第9話 外出

「という訳だ、九鬼。通常姿勢に戻れ」


 玲華さんはなんでもない事の様に、九鬼というSPに言う。


 え? 容疑を取り下げ? もう疑いは晴れた、ってこと?


 九鬼は「はぁ」と言うと警戒態勢を解き、玲華さんの後ろでの直立不動の姿勢へと戻る。


「ですが、それでは部長殿が納得しないのではないですか?」

「仕方ないだろう。あの部長の言う通りに振舞ってはみたが、もともと状況証拠とも言えない推測しかない。これでは拘束など無理だし、連れて帰れるという任務にしろ、断られれば無理強いできる話でもない」

「自分としては、勅使河原さんがそれで良ければ構わないのでありますが……」

「良くはないがな。しかし、私は任務を成功させ私の目的を果たすことが目標だが、道理を捻じ曲げて結果を追い求める気はない」


 目の前で、二人で話を進めていく玲華さんと九鬼。


「えっと……僕たちの疑いは晴れた、って事でいいのか?」

「ああ、そうだな。しばらくこちらに滞在する予定なので色々話を聞くことはあるかもしれないが、基本的には嫌疑は晴れた、という理解でいい。行動の自由も保証される、好きにしてもらって構わない」


 聞くと、玲華さんはそう言ってほほ笑んだ。


 その瞬間、ふっ、と肩の力が抜けるのを感じる。

 良かった……これで殺人で罪に問われたりすることは無いのか……。


「良かったですね! でも当然です、カナトがそんな事をするわけが無いのです!」


 レティシア様が、両手をぱんと合わせて満面の笑顔で言った。

 「ありがとう」とレティシア様に返しながら、しかしその言葉は僕の心の奥底に深く突き刺さった。


「良かった、一時はどうなる事かと思いました」

「だよねぇ~~、びっくりしちゃったよぉ~~」

「うう……、分からなかったんだよ、みんなが何を話しているのか、ファニは……」


 ノアとユキノが胸をなでおろし、会話を理解できなかったらしいファニが肩を落とした。


 そもそも、ユキノが日向さんをいきなり殺したりしなければこんな事にはならなかったんだけどね? そんな気持ちを込めてユキノを軽く睨みつけるけど、すっかりいつもの調子に戻ったユキノは知らぬ顔だ。


 そんなやり取りをしていると、いつもにも増して上機嫌でにこにこしているレティシア様が、笑顔で僕が考えてもいなかった事を言った。


「じゃあ仲直りのしるしに、みなさんで街の見学にでも行ってはどうですか? 同じ所から来たのなら、積もる話もあるでしょうし良い考えだと思うのです!」


 え?



◇◇◇◇◇



 僕、ユキノ、ノア、ファニは領主の館の門前で、玲華さん達を待っていた。


 レティシア様が一緒に街の見学でもどうかと提案して、この世界に来たばかりの玲華さん達は案内してもらえるのならありがたい、と快諾した。

 正直あまり仲良くしたい相手ではなかったんだけど、そこで固辞するのも怪しまれるかもしれないし、仲良くしておけば良い事もあるかもしれないと思い了解した。


 すると、そこへ玲華さん、SPの九鬼さん、レティシア様、そして少し後ろから宰相様がやってきた。


「待たせて済まない。そして、案内までしてもらう事になってしまって申し訳ない」


 現れた玲華さんは、僕を問い詰めていた時とは違って柔和な笑みを浮かべていた。ぴりっと張り詰めたような雰囲気は少し残ってはいたけど、それは職業柄なのかもしれない。

 その次に気が付いたのは、玲華さんは縦幅の短いスリムな眼鏡をかけていた。レティシア様の執務室にいた時はかけていなかったはずだけど。本当は目が悪いのだろうか?

 

 そんな玲華さんは、自分の横に立つ屈強なSPへ視線を向けた。


「改めて紹介しよう。私の護衛を務めてくれている、九鬼剛也だ」

「警視庁警備部警備課、警護第四係係長、九鬼剛也であります。よろしくおねがいします」


 SP――剛也さんはハキハキと挨拶すると90度のおじぎをした。


 玲華さんの自然体で人の上に立つような雰囲気とは違い、剛也さんはまるで軍人の様な雰囲気の人だった。


「わ、私は早乙女望愛、こちらではノア・クオリアです。よろしくおねがいします」

「わたしはユキノ・フォイアンだよぉ。天羽征乃、って名前もあるけど、出来たらそっちで呼んで欲しいかなぁ~~?」

「ファニはファニエ・クシーだよっ! よろしく!」


 剛也さんの丁寧な挨拶につられて、挨拶をする三人。


 それと、玲華さん達はこの世界で七人で来たらしい。あとの五人は剛也さんの部下のSPで、彼らはレティシア様に借りた一室で留守番だとか。異世界と日本を行き来するための貴重な機材があるのでそれの警備や、あとはレポートや日報の作成があるという。

 「公僕はこれで結構忙しいのだよ」と玲華さんは笑っていた。


 その様子をにこにことしながら見ていたレティシア様が言う。


「では、みなさんで領都を見て回ってくださいな。わたくしがお父様から受け継いだ、自慢の領地なのです」


 ほんとうに自分の自慢の領地なのだと、その笑顔は語っていた。


 振り返ると、領主の館から南に伸びる街道が目に入る。

 左右にいくつも並ぶ大小様々な商店と、飛び交う人々の活気に満ちた声。屋台のテントなどもあちらこちらに立てられていて、そこでは自由で活発なやり取りが行われていた。


 その街道はこの領都ノーウィリアで一番賑わっている街道で、そこに集まる人の数はかなりの物だ。もちろん日本の東京や大阪などと比べられるような人数ではない。だけど単なる雑踏ではなく、人と人の温かなやりとりがそこかしこで行われているこの光景が僕は大好きだった。


 視線を戻すと、レティシア様が遠くに見える屋台をじーーっと見つめていた。

 人差し指を唇に当てて、微動だにせずにじーーっと見つめていた。


「……レ、レティシア様も一緒に行く?」

「はうあぁっ?! ち、違うのです! べ、べつに一緒に行きたいとかではないのです!」


 びくうっと飛び上がったレティシア様は、顔を真っ赤にして両手をわたわたを振り回した。


「い、いや……もう一人増えたところで変わらないし、僕はレティシア様と一緒に屋台とか見て回ってみたいけど?」

「ほんとうですか! 行きます行きます! ……いえ、ダメです。まだお仕事が残ってます。……ダメダメ、ダメよレティシア、わたくしはお父様のような立派な領主になるのです」


 レティシア様の表情は、ぱあっと輝いたかと思えばしゅんと意気消沈し、そして自分のほっぺをぱんぱんと叩いた。


「……本当に、ちょっと息抜きするくらい構わないと思うけど」

「ダメなのです。そのちょっとがもうちょっとになり、どんどん怠惰になってお仕事が溜まり、そしてぶくぶく太っていくのです。わたくしは誘惑には負けないのです」


 レティシア様はぶんぶんと首を振ると、『NO!』とばかりにそっぽを向き両手の手の平をこっちに向けた。


 ……真面目だなぁ。

 まぁ、そこはレティシア様の良い所だと思うけど。

 そして、本当に、本当に名残惜しそうなレティシア様に見送られて僕たちは領都の商業区へと繰り出した。


 立ち並ぶ建物は様々な商店だ。

 食料品店、雑貨屋、武器屋、魔導具屋など。そしてその周りにさまざまな屋台が立ち並ぶ。雑貨や魔導具の他は、果物、串焼き、パイやクレープの様なデザート、種類は本当に様々だ。


「玲華さん、この世界のお店はどぉ? わりと充実してるでしょぉ~~?」


 みんなで屋台を眺めて歩いている時、ユキノがにこにこと玲華さんに話しかける。


 レティシア様の屋敷では今にも斬りかかりそうな雰囲気だったのに、すでにその気配は微塵も無い。たまに怖い感じになるけど、すぐに機嫌が直ってわだかまりを残さないのはユキノの良い所だ。


 その言葉を受けて、興味深そうにあたりを見回していた玲華さんが答える。


「そうだな、正直思ったより発展しているな、という印象だ。衛生状態も良いし、人々もみんな楽しそうで活気がある。屋台に並ぶ食べ物も種類が豊富で味も悪くなさそうだ。種類としては……肉料理が多いのか?」

「そうなんです。この世界では魔物がどんどん現れるせいで、肉には困ってません。売られている肉はほどんど魔物の肉ですから。逆に、少ないのが……野菜です。未開の地が多いせいで森なども多く果物は比較的実ってますけど、大規模な栽培がおこなわれていないせいで、野菜の流通量は少ないです。ちなみに、魚はたまに川魚が屋台に並ぶ程度です」


 玲華さんの疑問に、少しづつ慣れてきたノアが答える。


 その言葉を聞きながら、同じく周囲を見回していた剛也さんも感想を言う。


「そうですね。自分達の世界での中世の衛生状態は酷い物だったらしいですが、この世界の衛生状態は悪くないでありますな」

「この世界では過去に日本人か転生したことが何度もあったらしいからね。その影響かな、日本人として受け入れられないような状態ではなくなってるし、見たことのある料理とかも多いよ」


 その言葉が終るか終わらないかの所で、玲華さんが「おお!」と歓声を上げた。


「見ろ九鬼! 屋台でハンバーガーが売っているぞ!」


 楽しそうな玲華さんの視線の先は、一軒のハンバーガーを売っている屋台。


「そうなんです、この世界にもハンバーガーがあるんですよ! あそこの屋台はですね、名物のオーク肉のとろとろハンバーガーが絶品です!」


 待ってましたとばかり屋台の説明を始める、目をキラキラとさせたノア。

 そう、ノアはハンバーガーが大好きなのだ。委員長みたいな見た目なのに意外だよね……。


「なにか買って食べてみる?」


 どうせなら何か買って食べようかと玲華さんに聞いてみるけど、玲華さんは首を横に振った。


「いや、やめておこう。この世界のお金も持っておらんし、なにより私にはこれがあるからな」


 そう言った玲華さんがスーツのポケットから自信満々に取り出したのは、コンビニなどで売っている黄色い箱に入ったブロック栄養食。


「ええ……?」


 若干引き気味な声が出てしまった僕の横で、剛也さんがはぁとため息をつく。


「またあなたはそんなものを食べているのですか、勅使河原さん。そんな物では体に必要な栄養素は摂取出来ないであります。大事なのはいろいろな素材を使った手料理、これに尽きます。今はまだ若いですから構わないでしょうが、そんな事では歳を取ると体を壊して病気になってしまうであります」


 大真面目な顔で玲華さんに注意をする剛也さんを、玲華さんはじとっとした目で見つめた。


「お前は私の母親か」

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