第14話 勅使河原玲華

「おお~~! D格の緑ぃ! やったぁ、今夜は豪遊だよぉ~~!」


 クリムゾンウルフのお腹を割いて取り出した緑色の魔石を掲げて、ユキノが明るい声を上げた。


「D格! やったね、強かったですからね!」

「すごいの! がんばったの、ファニも!」


 その魔石を見て、ノアとファニも歓声を上げた。


「D格とは何だ?」


 玲華さんが首を傾げる。


「D格、っていうのは魔石の大きさだよ。G格からA格まであって、基本的に強い種族の魔物ほど魔石の大きさは大きくなるんだ。D格というのは、たまに採って帰ると大物が出たと驚かれる、そんなくらいのレベルかな?」

「ほぉーー、色には何か意味があるのか?」


 続けて質問してきた玲華さんに向かって頷く。


「色は魔物の年齢や熟練度で決まるよ。黒・紫・青・緑・黄・橙・赤、とあって、生まれたばかりの赤ちゃんが黒、伝説級のネームドモンスターになると赤、という感じだね」

「なるほど。大きさが種族の違いで、色が個体差という訳か」


 興味深そうな表情で感心する玲華さん。


「屋台で買い物する時、魔石で払ったの覚えてる?」

「もちろん、覚えているとも。驚きだったぞ、貨幣が無いとは思わなかった」

「うん、この世界では魔石が貨幣の代わりに使われているんだ。魔石は必ず7種類の大きさ、7種類の色の規格になっている。だから貨幣として使いやすいんだよ」

「なるほど……不思議なものだな。ちなみだな、D格の緑、というのはだいたいどの程度の価値があるのだ?」


 その玲華さんの質問に、ちょっと言いよどむ。

 この世界の人なら誰もが知っていることだし、言っても何も問題ないんだけどなんとなく言いにくい。


「……日本円に換算すると、だいたいの雰囲気だけど300万円くらいかな?」


 金額が金額だからね……。


「300万!? 確かに手強かったが、魔物を一体倒すだけで300万か!」

「それは凄いでありますな!」

「いや、でもギルドに情報料を払う必要があるし、武器の整備なんかも意外とお金かかるんだ。そのまま利益になる訳じゃないよ?」


 目を見開いて驚く玲華さんと剛也さんに、なんとなく言い訳じみたことを言ってしまう。

 そんな僕に、玲華さんはうんうんと何度も頷く。


「いや、引け目を感じる必要は無いだろう。奏友君たちが命を懸けて戦って得た、正当な報酬だ。なにも恥じることは無い」

「自分もそう思うであります。今自分が同じことをやってみろと言われても、無理でありますからな」


 頷く玲華さんに、剛也さんも同意する。

 そして二人は、ホーンウルフの死体から魔石を取り出す作業に入ったユキノ達の様子を、興味深げに見学していた。


「手に取ってみますか?」


 そんな様子を見て、ノアが玲華さんにホーンウルフの魔石を3つほど差し出す。

 玲華さんは手のひらに乗せられたホーンウルフの魔石を、転がしたり日に透かしてみたりと興味深げに眺める。


「これは、どのくらいの価値がある物なのだ?」

「F格の黄色ですから、4万円くらいですかね?」

「……ふむぅ、それでも結構なものだな」


 なおも興味深げな玲華さんに、魔石の採取作業に没頭していたユキノが声をかける。


「興味あるなら、持って帰ってもいいよぉ~~?」

「む、いいのか?」

「いいよぉ~~? わたしたち、クリムゾンウルフの魔石でいまお金持ちだからぁ~~?」


 たいして興味ない、と言うふうに、へらりと笑うユキノ。


 ユキノは特に問題なく生活できていればそれで満足という性格で、お金にはあんまり執着しない方だ。

 こっちの実家が雑貨屋を営んでいるノアの方が、よほどお金には細かいと思う。そのノアが、「また勝手な事を言って……」とでも言いたげな顔でこちらに視線を向けてくる。


 そんな様子にくすりと笑うと、玲華さんに声をかける。


「構わないよ。確かに結構な金額になるけど、玲華さん達も興味あるだろうし、まぁお土産という事で」

「すまないな、では有難く頂いておこう。こういう物に興味を示しそうな友人がいるんでな」


 スーツのポケットに魔石をしまいこむ玲華さん。

 玲華さんは僕を連れ戻すためにこの異世界に来たはずだけど、その件はお断りするという話の流れになっている。にもかかわらず、玲華さんはこの世界に色々興味を持って僕たちに話を聞きに来たりする。


 真面目、という事なんだろうけど、玲華さんはどういう事を考えてこの任務に就いているんだろう?

 そう思うとどうにも気になって、聞いてみることにした。


「玲華さんは、この異世界に来るっていう仕事についてどう思っているの? 単なるお仕事、っていう事以上に熱心だと思うんだけど……」


 聞くと玲華さんはどこか、ここではないどこかを見るような遠い目をして話し始めた。


「そうだな、どこから話せばいいか……。奏友君、君は今の日本……君たちがいた頃より20年後の日本はどうなっていると思う?」

「今の日本……?」


 そんな事を聞かれるとは思わなかった僕は、目をしばたたかせると少し考えてみる。

 

 とはいえ、ロクなことになってはいない様な気がした。

 僕が日本にいた頃から、テレビなんかで日本の事がいろいろと報道されていた。曰く、日本の賃金はずっと上がっていない、国際社会での影響力が低下している、格差が広がっている、などなど……。


 日本ではいろいろな組織や団体が組織され、彼らは自分たちの団体のため、または家族のため生活のために奔走する。そんな彼らの団体の支持を受けた政治家が選挙で当選し、その政治家は日本全体のためではなく支援してくれた団体のために奔走する。次の選挙のために、自らの生活のために。

 誰が悪いって訳じゃないけどそんな事が幾層にも積み重なり、分厚い岩盤の様な物を形成し、日本という国を蝕んでいたような気がする。


「あんまり楽しい事にはなっていない気がするけど……」

「うむ、その通りだ。今の日本は少子高齢化が進み老人ばかりの国となり、国力は衰え経済は縮小し、貧しい者ばかりの国となっている」


 玲華さんが、悲しげに目を伏せた。


「……格差が拡大している、という事ですか?」


 僕が乏しい知識で聞くと、玲華さんは首を振った。


「違う、今の日本には格差を作り出す余力すらない。全ての国民が貧しくなっているのだ。君たちのいた頃は一部の富裕層と言われる者たちがいたが、彼らの行く末は海外に脱出するか没落するか、どちらかだった。だから、今の日本には富裕層と呼ばれる人はほとんど残っていない。物価も高騰し、ほどんどの国民が生活に困窮しているのが現状だ」

「え?」

「だから、今の日本は先進国だとは認められていない。インドやインドネシアは経済成長し今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、日本をG20から除名するべきだと主張する国も多い」


 それは驚くべき未来の姿だった。

 そこまで? 日本はそこまで没落しているのか?


「だから、今の日本では人々の心も荒み切っている。他人を利用し蹴落とすことがさも正しい事であるかのように喧伝され、自分さえ良ければあとはどうでもいいと言う者ばかりだ。隣人を思いやることの出来た古き良き日本人の心は完全に失われた。私は、それが悲しくて仕方ない……」


 玲華さんは本当に残念で仕方がない、という風に言う。

 その眉は悲し気に落とされ、日本の将来を憂う玲華さんの気持ちが伝わってくるようだった。


「だから、私は今回の任務で二つの目標を設定した。一つは君を連れて帰ると言う任務を成功させることだが、もう一つはこの異世界で日本を再生し復興するための手がかりを何か探して持ち帰ることだ。二つの任務を成し遂げ、認められ出世し、より多くの地位と権限を獲得する。それによって私は、かつての日本を取り戻す。それが、私の人生の目的だ」


 玲華さんはそう言って、空を見上げる。

 僕は、思いもよらなかった壮大な話に言葉を発することが出来ない。僕が親の介護が嫌だなんだと考えている間に、玲華さんは日本という国の将来を憂い、それを自ら打開するために行動に移していた。


「私の祖父は防衛大臣も務めたことのある政治家なのだがな、私は祖父の様に立派な人間となり国を動かせるようになりたいのだ」


 玲華さんのその眼差しは真っ直ぐで、どこか誇らしげだった。

 それは自分の目標と理想に誇りを持ち、それに向かって邁進する人の姿だ。ひどく眩しいその姿を見て僕は、「玲華さんは凄いな」などと埒もない事を考えることしか出来ない。僕には到底真似できない。


 玲華さんのその表情を見ていると、自分がとても矮小な人間になったような気がしてくる。


 だけど


 だけど僕は――――

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