第16話 衝突

 ノアの眼鏡から聞こえてきたのは、確かに玲華さんの声だった。


 な、なにが……。


 混乱する僕の頭に『スマートグラス』という言葉が浮かんでくる。

 そうか、スマートグラス、ノアが付けているのはそれか……!! そのスマートグラスで玲華さんと通話状態になっていたのか!!


 れ、玲華さんに聞かれてしまった……。

 なんとかしないと……、そう思った時――


 ノアに向かって振り下ろされるフランベルジュ。


「え?」

「っ?! 絶界・瞋恚!!」


 ノアの周りに光る結界が出現し、ユキノが振り下ろしたフランベルジュを防いだ。


 こ、攻撃した?!


「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってよ?! 攻撃はダメだ!」

「うひゃっ?! や、やめるのっ?!」


 慌てて制止しようとする僕と、シーツをかぶって丸くなるファニ。


「ノアアァァーーーーーーーーーーッ!!」


 だけどユキノの瞳は憎悪に染まり、僕たちの声は届かない。

 スキルなんかじゃなく、怒りのままに何度も何度もフランベルジュを叩きつける。


 ガァンガァンと響く、結界とフランベルジュの衝撃音。


「ユ、ユキノちゃん、どうしてっ?! 私はユキノちゃんのためを思って……っ!」

「うるさいっ! ノア、お前は『敵』だぁっ!!」


 ノアは泣きそうな顔で訴えるけど、ユキノの剣はますます激しさを増していく。

 ユキノは憤怒の形相で目を見開き、ノアの結界に一心不乱にフランベルジュを叩きつける。


「ユキノちゃん……っ、や、やめてっ?!」

「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさいーーーーッ!!」


 ノアの表情が苦しそうにゆがむ。

 結界の維持が辛い、という事だけじゃない。今まで友達だったユキノに攻撃されているんだ、 心だって辛いだろう。


 だけど、ユキノは聞く耳を持たない。


 ノアの結界はノアのスタミナが尽きることはあっても、相手の攻撃によって破られたことは一度も無い。

 ユキノもそれは知っているはずだけど、結界を叩き割るという勢いで剣を叩きつける。


 このままじゃいけない!

 なんとか止めさせないと!


 とはいえ、やたらめったら振り回される剣のせいで近づけない。あまり刺激しないように、ユキノに声をかける。


「ユキノ、もうやめろ! ノアは仲間じゃないか?! 話し合えば分かるはずだっ!」

「仲間?! その仲間を売るような子が仲間だって言うの?! 認めない、そんなの認めないっ!!」

「う、売るなんて、そんなつもりじゃないですっ?! 私はユキノちゃんの将来を考えて……」


 だけど止まらない。

 振り回されるフランベルジュの嵐は止まらない。


 僕がどうしたらいいのか考えていると、ノアの掛けた眼鏡――いや、スマートグラスから玲華さんの声が聞こえてくる。


『その通りだ、征乃さん。素直に罪を認めて私と一緒に日本に帰り、罪を償うんだ。そうすれば情状酌量の余地もあるかもしれない。望愛さんの言う通り、その方が君の将来のためでもある』


 玲華さんの声は冷静で、とても優しげに聞こえた。

 相手に寄り添い、改心させようとする様な声だ。


 だけど、その声を聞いたユキノは柳眉を逆立てて叫ぶ。


「将来?! なにが将来なの?! わたしの将来には日本もあの両親も必要ない!」


 ぎらりと真紅の輝きを放つユキノの瞳。


「ギフト?! やばっ?!」


 反射的に目をそらした瞬間、発動するユキノのギフト、滅殺生獄めっさつせいごく邪焔眼じゃえんがん


「うわっ?!」

「きゃあっ?!」


 ギフトが発動しノアに向けて放たれた炎は、結界に阻まれて周囲に火の粉をまき散らす。


 ユキノのギフト滅殺生獄・邪焔眼は、目を合わせた生物にしか効果が及ばない。

 目をそらした僕は大丈夫だし、周囲の建物やベッドに燃え移ることも無い。拡散した炎はベッドや壁を通り抜け、宙に溶けて消える。


 ギフトを防がれても、ユキノの怒りは消えない。

 再びフランベルジュを振りかぶり、ノアに斬りかかった。


「わたしは! カナトが、ファニが、ノアが、みんながいてくれたらそれだけで良かったのに!!」


 ガツンガツンと、ユキノが結界に剣を叩きつける音が響く。


「日本もあの両親も、ご立派な将来とかも、なにも要らなかったのに! 要らなかったのに!!」


 いつのまにか、ユキノは泣いていた。


 目尻を吊り上げた怒りの形相のままだったけど、その瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 いつも笑顔で、でも飄々としていて、ときどき怖い目をすることのあるユキノが、人目をはばからずぼろぼろと泣いていた。


「やっと、わたしがわたしらしく生きていけると思ったのに!」

「ユキノ…………」

「ユキノちゃん…………」


 僕もノアも、なにを言っていいのか分からない。

 しばらく、ユキノが結界にフランベルジュを叩きつける音だけが響いていた。


 その沈黙を破ったのは、玲華さんの平坦な声だった。


『今、本庁に君たち三人の逮捕令状を請求した。明日には裁判所から逮捕令状が発行されるはず、これ以上の抵抗は無駄だ』


 それは、死刑宣告にも等しかった。


 スマホなんかを持っているんだ、何らかの手段で日本と通信だって出来るんだろう。玲華さんは明日には僕たちの逮捕令状が出ると言った。そして、令状が出たからには玲華さんは容赦はしないだろう。領主であるレティシア様だって、正式な書面と証拠があれば断らないかもしれない。


「あ……」


 声が出ない。


 逮捕、という単語が頭の中をぐるぐると回る。


「あ……あぁ…………」


 でも、それ以上の衝撃を受けたのはユキノだった。

 

 ガランと音を立て落ちる、ユキノのフランベルジュ。

 フランベルジュを取り落としたユキノは、信じられないという様に目を見開き、ふるふると震える。


「逮捕……? 日本に戻らなくちゃいけないのぉ…………?」


 ぽろぽろと涙を流したまま、茫然とノアを見つめるユキノ。


 ノアが、気まずかったのか少し視線を逸らした。

 自分を責めているのか、暗く沈んだ顔で目を伏せるノア。


「ユキノ……」


 僕も、なにを言っていいのか分からない。

 ユキノの事は心配だけど、僕だって他人事じゃないのだ。玲華さんは僕たち三人の令状、と言った。このままだと僕だって捕まってしまうんだ。


 その静寂を破ったのは、またしても玲華さんの声だった。


『明日、令状が発行されしだい君たちを拘束する。……私にだって情はある。今夜はゆっくり休むなり、やりたいことをやるなり好きに過ごすと良い。ただ望愛さん、君だけは領主様の屋敷まで戻ってきて欲しい。いろいろ聞きたい事もあるんでな』


 その言葉を聞いたノアは、気まずげに俯いたまま背中を向けた。


「ごめんね、カナトくん、ユキノちゃん。本当にケンカするつもりじゃなかったんです……。みんなの日本の家族や将来の事を考えて、そうした方がいいと思っただけ……それだけは信じて欲しいです」


 ノアはそう言うと、僕たちと視線を合わせることも無く、まるで逃げるようにその場から立ち去った。


「……」

「あぁ…………」


 僕とユキノは、ノアが出ていった扉をしばらく茫然と眺めていた。


 言葉が、出ない。


 そんな僕たちに、ファニがシーツから恐る恐る顔を出して言う。


「カナト様……ユキノさん……、帰っちゃうの? 元いた所に?」


 ファニは僕たちが日本にいた頃のことを一通り聞いてはいるけど、あまり理解してはいない。全然違う別の世界の事だから無理はない事だと思うし、僕たちがあんまり言いたそうにしていなかった事を気付いて聞いても来なかった。

 最初は帰らないといけないかと思ったけど、その後は帰らなくて良さそうな雰囲気だったからファニもあまり気にはしていなかった。僕たちも安心しきっていたし。


 だけど今、ファニは不安そうな表情で僕の顔を見つめていた。


「えっと……」


 僕が言うべき言葉が見つからず答えあぐねていると


「ああああああああああああぁぁっ!!」


 ユキノの悲痛な叫びが響き、その身体から炎が噴き出した。

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