第10話邂逅 中編

 気がつくと目の前に、あのときの占い師が居た。

 前に会ったときと同じく黒い薄手のコートを羽織っていた。その割には汗一つかいていない。


「あ、あなたが『占い師』さん? というか佐々木先輩と知り合いですか?」


 深沢は警戒しつつ、占い師に話しかけた。


「そうだねえ。知り合いってほど知ってはいないさ。前に一回話しただけ」

「……あんたがオカルトに詳しい人だとは思わなかったぜ。確かナオミさんだっけか」

「名前はあまり好きじゃないねえ。占い師と呼んでおくれ」


 俺は立ち上がって、占い師と向かい合った。初対面のときは座っていたから分からなかったが、結構背が高かった。

 やはり外人なのか?

 それにしては日本語が上手だった。


「あひゃひゃ。もちろん占い師だからオカルトには詳しいのさ――と言いたいところだけど、今回は事情が違うんだ。先祖代々の呪いのようなものさ」


 そう言って占い師は歩き出した。深沢は立ち上がり「どこへ行くんですか?」と訊ねた。


「歩きながら話したい気分なんだ。それに『オウマガトキ』じゃないんだろう。二人とも」

「ああ、俺たちは代理で来たんだ。話せば長くなるが――」

「その辺も含めて、話しておこうか。なに、こっちは時間がたっぷりあるんだ」


 すたすたと歩く占い師に俺たちは不思議に思うが、とりあえず着いていくことにした。


「さてと。まずは訊きたいことから聞いておこうかね」


 公園を出て、歩道を歩きながら、占い師に言われて俺は「邪教について教えてもらおうか」と質問した。


「本当に邪教は存在して、生贄を捧げているのか?」

「ああ。実在するよ。生贄を捧げているのも本当さ」


 あっさりと真実を告げられて、俺は何も話せなくなった。


「その証拠はあるんですか?」


 代わりに深沢が質問すると占い師は不思議そうな顔をする。


「何言っているんだい? あんたが存在することが証拠じゃないか」

「……はあ?」


 言っている意味が分からなかった。

 深沢が邪教の実在の証拠?


「……そ、それは、どういう意味ですか?」


 占い師は足を止めて「本当に何も知らないのかい?」と再度問う。

 深沢は首を横に振ると、占い師は訳の分からないことを言った。

 しかしそれは全ての真実に繋がる言葉だった。


「あたしと同じ、あんたは初代の贄の血を引いている人間じゃないか」


 初代の贄? 血を引いている?


「だからあんたの親か兄弟姉妹か知らないけど、贄にされたんだろう」


 深沢の顔が真っ青になる。

 よろめいて倒れそうになるのを俺は後ろから支えた。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」

「そんな、だから、血が繋がっている、人ばかりが、攫われて……」


 何か分かったようだが、俺にはさっぱり分からない。


「占い師さん、俺にも分かるように説明してくれ」


 占い師は表情一つ変わらずに「いいだろう」と言って歩きだした。

 俺は深沢を庇いながら、一緒に歩き出す。


「今から千年前、初代の贄――名前は分からない――は邪教の始祖に生贄にされた。邪神のね。それ以来邪教の信徒は初代の贄の血が繋がっている人間を定期的に生贄に捧げたのさ」

「その初代の贄には特別な力があったのか?」

「あたしが調べたところ、普通の人間ではなかったらしい。今で言う超能力だか霊能力が使えたとされる。でもまあ千年前のことだから、眉唾ものだけどね」


 千年前の因縁が今でも続いているのか……


「まあ生贄と言っても、とある村で続いていた風習――いや悪習だったけどね。今から四百年前にその村は滅んだ。その際、あたしの先祖は外国に逃げたんだ。だからほら、外国人になってしまったのさ。あひゃひゃ」

「村が滅んだのなら、どうして邪教は残っているんだ?」

「簡単なことさ。村は滅んだけど、邪教は残っていたんだ」


 占い師は青ざめている深沢をちらりと見た。


「贄の血筋を広くするためかもね。詳細は分からないけど。でも贄候補には呪いがかかっていたんだ」

「どんな呪いだ?」


 占い師は短く答えた。


「この街に必ず来ること」


 馬鹿なと否定したかった。

 でも先ほど深沢に見せられたデータを考えると――


「あたしの兄もこの街に来て、行方不明になった」


 ふと足を止めた占い師。そして振り返った顔はどこか切なかった。


「兄を探してこの街に来たけど、兄の手がかりは一切無かった。まるで最初から居なかったみたいに。きっと死んでいるだろうね。あひゃひゃ」

「……それで邪教のことを知っていたのか」

「まあね。兄の部屋から見つかった日記で邪教のことを知って、この街に三年間住んでいる。だから邪教のことは他の人間よりも詳しい」


 俺は何から訊けばいいのか分からなかった。訊くべきことは山ほどあるのに。


「……俺の親父は、邪教の儀式を邪魔して、奴らに狙われたよ」


 ようやく言えた言葉に占い師は「へえ。ヒーローみたい。かっこいいねえ」と茶化すように言う。


「その言い方だと、どうやらその親父さんは亡くなったみたいだね。その敵討ちで、邪教のことを調べているのかな」

「……分からねえ。親父とまったく関わらなかったし、今でも親父というか父親の感じがしねえ」


 俺はどうして邪教のことを知ろうとするのか。

 自己防衛のためだろうか。

 いや――違う。


「でも、親父が死んでしまったことがきっかけなのは確かだ。親父の無念を晴らしたい気持ちがないわけじゃない」

「ふうん。自分が死ぬような思いをしてもかい?」

「……死ぬのは怖いし、そんな思いはしたくない。だけど――」


 ショックから立ち直った深沢は俺を見つめている。

 占い師は俺を興味深そうに見つめている。


「人として捨てて置けないんだ。人を攫って生贄に捧げるような邪教を見逃す訳にはいかないんだ」


 占い師は「後悔しないかい?」と問う。

 俺の覚悟を問う。


「多分、後悔するだろうな。でもここで動かなかったら、もっと後悔するだろう」

「佐々木先輩……言っておかないといけないことがあります」


 深沢は意を決したように言う。


「私の母も行方不明者です。多分、邪教に攫われたと思います」


 俺はようやく、深沢が今まで隠していた秘密を知れた。


「そうだったのか……」

「占い師さん。私たちにいろいろ教えてください」


 深沢は深く頭を下げた。


「母のことを知りたいんです。いなくなってしまった母さんを見つけたいんです」


 占い師は厳しい顔で「多分、死んでいると思うよ」と告げた。

 深沢は悲しい顔で頷いた。


「今までの話を聞いて、そうだと思います。それでも――真実を知りたいんです」


 俺たちはまだ知らなかった。

 真実を知ることで今までの日常が崩れ去るなんて。


「分かったよ。ま、そうかしこまらなくても教えてあげるつもりだったけどね」


 占い師の言葉に俺は邪教について改めて聞こうとした――

 スマホが鳴り出した。


「……その電話には出たほうが良いねえ」


 占い師の言葉に従って、スマホを取り出した。

 樫川からの着信だった。


「どうした樫川。何か――」


 あったのか。そう訊こうとして、樫川の声に遮られた。


『佐々木氏、彼が死んでいました』

「は? 彼って――」

『今、彼の家の前に居ます。そして死体を見つけました』


 冷静さを強いている声だった。


『バラバラに引き裂かれていました……警察が来るまで、僕はここに居ます』

「おい、大丈夫なのか?」


 樫川は『知り合いが死んで、大丈夫なわけがありません』と厳しく言った。


『占い師の方にも言ってください。オウマガトキが死んだ、と。それでは』


 そして通話は終わった。


「……樫川先輩から、何の電話だったんですか?」


 深沢が心配そうに訊ねる。


「……占い師さん、オウマガトキが死んだそうだ」


 隣に居る深沢が驚きのあまり、声にならない悲鳴をあげる。

 占い師は「やっぱりね」とだけ言った。


「やっぱり? どういう意味だ?」

「知り過ぎたんだ。邪教について。だから殺された」

「……まさか、だろう?」


 信じられなかった。しかしそんな俺を嘲笑うように占い師は言う。


「なんだい? 死なないとでも思ったのかい? そんなわけないだろう。生贄を捧げている時点で殺人を犯しているんだ。秘密を知った人間を始末するぐらい、奴らは躊躇しないさ」


 確かにそうだが――それでもどこかで死なないだろうと思っていた。

 覚悟が甘かった……


「さあどうする? 引き返すなら今のうちだよ」


 占い師は俺に選択を迫った。


「何も聞かずにこのままに日常に戻るか」


 決意したはずなのに、俺は迷っていた。


「全てを聞いて異常と戦うか」


 どうすれば良いのか、分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る