第11話邂逅 後編

「私は――異常と戦います」


 決断が早かったのは深沢だった。

 いや既に覚悟は決まっていたと言うべきだろう。


「さっきも言ったように、私は真実を知りたい。母さんのことを知っておきたいんです。それがたとえ先祖からの呪われた宿命だとしても」


 その目に迷いは無かった。

 対する俺は――迷っていた。

 今まで死なないとタカをくくっていた自分がどこかにいた。しかし現実、死ぬ可能性が出てくると――恐ろしい。


「怖いのなら踏み込むのはやめたほうがいい」


 占い師は俺の様子を見て、迷っていることに気づいていた。


「あんたは贄の関係者じゃないんだろう? いくら親の仇とはいえ、人の生死に関わるような異常に立ち向かうのは、おすすめしないよ」


 しかし諭されても日常に戻るという選択を簡単には選べなかった。

 既に樫川を巻き込んでいる責任と自身に起きた不可思議な出来事のせいで、このまま日常に戻ってしまったら何もかもが台無しになってしまうような気がした。


 そのとき、俺は夢を思い出した。

 女が縛られて殺された夢と不思議な女が串刺しにされた夢。

 あんな夢は、もう見たくなかった。

 だから、俺も、決断した。


「俺も――異常を戦う。もう二度と悪夢は見たくない」


 その答えを聞いて、占い師はにっこり笑った。


「良い覚悟だね。初めて会ったとき、何かを感じたけど、それは当たりのようね。あひゃひゃ」


 占い師はそのまま歩き始めた。


「どこに行くんだ?」

「あたしの隠れ家さ。邪教について調べたことを保管してあるんだ」


 なるほど。歩いていたのはそのためだったのか。

 俺と深沢も素直に付いていく。

 その間、会話が無かった。多分、緊張していたからだろう。


 いよいよ邪教について核心に迫れる。

 もしかしたら対策が取れるかもしれない。

 そう期待していたのだが――裏切られることになる。


「うん? なんですか? あの煙は」


 異変に気づいたのは深沢だった。指差す方向に黒い煙がたなびいている。


「――っ! 奴らを舐めていた!」


 占い師は駆け出した。俺も深沢も後を追って走る。

 何が起ろうとしているんだ?


 角を曲がったところで、何が起きているのか、分かった。

 小さなマンションが煌々と燃えていた。

 五階建てのマンションが火達磨のように燃えていた。

 周りには住人や近所の人が遠巻きに見ている。

 消防車が放水しているが、あれではもう――


「どいておくれ! 大切なものがあるんだ!」


 占い師は人ごみをかきわけてマンションに近づこうとする。


「待て! 死ぬぞ!」


 羽交い絞めして止めるが、意外と力が強かった。

「放しておくれ! あそこには大事なものが――」

「馬鹿! 命のほうが大事だろうが!」


 周りの人も鬼気迫る占い師を止めようと寄ってくる。

 俺は後ろに居るだろう深沢に向かって言う。


「おい深沢! お前も――」


 振り向くと深沢は――


「きゃああああああああああああ!」


 甲高い悲鳴をあげていた。

 まるで過去のトラウマを掘り返されたような、そんな悲鳴だった。


「ふ、深沢!」


 膝から崩れて倒れる深沢。

 占い師は寄ってきた人に任せて深沢に近づいて、抱きかかえた。

 気絶していたが、怪我は無いようだった。


「どうなってるんだよ……!」


 俺はどうしていいのか、分からなかった。



◆◇◆◇



 結局、マンションは全焼してしまった。

 小さなマンションとはいえ、逃げ遅れた人がたくさん居た。

 死者は八名。重軽傷者は十二名。

 そして当然のことながら、占い師が集めた邪教の情報は綺麗さっぱり無くなってしまった。


「これからどうする?」


 深沢を背負って、占い師と共に公園まで戻ることにした。


「そうさね。住むところが無くなってしまったからねえ。それまでビジネスホテル住まいさ」

「そうじゃない。邪教についてだ。調べれば調べるほど、犠牲者が多くなっている気がするぞ」

「……それは覚悟の上だったけど、実際に無関係の人が死ぬと堪えるね」


 占い師は元気を無くしてしまった。そりゃあそうだろうな。占い師のせいとまでは言わないが、マンションの住人は巻き込まれてしまった形になったからな。


「さてと。これからどうするって言ったね」


 占い師は俺に向かって言う。


「あたしには未来は見えないけど、この後、奴らがどう出るか分かっているよ」

「ほう。どう出ると思うんだ」

「あたしを殺すだろうね」


 予想はしていたが、実際に言葉に出されてしまうと、こちらはなんと返答すればいいのか分からない。


「身を隠したほうがいいだろうけど、それはできないね」

「どうしてだ?」

「隠した場所を見つけられて、殺されるのがオチさ。それにまた無関係な人が巻き込まれてしまう」


 じゃあどうするんだと訊こうとした、そのときだった。


「……あんたらが知り合いだとは思わなかったな」


 後ろから、声をかけられた。

 振り向くと、そこには疲れた表情をしていた、柳葉が居た。


「あん? ああ、柳葉だな。どうしたんだ、こんなところで」


 俺の言葉に耳を貸さずに柳葉はツカツカと俺たちに向かってくる。


「占い師さん、あんたに訊ねたいことがある」


 柳葉は胸に下げている木製の札を見せてから訊ねた。


「これをもらったとき、俺以外に誰かが居たことを覚えているか?」

「……いいや。あんた一人だけだったよ」


 柳葉は「……そうか」とだけ言った。

 それは何故か淋しげだった。

 俺は宮松から聞いたことを思い出した。


「もしかして、『あいつ』のことを探しているのか?」


 すると柳葉は「知っているのか!?」と食ってかかった。


「あんたは、『あいつ』のことを知っているのか!?」

「いや、知らない。宮松が『あいつはどこだ?』と言って病院から出て行くお前の様子を俺に言っただけだ」


 それを聞いた柳葉は落胆した。


「じゃあ、あんたも当然、病院には俺と『二人』で行ったと思っているんだな」

「ああ。そうだな」


 昨日の晩のことだから覚えている。俺は宮松の代わりに柳葉と病院に行って、そこで奇妙な出来事が起こった。きっかけは――


「……おかしいな。何かがおかしい」

「どうかしたのかい?」


 占い師が心配そうに俺を覗き込む。


「なあ柳葉。魔法陣からネズミのようなモノが出てきたの覚えているか?」

「……昨日の今日だからな。覚えている」

「……誰がきっかけだったか、覚えているか?」


 俺の問いに柳葉は「きっかけ?」と問い返した。


「誰が三階への階段に足をかけた? 俺じゃないことは分かっている」

「……俺でもない」


 俺は改めてゾッとした。

 俺が知らない、柳葉以外の第三者が居る。

 しかもそいつへの記憶がまったくない! 

 俺たち以外の人間にも!


「……あんた、何か気づいたみたいだな。話してくれ」


 柳葉の声が遠くに聞こえる。

 俺は必死で現実と戦っていた。

 人の存在が無くなるという異常な現実と。

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