第13話 クリムゾンウルフ

 紅い軌跡を描き、炎の塊と化したクリムゾンウルフが迫る。


「ちょちょ……っ! めっちゃ速いよぉ? 滅殺生獄めっさつせいごく邪炎眼じゃえんがん!」


 ユキノの瞳が紅く光り、クリムゾンウルフを炎が包み込む。

 だけど、もともと炎の化身と化していたクリムゾンウルフは気にも留めない。何事も無かったかのように、ぐんぐんと走る速度を上げていく。


「や、やっぱりぃ? ぜんぜん効いてないんだけどぉ~~」

「ユキノちゃん戻って! アローレイン!」


 泣き言をいうユキノに声をかけ、ノアが弓術スキル、アローレインを放つ。

 高めに打ち上げられた矢は、空中いくつもの矢に分裂しクリムゾンウルフに降り注ぐ。


 走る軌道を変え、直線的な方向転換――ジグザグの軌道を描くように走るクリムゾンウルフ。

 無茶な方向転換を必要とする走り方にもかかわらずその速度は一向に衰えず、降り注ぐノアの放った矢はその姿を捕らえられない。


「や、やばっ! 来るよぉっ?!」

「玲華さん、剛也さん、下がっていて! ノア!!」

「分かってます! 絶界ぜっかい瞋恚しんい!!」


 ノアが声を上げると、ユキノ、ノア、ファニを輝く結界が包み込む。


「ガウアアアアアッ!!」


 それがどうしたとばかりに、速度を緩めることなく突っ込むクリムゾンウルフ。


「きゃああああっ?!」


 ガアアアアアン、という衝撃音が響く。

 炎の塊と化したクリムゾンウルフと、ノアの結界が激突した。ノアのギフト絶界・瞋恚はどんな攻撃でも防げるけど、決して万能じゃない。限界はあるし、ノアの腕には衝撃だって伝わる。


 現に今も、ノアの身体は衝撃でぐらりと傾いた。


 クリムゾンウルフは結界に激突し弾き飛ばされたけど、きれいに着地し再び攻撃を繰り出すべく助走を始める。


「まずいっ! ウッドバインド!!」


 僕が叫ぶと地面から草の根や茎のようなものが躍り出るように現れ、クリムゾンウルフを絡め取ろうと迫る。


「やるの、ファニも! ウッドバインド!」


 ファニも同じ魔法を放つ。

 さらに増えた根や茎が、まるで巨大な檻のようにクリムゾンウルフを取り囲む。


 だけど、クリムゾンウルフは速すぎた。

 茎や根のあいだをするりと掻い潜り、攻撃をかわしていく。


「速すぎて魔法が当たらない! 接近戦で行く、ユキノ手伝って!」


 僕はロングソードを抜き、左手のバックラーを前面に構えて走り出す。


 すると、クリムゾンウルフは結界で護られたノア達より与しやすいと考えたか、僕の方へ攻撃対象を変えた。


「ガアアアアアッ!!」

「キャッスルガード!!」


 飛び掛かってくるクリムゾンウルフに合わせて叫ぶと、構えた盾が光に包まれる。

 防御力を倍増させる盾術スキル、キャッスルガード。その光に護られた僕は、そう簡単には揺るがない。


「ギャンッ?!」


 バックラーを包む光に激突し、弾き飛ばされるクリムゾンウルフ。

 だけど、クリムゾンウルフとの激突の衝撃は凄まじく、僕は体勢を崩してしまって動けない。

 そこへ、フランベルジュを低く構えたユキノが躍り出た。


「おイタするワンちゃんにはお仕置きだよぉ~~? テンペストブレイク!!」

「ギャウンッ?!」


 奔る幾筋もの剣閃。

 その内のいくつかが、動きの止まっていたクリムゾンウルフを斬り裂いた。


 よし、たたみかけるなら今だ!


「くらえっ! クアッドブレイク!!」


 叫び、ロングソードを振るう。

 その剣術スキルで放たれるのは、四連の斬撃。

 ユキノの使うテンペストブレイクには劣るけど、下位剣術スキルの中では最も多くの攻撃を放てるスキルだ。


「ギャウッ?!」


 放った四連撃のうち、二つがクリムゾンウルフを斬り裂いた。

 クリムゾンウルフから真っ赤な血が、ぼたたっとこぼれ落ちる。確実にダメージを与えているみたいで、その動きが止まる。


 唸り声をあげながら、警戒しているようでじりじりと距離を取ろうとするクリムゾンウルフ。

 だけど、動きは止まった。今なら行けるっ!

 そこから目を離さずに、声だけでファニに合図を送る。


「ファニーーッ!」

「いくの、分かってるの!」


 ファニが目をつむり、両手で杖を掲げるように振り上げる。


数多坐す我が同胞たる精霊よオムニス・イティネリス・ラウルス我が眼前の災に領ろしめせパシフィカティオ・ストゥルティ我が神意サンクトゥス・レガリア! 空の女王、アリエル!」


 ――光が舞い下りる。


 それは美しい女性の姿をしていた。

 物憂げに伏せられた瞳、ふわりと舞い上がる長い髪。

 ドレスの様な衣服を身に纏い、そして背中から伸びる一対の翼が音も無く広げられる。


 ――そう、彼女こそ精霊、空を司る精霊アリエル。


 魔法を極めた者だけが到達できる極地、顕現魔法。それをファニは使うことが出来た。


 アリエルがクリムゾンウルフに向かって両手を差し伸べるように伸ばす。

 するとクリムゾンウルフを中心にして、風が渦を巻く。風の渦はどんどんと勢いを増し、渦の中で風の刃がまるでミキサーのように暴れまわっているのが分かる。

 体に次々と深い傷が刻まれていくクリムゾンウルフ。


「ギャウーーーーンッ?!」


 クリムゾンウルフが悲鳴を上げ、そしてアリエルがさっと右手を振り上げる。


 煌めく雷光、そして轟く雷鳴。

 ドーーン、という音と共に稲妻がクリムゾンウルフに降り注ぐ。クリムゾンウルフは悲鳴を上げる暇もなく黒焦げとなり、落雷による火花をばちばちと散らしながらばたりと倒れた。


「ふぅ」


 軽く息を吐き、肩の力を抜く。

 あれほどの衝撃だったにもかかわらず、吹き荒れる風が収まると空の女王アリエルの姿はもう無い。クリムゾンウルフ、油断ならない相手だけど無事に倒せたようで良かった。


「おっつかれぇ~~。いやぁ、ちょっとヒヤッとしたけどなんとかなったねぇ~~」

「ユ、ユキノちゃん?! 死体は雷のせいで熱くなってるから近づかない方がいいですよ?!」


 倒れたクリムゾンウルフに無防備に近づこうとしたユキノを、ノアが慌てて止めた。


「カナト様、カナト様! やったよ、やったよ、ファニ!」

「そうだね、ファニもお疲れ様。すごい魔法だったよ、ファニは凄いね」


 ぴょんぴょんと全身で喜びを表現しながら抱き着いてくるファニを抱きとめると、頭を撫でてあげる。

 「えへへへ」とふにゃっと笑うファニを撫でてあげていると、戦闘が終わったことで警戒を説いた玲華さんと剛也さんがこちらに向かって歩いてきた。


「いや、良いものを見せてもらったよ。特に最後の魔法……なのか? あれは凄かったな」


 ぱちぱちと軽く手を叩きながら玲華さんが言う。


「顕現魔法だよ。いわゆる普通の魔法――憑依魔法より上位の魔法で、熟練した魔法師にしか使えない魔法なんだ」

「ほう?」


 憑依魔法と言われる通常の魔法は、この世界を構築する精霊の力を借りる事によって超常の力を行使する魔法だ。

 世界には『魔素』といわれる力が満ちていて、魔物や魔石はこの魔素から構成されている。エルフェンは直接魔素を扱うことが出来ないから、精霊神に授かったスキルやギフトを利用して魔素を媒介に精霊から力の一部を借りることによって魔法が使えるようになる。


 顕現魔法とは、力の一部を借りるのではなく精霊そのものを呼び出す魔法だ。

 その性質から顕現魔法は憑依魔法の完全上位の性質を持っている。つまり、顕現魔法に対して憑依魔法では絶対に対抗できない。憑依魔法を完全に習得し熟練することが顕現魔法を使う条件となっているから、扱える者の少ない魔法だ。ちなみに僕やノアは少しなら使うことが出来るけど、スキル『全属性魔法』を持つファニには遠く及ばない。

 ユキノは使えないけど、彼女は剣の方が得意だからね……。


 そんなことを説明していると、玲華さんがまた感心したような声を上げた。


「ふーむ、なんとも興味深いな」

「自分は、やはりRPGみたいでワクワクするでありますな」


 冷静に分析するような顔つきの玲華さんと違って、剛也さんはなんだか楽しそうだ。

 やっぱ男なら、こういうの好きだよね? 特に厨二病とかでなくても童心に帰ったみたいで楽しいよね?


 そんな事を考えていると、ユキノが腰の魔導袋から小ぶりのナイフを取り出した。


「じゃあ、魔物退治後のお楽しみ、魔石採集タイムですよぉ~~!」

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