第23話 決戦2

「ロックウォール!」


 僕が唱えると、僕たちの前に岩の壁が現れる。

 気休め程度かもしれないけど、銃弾から身を護る壁になってもらう。向こうの玲華さんと剛也さんのアローレインを使った銃撃、そしてノアの結界と魔法はとても強力だ。だけど向こうは攻撃手段が遠距離しかないから、間に遮蔽物があるというのはとても重要なはずだ。


「ファニは顕現魔法の準備! 僕とユキノとレティシアで、少しの間持ちこたえるぞ!」

「分かったよっ、カナト様!」

「オッケーだよ~~。出来るだけ早くしてよねぇ?」

「了解です、ご主人様! 終わったら可愛がって欲しいです!」


 声をかけると、力強く頷くみんな。


 ユキノの結界は強力だけど、二人で顕現魔法をいくつかぶつければおそらく破ることが出来る。それに、魔法を使う事の出来ない玲華さんと剛也さんが攻撃メンバーだから、一度結界を張って防御に回れば攻勢に回ることが出来なくなる。僕たちによって結界が破壊されるまで魔法が撃ち込まれるのを、眺めることしかできなくなる。


「ちっ、九鬼! 顕現魔法の発動を止めさせろ!」

「分かったであります!」

「私も魔法で援護します!」


 だから、玲華さんたちはファニの顕現魔法を妨害するしかなくなる。

 拳銃を低く構えて、突っ込んでくる玲華さんと剛也さん。この場合、一番警戒するべきなのはノアの魔法。ノアは顕現魔法も使えるから、顕現魔法を先に使われると一気に戦況が向こうが有利になってしまう可能性がある。


「フレイムディザスターっ!!」


 だから、先にこちらが魔法を叩き込む。

 使ったのは火魔法、フレイムディザスター。質量をもった焔の塊、手のひらサイズの燃える隕石のような物をいくつも降らせる魔法だ。


「くうっ……! アブソリュートゼロ!!」


 ノアから絶対零度の冷気を持つ大規模なダイヤモンドダストが放たれる。

 水魔法アブソリュートゼロ。水系統の憑依魔法では最上位の、あらゆる物質を凍らせると言われる魔法だ。


 降り注ぐ炎の塊が次々と凍りつき、押し寄せる微細な氷の粒に砕かれ、消滅していく。


 ほっと息を吐くノア。

 だけど、ごめんね。僕の役目は次々魔法を打ち込んでノアに迎撃させ、他の事を出来ないようにそこに貼り付けにすることだ。


「ファイアランスッ!」

「うぅっ、アイシクルランス!」


 威力はどうだっていい。次々魔法を打ち込むと、ノアは魔法で迎撃してくる。

 そうすればノアは顕現魔法と使ったりできないし、玲華さんと剛也さんの相手で手一杯のユキノに手出しすることも出来ない。僕とノアの魔法の腕はだいたい同じくらいだ。僕を魔法で圧倒してその隙に他の手を打つ、という事も難しいだろう。


「ユキノちゃん、カナトくん、どうしてっ?! どうしてそこまでするのっ?! 日本に帰るの、そんなに嫌?」


 撃ち込まれる魔法を次々迎撃しているノアが、悲し気な表情で叫ぶ。


 その声を聞いて反応したのはユキノ。

 アローレインを発動しながら発砲する玲華さんと剛也さんを、僕の作った岩の壁に隠れて火魔法で牽制していたユキノが、心の底から嫌そうな声を上げた。


「イヤに決まってるじゃんっ! 日本なんてイヤな事しかなかった、つらい事しかなかった!」

「私だって嫌な事ばっかりでしたけど……、仲のいい人だって少しはいたよ?! 大きくなってからは無かったけど……昔は両親と遊びに行った事だってあります! 楽しかった思い出だって……少しはありました!」


 ユキノの拒絶に、そんな事はないはずだ、とノアが叫ぶ。

 だけど


「わたしには無い、そんなもの無い! 家でひとりぼっちで世界を憎んだ記憶しかない!」


 ユキノには届かない。

 あの時、取り乱して慟哭するユキノから聞かされて分かった。ユキノは心底日本と、自分を取り巻いていた環境を憎んでいる。おそらく、ちょっとした楽しかった思い出とかも無いに違いない。


「日本に帰れ! わたしたちを放っておいて! メテオフォールッ!!」


 怒りの表情でユキノが放ったのは、火系統の憑依魔法で最上位の魔法、メテオフォール。

 空中に現れた巨大な隕石が、玲華さん達を押しつぶさんと下降してくる。


「うわっ?! 魔法というのはここまでのものでありますかっ?!」

「うーむ、これは少し厳しいか?」

「私が迎撃しますっ! サンダーテンペスト!!」


 戸惑う剛也さんと玲華さんを下がらせて、ノアが魔法を発動する。

 風系統憑依魔法の最上位、サンダーテンペスト。鎌鼬のように相手を切り刻む竜巻と、縦横無尽に奔る稲妻の嵐。それが風系統最上位の魔法の威力だ。


 メテオフォールとサンダーテンペストが激突する。

 衝突し、打ち消しあい、対消滅する隕石と竜巻。しかし最上位の魔法同士のぶつかり合いにより生じたエネルギーは、周囲に隕石の欠片と爆風をまき散らす。


「うわっ?!」


 たまらず岩の壁に身を隠し、吹き荒れる爆風から身を護る。


「奏友君、君もか?! 君もそこまで日本に戻ることを拒否するのか?!」


 暴風の中、さけぶ玲華さん。


「親の介護か?! そんなに両親の介護をすることが嫌か! 自分を生んで育ててくれた両親だろう!」


 玲華さんの声が響く。

 その問い詰めるような声を聞いていると、自分の中心にある何かを侵食された様な気持ちになる。


「嫌に決まっているだろう!!」


 だから、気が付けば叫んでいた。


「日本に戻ったら僕は55歳無職で、待っているのは親の介護だけ。そんなの、嫌に決まっているだろう! 僕はこの世界で、ユキノ達とこの理想的な生活を続けていくんだ!」


 僕はこの世界に来た日向さんと会ってからずっと、親の介護なんて嫌だと思っていた。

 だけど同時に、やっぱり子供が親の介護をするのは当然のことだと、どこかで思っている自分もいた。自分は間違っている、親に申し訳ない、そんな負い目は確かに僕の中に存在した。


 でも今、気が付けば嫌だと叫んでいる。


「そんな我儘が通るものか!」


 分かっていたけど、玲華さんは分かってはくれない。

 岩陰に隠れるユキノに発砲しながら、声を上げる玲華さん。


「人は子を産んで育てて、そして老いて行く。その親の面倒を見るのは、子供の義務だ! みんなそうしているし、これまでもそうして来た。自分だけ嫌だから逃げ出すなど、そんな勝手が許されるものか!!」


 責任感も正義感も強い、玲華さんらしい意見。

 

 みんなそうしている、そうして来た、だからお前もそうするべきだ。思えば両親からも、同じような論法でいろいろ諭された記憶がある。通学、勉強、入試、就職、仕事……みんなやっているから、お前もやらないといけない。そして、結婚、子作り、将来の親の介護、そうした事も、みんなやっているしそれが当たり前だからお前もやらないといけないのだと。


 きっと、あなた達の意見は正しいんだろう。

 社会というものは、そうやって成り立っているんだろう。

 だけど、みんなそうだからという理由で、なぜ僕も無条件で従わないといけないのか。

 その正しい意見が響かない人だっているんだよ。


 そう思った時、ファニの詠唱が響く。


数多坐す我が同胞たる精霊よオムニス・イティネリス・ラウルス我が眼前の災に領ろしめせパシフィカティオ・ストゥルティ我が神意サンクトゥス・レガリア! 生と死の幻影、フェニックス!!」


 ファニが声を上げると、その場にぶわっと熱気を帯びた風が吹く。

 視線を上げると、頭上には炎を纏い翼を大きく広げた鳳凰の姿。それはきらきらと輝く火の粉に包まれ、荘厳な佇まいでこちらを見下ろしていた。


「玲華さん、剛也さん! 下がって下さい、結界を張ります!」


 緊張感に満ちたノアの声を聴き、玲華さんと剛也さんが弾かれたように踵を返す。その素早い反応は、さすがの一言。


 巨大な翼でそんな玲華さんたちを包み込むように舞い降りるフェニックス。

 生と死を司る精霊、フェニックス。そんな存在の発する炎に捕らわれたら、人なんて骨すら残らない。


「絶界・瞋恚しんい!!」


 ノアの結界が、ノアと玲華さん達を包み込む。

 その直後、ばちばちと瞬く火の粉をまき散らしながら、フェニックスが結界と激突した。


「うわっ?!」


 ごうと巨大な火柱が上がり、ノアの結界で弾かれた炎があちこちに逆流し謁見の間の絨毯などに引火した。

 周囲の温度は一気に急上昇し、耐えきれずに数歩下がる。見ればユキノ、ファニ、レティシアも大きく後ろに下がっており、向こうの方で小競り合いを繰り返していたSPと衛兵達も、あまりの規模の魔法に戦闘を止めて遠巻きに見つめるような形になっていた。


 凄まじいとしか言いようのない威力。


 だけど、僕は知っている。ノアのギフトで張られた結界は、おそらくここまでしても破壊できない。

 だから、もう一押し。


数多坐す我が同胞たる精霊よオムニス・イティネリス・ラウルス我が眼前の災に領ろしめせパシフィカティオ・ストゥルティ我が神意サンクトゥス・レガリア! 土の精霊、ノーム!!」


 精神集中し、唱える。


 すると、床や壁が突然振動しはじめ、びしりとヒビが入った。零れ落ちた破片や欠片がひとりでに動き始め、目の前に集まり人型を形作ってゆく。

 ずんぐりとした丸みを帯びた男性の形、顔中に髭をたくわえ、手には自らの身長ほどもある巨大な槌。その大きさが僕の1.5倍ほどあることを除けば、アニメやラノベに出て来るドワーフの様な特徴、それが土の精霊ノーム。


 そのノームが、手の中の槌を振り上げた。


 いまだ燻る炎の向こうで、結界の中のノアが顔を蒼白にするのが見える。


 ごめん、ノア。

 ぎゅっと目を閉じる。思い出されるのは、肌を合わせた時のノアの気持ちのよさそうな顔や、この世界に来てよかったと言った時のノアの笑顔。


 ごめん、ノア。

 だけど、僕はずっとユキノのそばにいてあげたいんだ。出来るだけ怪我はしないようにするから。


 振り下ろされるノームの槌。


「ああああああっ?!」


 甲高い音を立て、ノアの結界が砕け散った。

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