第15話 眼鏡

 依頼で魔物討伐をした次の日は、お休みという事にしている。

 緊急の依頼や、たまにあるオイシイ依頼があれば別だけど、基本的にはお休みという事にみんなで決めた。


 だから、クリムゾンウルフを討伐した次の日はお休みだった。いつもなら僕、ユキノ、ノア、ファニでセックスをしたり、単にごろごろして過ごす事が多い。

 だけど今日はノアが実家の雑貨屋の手伝いがあるから、という事で家に帰っているのでここにはいない。ノアはちょくちょくそうやって家の手伝いをしている。ノアは優しい子だからね。


 そんなわけで、僕はユキノとファニと朝からずっと宿のベッドの中で一戦交え続けていた。

 積極的に求めてくるユキノとファニとの行為は、僕もすごくテンションが上がる。上がるけど、ノアがいないとオーバーペースで張り切りすぎてしまう。ギフト邪淫失楽を発動している僕はセックス中はバテたりしないけど、ユキノやファニがすぐバテてしまう。


 一戦交えて、バテて寝て、起きたらまた一戦……。

 そんな感じで三人でごろごろしていると、夜にはノアが返ってきた。


「うわっ、すごい匂い?! 外から入ってきたら、すごく匂いますよこれ!」


 ノアは入って来るなりそんな事を言うと、真っ赤な顔をして窓を開ける。


「んあ~~、もう夜ぅ? よく寝たしキモチイイ事もいっぱいしたし、なんか満足だよぉ、今日は」

「ノアだ、おかえり! 気持ちよかったよっ、ファニも! 今から混ざる? ノアも」


 うつらうつらしていたユキノとファニが顔を上げる。

 二人が起き上がって事で、被っていたシーツがはらりと落ちる。ユキノもファニも僕も、当然素っ裸だ。


 ノアが「今日はもう遅いからいいですよぅ」と、あられもない姿のユキノとファニから視線を逸らす。

 とはいえ、ノアはそっち方面には奥手な方だから割といつもこんな感じだ。それをいつも僕やユキノが半ば無理矢理ひっぱり込むんだけど、今日は結構満足したしどうしようか……。


 そんな事を考えながらノアを見て気が付いた。


 ノアはいつもの眼鏡姿だ。だけどいつもの眼鏡姿じゃない。


「あれ、ノア、眼鏡が新しくなってる」


 その眼鏡を指さしながら言う。

 そう、昨日まではこの世界で作られた野暮ったい眼鏡を掛けていたのに、今ノアが掛けているのは玲華さんの掛けていたような、日本製の細身のスタイリッシュな眼鏡だった。


「えへ、分かります? 気が付いちゃいました?」


 ちょっと照れ臭そうに、そして気付いてくれた事が嬉しくてたまらない、という風にノアが眼鏡を外して見せてくれる。


「玲華さんがお店に来てくれてね、私のために眼鏡を取り寄せてくれたって言うんですよ? 見てくださいよ!」

「へぇー、玲華さんが」


 その眼鏡をしげしげと見てみる。

 今までノアが掛けていた眼鏡は鉄製だったので正直けっこう重かったけど、その眼鏡はチタンか何かで出来ていて細くて軽そうだ。

 今は目は悪くないんだけど、前世では僕も眼鏡をかけていたから分かる。自分がどちらを掛けたいかと言われると、ノアが見せてくれているその眼鏡の方に決まっている。


「良かったじゃない。優しいね、玲華さん」

「そうなんです。私、嬉しくって!」


 うれしくてたまらない、という笑顔を浮かべるノア。

 ノアにそんな顔をさせたのが玲華さんというのが少し悔しいけど、まぁこれは僕にはできない事なので仕方ないかな。


 そんな事を考えていると、ユキノがあまり興味無さそうに、くあ、とあくびをした。


「うう、身体も髪の毛もべたべただぁ……。お風呂入ってこようかなぁ……」


 乱れた髪の毛をかくユキノに、ノアが浮かべていた笑顔を一変させどこか緊張した表情を向ける。


「ねぇ、ユキノちゃん、それにカナトくんも。私ね……聞いて欲しい話があるんだけど……」


 その表情は、とても言い出しにくい、ひどく真剣な話があるという顔だった。


「んん~~? お風呂入ってからじゃだめぇ~~?」


 めんどくさそうな声を上げるユキノを、真正面から見据えるノア。

 その表情から感じるのは、覚悟を決めた人特有の雰囲気。


「ユキノちゃん、玲華さんに日向さんを殺しちゃったことを話そう? そして、日本に帰って罪を償おう?」

「ああ~~?」


 その言葉を聞いたユキノの目がすっと細められ、声のトーンが低く変わる。


 え?


 玲華さんに話す? どうして?

 僕も、ノアが何を言っているのか理解できなかった。


「ユキノ、それ本気で言ってるのぉ~~?」

「ほ、本気です。あれから考えてみましたけど、やっぱり私は日本の両親に会いたいんです。……正直あんまり好きじゃなかったし、この世界の両親は優しいし大好きです。……だけど、私にとって『両親』と聞くと最初に浮かぶのはやっぱり日本の両親の顔なんです」


 優しくて控えめなノアにしては、勇気を振り絞ったんだろう。

 少し震えながら、でもはっきりとノアは言った。


「ノア、どうして……」


 一方僕は、なんといってよいか分からなかった。

 茫然とする僕の前で、ユキノが細められた目で言う。


「だったら、ノアが一人で帰ればよくない~~? どうしてわたしを巻き込むわけ? わたしが外務省の人を殺したこと言う必要なくない?」

「そ、それはそうなんですけど……」


 険を帯びたユキノの声に、ノアが言葉に詰まる。


「外務省の人を埋めたところ、綺麗に元通りにしたから黙っていれば分からないと思うんだけどぉ~~? 言う必要なんてないよぉ」

「で、でも! やっぱり人を殺すって事は良くない事です! いつまで隠し通せるか分からないし……やっぱりちゃんと話した方が良いと思うんです。大丈夫、私もいっしょに罪を償ってあげるから!」


 その言葉を聞いて、叫ぶノア。

 よく見るとその目尻には少し涙が光っていた。ノアもこんなことは言いたくないんだろう、そんな気持ちが伝わってくる。


「……いっしょに罪を償って? 何を言ってるの? ノアが言わなければ済む話なんだけどぉ?」


 ノアの言葉を聞いたユキノが、ゆらりとベッドから降りる。

 そのまま、乱れた髪もまる見えの胸や股間も気にするそぶりも無く歩いて行くと、壁に立て掛けてあったフランベルジュを手に取った。


「ユ、ユキノ?!」

「よ、よくないのっ?! よくないのケンカは、ユキノさんっ?!」


 今にも斬りかからんとするユキノのその様子に、僕とファニが声を上げる。

 こ、これはマズイ。

 なんとかしないと、大変なことになってしまう。


「ちょっと落ち着いてよ、ユキノもノアも! 確かに日向さんを殺したことが良くなかった、というノアの話も分かるし、確かに殺す必要は無かったのかもしれない。だけど、ああしないとあの時は日本に連れ戻されてしまうと思ったし……」


 僕はユキノとノアの間に入り、二人に手の平を向けて仲裁する。


「それに確かにユキノの言う通りそう簡単にはバレないと思うんだ。玲華さんも容疑は取り下げてくれたし……、わざわざ言う必要は無いんじゃないかな? 日本に帰りたい気持ちも分からなくは無いけど、帰ったらもう今のエルフェンの姿には戻れないんだよ? ノアももう少し落ち着いて考えた方が良いんじゃないかな?」


 二人を落ち着けるように、努めて平静な声で言う。

 

 基本的に僕は日本に戻りたくないと思っている。だから僕は二人の間では出来るだけ中立でありたいと思ったけど、話しているとどうしてもノアを引き留める立場、ユキノの側に立ってしまう。ノアには申し訳ないとは思うけど。


 そんな僕の言葉を聞いて、ユキノがちょっと得意げな表情を浮かべた。


「ほらぁ、カナトもこう言ってるよぉ~~? もう日本の事は忘れてもいいんじゃなぁい?」


 ユキノの言葉を聞いたノアは、すこし悲し気に顔を伏せる。


「そうなんですね……カナトくんもユキノちゃんの側に回るんですね……。ユキノちゃんは無理でもカナトくんだけでも、私の気持ちを理解してくれたら嬉しいなって思ってましたけど……」


 ノアが自嘲気味に言う。

 その言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。何か言わなければ、と僕が口を開きかけた時――


「そういう訳です、聞いてましたか? 

『ああ、聞こえている。やはり君たちが日向さんを殺したんだな……、本当に残念だよ、奏友君』


 ノアの言葉に答えて、ノアの眼鏡から玲華さんの声が聞こえてきた。

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