第25話 決戦4

 ユキノがノアへ、ファニが剛也さん達の方へと駆けていく。

 それを視界に納めながら、玲華さんへと走る。


「僕も玲華さん達を攻撃したいわけじゃない。僕たちを放っておいて、日本に帰ってもらえればそれでいいんだ!」


 放つのは、四連撃を放つ剣術スキル、クアッドブレイク。それを二度三度と続けて放つ。

 その連撃はすべて玲華さんの光剣に叩き落された。だけど、一時は僕とユキノの二人がかりでも押されていた玲華さんに、僕ひとりで戦うことが出来ている。


 だんだん分かってきた。

 玲華さんのふたつの光の剣は確かに強力だ。でも、玲華さんは剣術スキルを使うことが出来ない。連撃を繰り出すスキルを中心に戦いを組み立てれば、優位に進めることが出来るかもしれない。


「悪いがそれは出来ん! 日向さんが殺されていなければまだしも、君たちは許されざることをした。これを見逃すことは私の主義に反する!」


 振るわれる玲華さんの光剣を、クアッドブレイクで弾き飛ばす。


 正義感の強い玲華さんの事だ、たしかにそんな事はしないだろう。公安の人間がわが身可愛さに犯罪者と取引をして見逃すなんて事は、あってはいけないと僕も思う。

 だけど!!


「それほど、日本に帰るのが嫌か?!」

「当り前だっ!」


 このやりとりは、もう何度目だろう。

 光の剣とロングソードが交錯し、火花を散らす。


「この世界は便宜上『異世界』と呼んではいるが、本当の意味での異世界なのかどうかは判明していない! 集団幻覚の類だと言う学者だっている。もしそうであるなら、この世界で起きたことは全て幻覚、まやかしだ! 君にとっての本当の世界とは、日本のはずだ!!」

「そんなこと!!」


 脳裏に浮かんだのは、日本にいたころ見たSF映画。

 現実を生きていたと思っていた主人公が、本当は機械の中で眠らされて夢を見せられていただけだというストーリーだ。その映画を例に出すまでもなく、似たような問題提起は何度もなされてきた。現実と虚構の境目は、思っているよりずっと曖昧だ。


 ならば――


「幻覚と現実、そこにどんな違いがあるって言うんだ! 僕が今こうして触れて、感じている事が僕にとっての現実だ!」


 キャッスルガードを発動し光を帯びた盾で光剣を防ぎつつ、右手のロングソードで放つのはクアッドブレイク。


「それはただの現実逃避だ!!」


 玲華さんは軽やかなステップを踏みながら、僕の斬撃を躱し、打ち落とす。


「確かに辛い事もあるだろうが、君は自分の現実と、両親と向き合うべきだ! それが人生と、生きるという事だ! 安易な場所に逃げ込むな!」


 黄金の軌跡を描き迫る玲華さんの光剣を、僕がクアッドブレイクで払い落す。


「現実逃避して何が悪い! 好きな事だけして何が悪い! 辛い思いをして現実と向き合って傷付くことが、そんなに立派な事なのかぁッ!!」


 現実逃避だって?!

 辛い現実とは、さんざん向き合ったさ。だけど、現実の方は少しも僕を幸せにしてはくれなかった。もういいじゃないか、嫌な事から目を背けて、好きな場所で好きな人と好きな事として過ごしたっていいじゃないか。


 僕の人生。

 僕が僕のために、僕の好きなようにして何が悪い!


 そして、そのまま再度クアッドブレイクを繰り出す。

 

「みんな辛い事があっても耐えて来たし、これからもそうして行く。辛い現実に耐えているのが、自分だけだと思うなッ!!」


 玲華さんの二本の光剣が、僕のロングソードを絡め取る。


「あッ?!」


 絡め取られたロングソードが僕の手から離れ、カァンと上空に打ち上げられた。


「もらったっ!」


 一気に踏み込んでくる玲華さん。


 だけどね、これも想定内。

 ずっと剣のみで戦っていたのは今この時のため。玲華さんは光剣を両手で持っている以上剣しか使えないけど、僕は剣だけでなく魔法だって使える。


「今だっ! ファイアランスッ!!」

「しまったっ?! 魔法ッ?! うあああッ?!」


 超至近距離で放たれるファイアランス。


 出現した炎の槍は玲華さんに直撃し、爆発。あまりに距離が近かったため、その衝撃からは僕も逃れられないけど、構えた盾のおかげでダメージは抑えられた。でも、不意を打たれたうえに直撃を受けた玲華さんは、衝撃をもろに受けて吹き飛ばされごろごろと転がる。


「勅使河原さんっ?!」


 剛也さんが悲鳴のような声を上げ、玲華さんに駆け寄る。

 ファニが頑張っていてくれたみたいで、その剛也さんの身体は切り傷や火傷でボロボロだった。続けて集まってきたSP達も似たような状態で、倒れたまま起き上がれない状態の者もいる。


「頑張ったよっ、ファニも! カナト様!」

「ご主人様、わ、わたくしも援護したのです!」


 駆け寄って来たファニとレティシアの頭をなでてあげる。


 視線をずらすと、少し離れたところでユキノがノアに馬乗りになって取り押さえているのが見えた。


「はぁい、いっちょうあがりぃ~~」

「うう……ごめんなさい、ユキノちゃん、カナトくん。……お父さんもお母さんもごめんなさい……」


 ノアの上に跨ったユキノが、笑顔でノアにフランベルジュを突きつける。

 うつ伏せに床に押し付けられたノアは、何度も何度も謝りながら涙を流していた。裏切る形になってしまったユキノと僕に、そして結局会う事の叶わないであろう両親に。


 ユキノとノアの方は問題なさそうだと判断して、玲華さんの方へ向き直る。


「これで勝負ついたね。命を奪いたいわけじゃない、日本へ帰ってもう僕たちに関わらないなら見逃してあげてもいいよ」

「ぐっ……」


 改めて僕の意志を伝える。

 日本に帰って欲しい、僕たちを放っておいて欲しい、と。


 玲華さんは僕を意思のこもったまっすぐな瞳で見つめ返していた。

 体を起こそうとするけど、玲華さんの身体は言う事を聞かない。レティシアのギフトで回復できる僕たちと違って、蓄積される疲労とダメージが玲華さん達の身体を縛り付けていた。


「すまないが、証拠のある犯罪者をわが身可愛さに見逃すのは、私の信条に反するのでな」


 剣を向け命を奪う事をチラつかせても、玲華さんは目を逸らしたりしない。

 その様子は、素直に凄いと思える。こんな人が国の運営にかかわってくれたら日本は変わるのかな、なんて思ってしまうほどに。


「……残念だね、玲華さん」


 それは紛うことなき本心。

 玲華さん達を殺すためにみんなに声をかけようと思った瞬間、玲華さんがふぅと息を吐く。


「OK、クークル。日本に戻る」

『分かりました、携帯型相転移エミュレーター・ユニットを遠隔起動します。転移先はデフォルト、日本・霞が関……起動しました』


 玲華さんの声に反応して、玲華さんのスマートグラスからひびく声。


「え?」


 日本に戻る? 相転移?

 そう考えた瞬間、玲華さんの姿がゆらゆらと揺れ、色が薄れていき半透明のようになってゆく。


「なんだこれっ?!」

「わわわっ、なにコレえっ?!」

「こここ、これなんなのっ?! カナト様っ?!」


 見ると、剛也さんや他のSP達の姿も透き通り、半透明のようになって来ている。。

 視線を移すとノアはなんともなく、半透明になってはいなかった。しかも目を見開いて玲華さんの方を見ていたから、なにも知らなかったのかもしれない。


「今回の任務は失敗、私は責任を問われるかもしれない。しかし、私は自分の信念を曲げることは無いし、自らの正義を実現して見せる」


 僕の目をまっすぐに見つめながら、言う玲華さん。


 その言葉は自分の敗北と至らなさを認めつつ、それでも信念を曲げず前に進むことを止めないという意志に満ちていた。その揺るぎのない意志に僕がごくりと唾を飲み込んだ瞬間、玲華さんの姿はすうっと宙に溶けるように消えていった。それに続くように、剛也さんとSP達の姿も消えてゆく。


 謁見の間に残されたのは、僕・ファニ・レティシアに、ユキノと取り押さえられたノア、そしてあちこちで倒れている衛兵たち。溶けるように消えた玲華さん達が確かにそこにいたという痕跡は、床に落ちた血と、所々に落ちているスーツの切れ端のみ。


「……消えちゃったぁ」


 さっきまで玲華さん達がいた場所を見ながら、ユキノがぽつりと呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る