第20話 焦燥(玲華視点)
私――勅使河原玲華は領主様に用意してもらった客間で、ソファーに腰かけメイドに入れてもらった紅茶を飲んでいた。
「領主様は、まだ見つからないようであります」
屋敷内の様子を見に行っていた九鬼が帰ってくる。
そしてそのままテーブルをはさみ向かいのソファーに腰を下ろした。
「そのようだな。……ちっ、奏友君がこんな暴挙に出るとは想定していなかった。不手際だな」
その言葉を受けて自嘲する。
奏友君――追いつめられた犯罪者が、自分たちを拘束する権限を持つ領主様をどうにかする、というのは想定しておいてしかるべき事態だった。これは我々の不手際だと責められても仕方ない。
ここは日本ではなく、地球ですらない。異世界という特殊な場所で、自分達が『客人』であると思い込み、気が抜けていた。霞が関で閣僚を警護するような気持ちで臨まなければいけなかったのだ。
あの日、日本への未練がありそうだった望愛君を説得してスマートグラスを渡した。そして奏友君たちに日向さんを殺したと自供させた翌朝、領主であるレティシア様の姿が消えていた。領主の屋敷は大混乱に陥った。
宰相であるカレイド殿の指示のもと領主様の捜索が行われたが、丸一日たった今もまだ見つかっていない。
「確かに自分達の落ち度もあったのかもしれません。しかし、自分達はあくまで使節団として訪れているであります。外交の使節団が、現地の要人の警護をするなど聞いた事もありません。これはこの地の警備の怠慢であって、自分達の責任ではないと思いますが」
怪訝な顔をする九鬼。
確かにまぁ、九鬼の言うことも分かる。
本来我々が領主様の警護の失敗に責任感を感じる必要は全くない。特に九鬼は警視庁で警備を担当している人間だ。この地の警備を担当する人間の怠慢に憤りを感じるのも無理はない。
九鬼に頷き返して、言う。
「お前の言う通りだ。しかしな九鬼、私は常に全力を尽くす主義だ。打てる手があったにもかかわらずそれを怠り、任務を遂行出来なかった、というのでは私は私を許せないんだ」
完璧主義だと言われるかもしれんがな、と軽く笑う。
「いえ、ご立派な考えだと思います」
真面目な顔で頷く九鬼。
「本来なら不手際を挽回するためにも、領主様の捜索に加わるべきなのだろうがな……」
そう、自らの不手際を自覚しながらも、私はいま客間で紅茶を傾けている。
なぜなら、ここは私達のいた世界とは別の世界。地理などは全く分からないし、この世界での常識にも疎い。無理を言って捜索に加わらせてもらったところで、現地の者たちの手間を取らせてしまうだけの可能性がある。
「とはいえ、ここでずっと油を売っているわけにもいかん。私達は私達で、いま出来ることをするとしよう」
くいと紅茶を飲み干すと立ち上がる。
そして九鬼と、別室で休んでいた望愛さんを連れて屋敷の中庭へと繰り出した。
◇◇◇◇◇
「領主様がお帰りになりました!」
領主様が姿を消してから五日目の朝、使用人がばたばたと動き回っていた。
「戻って来たか」
ほっとする気持ちと半分と、意外に思う気持ち半分。
領主様の事を案じる宰相カレイド殿や使用人たちには申し訳ないが、もう生きてはいないのではないかと少し考えていた。
領主様は奏友君達に拉致されたのだと考えていたし、おそらくそれで間違いないだろう。
では、なぜ領主様は戻ってきた?
自力で逃げ出してきた? それなら喜ばしいが、可能性は薄かろう。帰らせても問題ないと判断した可能性が高い。何事か吹き込まれた? なんらかの弱みを握られて脅迫されている?
おそらく、そんな所だろう。
しかし、こちらには奏友君や征乃さんの自白を録音したファイルがある。
たとえ弱みを握られていて何かを言わされているとしても、確たる証拠があれば言い逃れは出来ない。問題はないだろうが、後手に回っているな。急ぎ行動に移らなければ。
「面会の予約をしておきますか?」
「そうだな、頼む。領主様も戻ったばかりで大変だろうが、こちらも急ぎだ。これ以上時間を取られると、奏友君達を拘束できなくなる可能性がある。取り急ぎ、奏友君達を拘束することの許可だけは得ておきたい」
言うと、九鬼も頷く。
そして九鬼が領主様に面会の予約を取りに行ったが、意外にすぐ許可が下りた。
面会の場所は――謁見の間だ。
それを聞き、私は眉をひそめた。
この屋敷には、謁見の間と言う場所がある。領主様が領主として対外的な賓客を迎えたり、逆に王族などを領地に迎えた時などに使われる、正式な謁見を行うための場所だそうだ。だが領主であるレティシア様は年若いせいもあり、この謁見の間と言うのをあまり好んではいなかった。
私と会うときはいつも応接室だったし、謁見の間は屋敷を案内してもらうときに中を覗いたことがあるだけだ。
それが、今回は謁見の間で会うという。
嫌な予感がする。
面会の時は九鬼はもちろん、他の五人のSP、そして望愛さんにも来てもらう事にした。何事も無ければよいが、念のためだ。
そして私達は今、謁見の間で領主様を待っていた。
謁見の間は広い事は広いが、見渡すほど広い、という程ではない。テニスコート二面分くらいだろうか。そこに真っ直ぐに赤いカーペットが引かれ、その先は何段か高くなっており豪華な椅子が一脚置かれていた。
部屋の端には数十人の衛兵が整然と整列しており、私達は部屋の中央あたりで普通に立って待っている。こういう場では普通は跪いたりするものなのだろうが、私達は領主様の部下でも領民でもないからな。
「領主様が来られました」
宰相カレイド殿の声がする。
声の方に顔を向けたとき、驚愕のあまり一瞬頭の中が真っ白になった。
「奏友君……!」
段差の向こう側の椅子へ歩みを進める領主であるレティシア様。
その隣には征乃さん、ファニエさん、そして奏友君の姿が。そう、そこにはおそらく遠くに姿をくらましているだろうと思っていた、奏友君たちの姿があった。
確保! と叫びそうになるのをすんでの所で抑える。
我々はこの世界、この国での逮捕権を有していない。まずは領主であるレティシア様に事情を話して許可を得ることは必須。もしや、その事を分かっていて戻って来たのか? しかし、こちらには動かぬ証拠がある。それを提示されれば不利になるのは奏友君たちの方、にも関わらず何故戻ってきた?
混乱する私をよそに、レティシア様達は椅子までたどり着く。
しかしそこで、彼女はまた私が想像もしていなかった行動をとった。
てっきりそこに座るのは領主であるレティシア様だと思っていたが、彼女はその椅子に奏友君を座らせた。奏友君はさすがに拒否しようとしたが、レティシア様は無理矢理奏友君を椅子に座らせると、なんと自分は奏友君の膝の上にぴょんと飛び乗る。
そして、恍惚とした表情で奏友君にしなだれかかった。
奏友君の胸に顔をうずめ、うっとりとした表情で彼の手や足を撫でまわす。
その淫靡で妖艶な様子は――――まさに毒婦。
以前の年若く未熟だが、立派な領主になるという目標のためにまっすぐに前を向き頑張る彼女の姿は無かった。自らの感情におぼれ享楽を求める、毒婦の姿がそこにはあった。
なにがあった?
困惑する私の視線を、奏友君はなにかを決意したような、しかし申し訳ないような表情で見返していた。
その時、奏友君とレティシア様の後ろで立っていた征乃さんが、にたり、と笑う。口角を吊り上げ、自らの思い通りに事柄が運んでいる時に人が浮かべる傲慢な笑み。
「征乃さん、まさか彼女が――?!」
思わず声を上げた私の後ろで、望愛さんが驚愕の声を上げた。
「カナトくん、ユキノちゃん! まさかカナトくんのギフトを領主様に使ったの?!」
その声にはっとする。
邪淫失楽だったか、望愛さんに聞いた奏友君のギフトを思い出す。
このあいだ狩りに行ったときは見られなかったから少し気になっていた奏友君のギフトは、男女の性交時にすさまじいスタミナと技術を得られるギフトなのだそうだ。その話を聞いた時は、それはまぁあまり人に話したくはないだろうな、と笑ったものだがそれを領主様に使った?
そして、今の領主様の奏友君への態度。
「領主様をギフトを使って篭絡したのか! なんと悪辣な!!」
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
私の奏友君への印象は、つらい事から逃げ出したいという気持ちもあるが基本的には善人、というものだった。確かに過ちを犯してしまったかもしれないが、人間そういう事もしばしば起こるものだ。きちんと罪を認めて償えば、まっとうに社会復帰できると私は考えていた。
それが自分勝手な理由で他人を攫い、ギフトなどという特殊技能を使って攻め立てて篭絡した?
なんと非道な!
しかし、そんな私に向かって領主様が口を開いた。
「カナト様は、性奴隷であるわたくしのご主人様なのです。非礼はゆるしません」
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