第12話 狩り

 次の日僕たちは、領都の東の大森林近くの平原に来ていた。


 大森林というのは人の手の入っていない巨大な森で、そこには様々な魔物が生息している。ここの平原はそこから出てきた魔物がよく目撃される、とても危険な地帯だ。だけど移動しやすい平原でもあるので商人などの行き来も多く、そのため魔物の駆除依頼が冒険者ギルドに常設依頼として常に貼り出されている。


 ここに来ることになったのは、玲華さんが魔物と戦う所を見たいと言い出したからだ。無口であまり喋らない剛也さんも「子供のころやったRPGみたいでありあますな」と、とても興味を示していた。

 魔物なんて前世の日本にはいなかったから、まぁ気持ちは分かる。


 とか考えていると、大森林の方から十数体の額に角の生えた銀色の狼が走ってくるのが見えた。


「ホーンウルフじゃん。あれ倒すのけっこう大変なんだよねぇ~~」


 やれやれ、という感じでぼやくユキノ。


 そう、あれは森や平原に生息する魔物、ホーンウルフ。

 ただの角の生えた狼で特殊能力は無いけど、通常の狼とは比較にならないスピードと、額に生えた角を使った突進は非常に脅威となる。群れを作ることが多く、数が多いとベテラン冒険者でも命を落としかねない、危険な魔物だ。


「しかも、後ろにいるリーダーらしき魔物、クリムゾンウルフですよね。手ごわい相手ですよ」


 若干緊張したような声で言うノア。


 視線を向けると、走ってくるホーンウルフの後ろでこちらの様子をじっと窺っている赤い狼、クリムゾンウルフ。

 クリムゾンウルフの額にも大きな角があり、その体毛は深い赤色で周囲にはちろちろと紅い火の粉が舞っている。そう、クリムゾンウルフとは、炎を操る特殊能力を持つ魔物なのだ。


「玲華さんと剛也さんは下がっていて」

「ああ、今回は私達は見学だからな。後ろでおとなしくしておこう」

「玲華さんは自分が護衛してますので、前方の敵に集中してほしいであります」


 声をかけると、大人しく数歩後退する玲華さんと剛也さん。

 玲華さんはいつもの自然体だけど、剛也さんは初めて見る魔物の群れに緊張気味だ。でも、剛也さんの反応が普通だと思うんだよね。玲華さんは凄いな……。


「じゃあいつもみたいに、わたしから行っちゃうよぉ~~?」


 ユキノが先頭に立ち、表情を覆い隠すように手の平を顔の前で広げる。


滅殺生獄めっさつせいごく邪炎眼じゃえんがん――」


 ユキノが右手をさっと外し宣言すると、半分ほどのホーンウルフの身体が炎に包まれる。


「キャイン?!」

「キャンキャン?!」


 自分に何が起こったのか分からず、ごろごろと転げまわるホーンウルフ達。

 しかし、絶命したホーンウルフはいない。そう、ユキノのギフトは目を合わせるだけで相手を燃やすことが出来る強力なギフトだけど、実は威力はそんなに高くない。とはいえ、戦いを自分のペースで進めることが出来る、強力なギフトであることは変わりないけれど。


 迫ってくる残りのホーンウルフに向かって、ノアがコンポジットボウを構える。


「行きます! 弓術スキル、アローレイン!」


 ノアが叫びながら矢を放つ。

 すると放たれた矢は、途中でいくつもの矢に分裂し、それは迫りくるホーンウルフに向けて降り注ぐ。


「ギャンッ?!」

「キャインキャイン?!」


 迫ってくるホーンウルフの半分ほどが、降り注ぐ矢にを受けて倒れた。

 死んではいないようだけど、何匹かは致命傷だったり脚に矢を受けていたりで、もう襲っては来れないだろう。


 だけどまだ5匹ほどが無傷でこっちに迫って来ていた。


「行くよっ! ファニも!」


 様子を見ていたファニが、手に持つ木製の杖を振り上げる。


「ふっとぶのっ! ストームサイクロン!」


 ファニが叫ぶと、手に持つ杖の先端に取り付けられた魔石が光を放つ。


 すると、こっちに向けて走ってくるホーンウルフの中心に渦巻く風が現れた。

 風はあっという間に荒れ狂う竜巻となり、ホーンウルフはたまらず吹き飛ばされる。


「ギャイーーーーン!?」


 残っていたホーンウルフが残らず吹き飛ばされ、こちらに向かってくるウルフはいなくなった。

 だけど、リーダーらしきクリムゾンウルフはこちらの様子を窺ったまま動こうとしない。


「クリムゾンウルフの動きは気になるけど……でもこの機に一気に片を付けるよ」

「はいは~~い! 魔法もギフトもいいけど、やっぱ冒険者といえば剣だよねぇ~~?」


 声をかけると、ユキノがにこにことした笑顔で背中のフランベルジュを抜き放つ。

 ユキノは火魔法も得意だけど、剣の方を好んでいる。ギフト滅殺生獄・邪焔眼があるから火魔法を使う必要性はあまり無いせいで、ユキノが火魔法を使っている所はあんまり見たことが無い。


 そんなユキノに、起き上がったホーンウルフ三匹が一斉に襲いかかった。


「そんなもんじゃ、殺られてあげないよぉ~~? テンペストブレイク!」


 ユキノが叫んだ瞬間、走るいくつもの剣閃。


 ふわりと舞ったユキノのセミロングの髪が舞い下りた時には、ホーンウルフは空中でいくつもの肉片と化していた。

 上位の剣術スキル、テンペストブレイク。いくつもの斬撃を一瞬で放つ剣術スキルで、ユキノの得意なスキルだ。


 ……ちなみに、僕は使えない。

 純粋な剣の腕でユキノに敵う気はしない。


「さぁあ、どんどん行くよぉ~~?」


 ユキノがフランベルジュを振り回しながら突っ込んで行き、それをノアとファニがフォローする。

 僕たちの、いつもの戦い方。

 本当ならここで僕もユキノと並んで剣を振るんだけど、この感じだとそこまでしなくても行けそうだ。遠くでこちらを窺っているクリムゾンウルフの事が気になるし、初めて魔物との戦闘を見る玲華さんや剛也さんを放っておくわけにもいかない。


 そんな少し弛緩した空気を察したのか、玲華さんが声をかけてきた。


「ギフトにスキル……それに魔法か、凄いものだな。まるで映画を見ているようだ」


 珍しく目をまるくして、本当に感心した、という風な玲華さん。

 僕たちはこの世界に転生して20年、もう慣れてしまったけど最初は感動したのを覚えている。


「スキルというのは魔法スキルと、ユキノが使った剣術スキルの様な武術スキルに分かれてるんだ。向き不向きはあるけど、基本的には訓練すれば誰でも覚えられるのがスキルだよ」

「誰でも? 私達でも覚えられるのか?」

「たぶん覚えられると思うよ? そして後から覚えることが出来ない、生まれた時に精霊神から授かるのがギフト。汎用コモンギフトと固有ユニークギフトがあって、なにを授かるのかは分からない。だけど、僕たちみたいな日本から来た人は固有ユニークギフトを授かる確率がとても高いみたいだね」

「ほぉーー」


 玲華さんは、とても面白そうな表情で戦うユキノ達を眺めている。

 その視線を追うと、ユキノ達とホーンウルフの戦いはもうすぐ終わりそうだった。


 何匹ものホーンウルフが死体となっていて、まだ元気なのは三匹。

 そのうちの三匹が仲間の死への怒りか、怒りで牙をむきユキノへと飛び掛かる。


「はい、終わりぃ~~。スピニングラッシュ!」


 叫ぶとユキノの身体は10メートルほどの距離を一足で駆ける。

 そして同時に放たれた斬撃により、空中で両断されるホーンウルフ達。


 両断されたウルフの体がぼとりと落ち、ホーンウルフの群れは全滅した。まだ死んでないようで少し動いているウルフもいるようだけど、もう襲ってくることは無いだろう。

 その様子を見て僕やノアがほっと息を吐いた時――


「ヴオオオオオオーーーーーーーーン!」


 響きわたるクリムゾンウルフの雄叫び。


 ばっと視線を向けると、クリムゾンウルフは群れが壊滅させられた事への怒りか、牙をむき怒りの形相でこちらを見つめていた。

 そしてクリムゾンウルフの怒りに比例するかのように、体毛の上でちらちらと舞っていた火の粉がばちばちと火花を散らしその身体を包み込む。

 火花は体毛と混じりあい燃え上がり、クリムゾンウルフは一瞬で燃える炎に包まれる。


「気を付けて下さい! クリムゾンウルフの戦闘態勢です!」


 張り詰めた声を上げるノア。

 そう、あれが炎を自在に操るクリムゾンウルフの戦闘態勢。あの態勢になったという事は――


 炎の化身と化したクリムゾンウルフが、猛烈な速度で走り出した。

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