第11話 違い
ファニのその言葉を聞いた玲華さんは、彼女らしくない呆けた顔で目をまたたかせた。
「分からないの、さっきから話を聞いてるけど。すごく頭も良いし強いの、お父さんもお爺ちゃんも、みんな。ファニたちが手伝う事なんて無いの」
きょとんとして、ふたたび首を傾げるファニ。
そう、この世界に住むエルフェンは不老の種族。
何歳になっても若々しい外見を持ち、いくら歳を重ねても身体能力が衰えるという事はない。頭の方も痴呆などとは無縁で、蓄積される経験と知識で、歳を重ねれば重ねるほど若い者より頭脳明晰になっていくのが普通だ。
だから、この世界では年老いた老人の面倒を見る、という概念は存在しない。
「ああ、そうだったか」とそれに気が付いた玲華さんが、得心したとばかりに頷く。
「確かに、それは理想的だな」
「それが普通なの、ファニにとっては。不思議なの、歳を取ると弱っていくっていうのが。ヒトは歳を取るとどんどん弱っていくの? カナト様がいた世界では」
不思議そうにファニが問いかけてくる。
「そう、だね。前世ではそういうものだと疑問は持っていなかったけど、人間は年齢を重ねるとどんどん体は衰えていくし、記憶力なんかも若いころの様にはいかなくなるよ」
「ふうん、不思議! 変なの! どうしてそんな事になるの?」
「どうしてだろうね……」
ファニの言葉に何と答えればよいのか分からず、頭をかく。
玲華さんに視線を向けるけど、彼女もひょいと肩を竦めた。
「すまんな、私もそちらは専門ではないので理由は分からんな。私達の世界では、人は歳を取ると衰えていく、そういうものなのだ」
「そうなの? ……あっ、分かったよっ!」
なんだか納得いかない、という顔をしていたファニが顔をほころばせた。
「分かったよっ! 歳を取って弱っていってたよ、隣のジョリィは! それと同じってことだねっ!」
ファニは理解できた、という顔で声を上げたけど、ジョリィというのはファニの実家の隣の鍛冶屋さんが飼っていた犬だ。
そのことを伝えると、玲華さんはどこかツボに入ったのか声を上げて笑い始めた。
「ははははは、犬か! 犬と同じという事か! ははは、それは敵わんな!」
「でもファニたちエルフェンはそんなことにならないの、精霊神様の加護があるから。よかったね、カナト様。精霊神様の加護のあるエルフェンになれて!」
本当に良かった、という表情でファニは僕たちに言う。
「そ、そうだね……」
でも、僕はそういって曖昧に笑うことしか出来ない。
そうだね、と同意するほど人間という種族自体に絶望していたわけでもないし、そんなことない、と否定するほど元の世界に未練がある訳でもない。
隣のノアも似たような表情をしているなか、
「そうだよねぇ~~。エルフェンになれてホント良かったよぉ~~」
安堵した表情を浮かべたのはユキノだった。
「そうだよ!」と笑顔のファニとユキノはお互いに顔を見合わせた笑いあう。
そうなると、僕たちほかの人たちはなんだか微妙な雰囲気でそれを見ているしかない。
そんな雰囲気のなか訪れた沈黙を持て余していると、ノアが玲華さんの掛けている眼鏡をちらちらと見ているのが目に入った。
「ノア、どうしたの? 玲華さんの眼鏡が気になる?」
「うん、じつは……」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、ノアは掛けていた眼鏡を外す。
「この眼鏡、ちょっと重くて掛け心地もあんまり良くないんです。ちゃんと見えるのは見えるんですけど、やっぱり日本で使っていたような眼鏡がいいなって……」
「ああ……」
ノアのその言葉で思い至る。
ノアの眼鏡は、当然だけどこちらの世界で作られたものだ。この世界は料理なんかは意外と発展しているし、魔導具のように前世では想像もつかない様な技術が栄えていたりする。だけど、金属加工技術なんかは前世とは比べるべくもない。
ノアの眼鏡はこちらでは割と一般的な価格の物だけど、フレームもレンズも分厚くて重く、掛け心地も悪い。重くて掛け心地が悪いので、眼鏡をよく掛けたり外したりしているのを見る。
だけど、玲華さんの眼鏡は日本で作られた細いフレームと薄いレンズで構成されたスタイリッシュな物だ。
ノアが羨ましくなってしまうのも無理はないかもしれない。
「玲華さんって、目が悪いの? 最初会った時は眼鏡掛けていなかったような?」
「いや、別に目は悪くない。これはスマートグラスだよ」
「ええっ?!」
スマートグラス。
僕が日本でいたときにも、試験的にだけど販売されていた眼鏡型のガジェットだ。スマホと連携していろいろな情報をレンズに表示したり出来たような気がする。だけどまだまだ発展途上のデバイスって感じで、あまりにも大きく無骨なデザインは日常的に眼鏡として使うのはちょっと躊躇われるような物ばかりだったと思う。
だけど、玲華さんの掛けている物は、普通の眼鏡となんら変わらない。
むしろ普通の眼鏡として見ても、細身でデザイン的にも優れている物だと思う。
「凄いね……。さすが20年後の技術、って感じがするよ」
「ありがとう。とはいえ、ここではあまり役には立たないのだが……。OK、クークル。地図を表示してくれ」
そう言って、地図を表示するよう命令をする玲華さん。
スマホとか電子機器を見るのは20年ぶりだから、スマートグラスに搭載された音声アシスタントに話しかけているのだ、と理解するのに少し時間がかかったけど。
だけどそのスマートグラスから
『――位置情報が取得できません。地図を表示できませんでした』
という電子音声が聞こえてきた。
「という訳だ」と肩をすくめる玲華さん。
はは、と思わず笑ってしまう。確かに、電波も飛んでなければGPSも無いこの世界ではあんまり役には立たないかもしれない。
「でも、私には普通に眼鏡として使えれば十分です。十分うらやましいです……」
「はは、すまんな。これは公安の備品なのでな。あげる訳にはいかないんだ」
だけどまだ羨ましそうなノアに、玲華さんが笑って言う。
確かに備品だって言うなら、じゃああげようか、という訳にはいかないよね。
すまんな、と謝る玲華さんを見ながら思う。
玲華さんは、別に悪い人でも怖い人でもない。
最初会った時は追及するような視線を向けられたから怖い人かと思ったけど、それは公安という彼女の仕事柄そう振舞う必要があっただけなんだろう。容疑を取り消して自然体で振舞う今の玲華さんは、ちょっとお堅い雰囲気はあるけど人当たりも良いし、普通のお姉さんっていう雰囲気だ。
その隣で立つ剛也さんも、口数の少ない無骨で素直なお兄さんという感じでしかない。
あたりに常に気を配っている様子は警察官という職業柄か。でも玲華さんの様子をひとつひとつ注意深く見ている様子は、優しい人なんだな、という印象を受けた。
日向さんの殺害容疑、と言われた時はどうなることかと思った。
でも容疑も晴れたし、ユキノの言うとおり証拠のような物はおそらく出ないだろう。日本に戻る、という件も無理強いするつもりはないと玲華さんは言っていたし、戻りたくなければ戻らなくて良いかもしれない。
……戻らない、という選択に後ろめたさが無い訳じゃないけど、僕は今のこの生活が気に入っている。
ユキノと、ノアと、ファニといまの生活をこれからも続けていきたい、と僕は思った。
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