前に言わなくちゃいけないことがあったんだ』
「うん? なんだ?」
『親父の本、一冊だけ譲っちまったんだ。どうしても断れなくてな』
嫌な予感がした。俺は兄貴に悟られないように何気なく訊いた。
「なあ。誰に譲ったんだ?」
『誰って、親父の友人だった京極さんだよ。あ、お前知らなかったっけ。昔、俺が子供の頃はよく遊んでもらっていたんだよ』
「その人ってどんな人なんだ?」
『どんな人? 確か民俗学の学者さんで、今は三須火(みすか)大学の教授しているよ。それがどうしたんだ?』
「……なんでもない。それじゃあ切るぜ。元気でな」
『うん? ああ、お前もな』
俺は電話を切った。だけど不安は拭い切れなかった。
どうして親父の蔵書の一冊だけ欲しがったんだ?
その蔵書はもしかして赤夢出版社の本じゃないのか?
そしてその本は奴らが探している本なのではないか?
「佐々木氏。顔色が悪いですぞ。何かあったのですかな」
樫川が心配そうに見つめてくる。俺は事情を話した。
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