第7話 レティシア
応接室に入ってきたレティシア様は、正面のソファーに腰かけた。
いつもながら、その美貌と美しいプロポーションに見とれてしまう。しかも彼女はこのコンティアン領を収める領主様で、伯爵位を持つ高位の貴族でもある。ちなみに、僕の父親であるロアン男爵の治める町は彼女の治めるコンティアン領の中にあるため、僕にとっては上司でもあるのだ。
レティシア様を案内してきた宰相様は、レティシア様の後ろに控えている。宰相様なんだけど、どうもレティシア様の執事かなにかの様な行動をする人なんだよね。
「カナト、わざわざ来ていただいて申し訳ないのです。いま少し準備に時間がかかってますけど、あなたに会いたいというヒトがいらしてますから」
そしてレティシア様は少し顔を伏せるとはにかむような笑みを浮かべた。
「……という理由で、わたくしがカナトに会いたかったのです」
「……それは、どうも」
その本当に恥ずかしそうな言葉になんと言っていいのか分からず、おかしなお礼の言葉と共に軽く頭を下げる。
ヒュー、とユキノが軽く口笛を吹いた。
やめろよ、こんな所で!
「そ、それで領主様。僕たちに会いたい人というのはどなたでしょう?」
戸惑いながらなんとか仕切り直しとばかりに質問を投げかける。
だけど、その言葉を聞いたレティシア様は頬をぷうっと膨らませると、口をとがらせた。
「カナト?」
「はい?」
「わたくし、前回お会いしたとき言いましたよね? 領主様、ではなく名前で呼んで欲しいって」
「いや、たしかに聞きましたけど……」
たしかに以前ギルドで会った時、出来たら領主様、ではなく名前で呼んで欲しいと言われた。
だけど、そんな事言ってもさすがに領主様を呼び捨てにするわけにはいかないし、社交辞令か何かだと思っていた。
「カナトはわたくしのお願いは聞いて下さらないのでしょうか……?」
「ううっ……」
ユキノがまたヒューと口笛を吹く。
やめろよ!
戸惑う僕の前で、レティシア様はすこし表情を曇らせた。
「わたくし、あまり年の近いお友達がいないのです……。お父様から受け継いだこの領地を運営するため、わたくしなりに頑張ってはいますが……たまにはお友達と気軽におしゃべりしたい時だってあるのです。お父様のような立派な領主になるためには、そんな事じゃいけないって、分かってはいるのですが……」
「領主様……」
そうやって、しゅんと項垂れてしまう。
そうだ、レティシア様のお父上、先代の領主様は二年前に病気で死亡している。
お母上はまだ生きているけど子供の方が継承権が高いようで、レティシア様がその後を継いで領主となった。レティシア様は経験は少ないけど健気に頑張っていて、なかなか立派に領主として務めていらっしゃるようだ。
市井の噂話でも、将来はお父上以上の立派な領主になるのではないかと、おおむね高評価。
だけど、確かに歳の離れた人に囲まれて毎日仕事ばかりだと、年の近い友達とかは出来ないかもしれない。
エルフェンは不老の種族だから見た目は若者も年寄りも変わらない。
だけど、やっぱり年の近い人の方が話が合うものだ。それに『最近の若い者は……』などと若者批判をする者は、たとえ不老の種族だろうと一定数いるらしい。年寄りが集まると、『最近の若い者は』『儂の若いころは』などという話をしがちなのは日本にいた頃と何ら変わりない。
「分かりました、
苦笑しながら言うと、レティシア様はぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「ありがとう、カナト! これでわたくしたちはお友達なのですね。うれしいです、いつでも訪ねてきてくださいね?」
「いえ……はい、分かりました」
両手をぱんと合わせ、えへへと照れた笑顔を浮かべるレティシア様。
その恥ずかしそうに赤らんだ顔を見ると、どくんと胸が高まり、こっちの顔まで赤くなるのを感じる。
ユキノ達とはすでに深い仲になって結構経つ。
だからこそ、と言うべきか、それが当たり前の様な状態になってしまっていて昔のような初々しさは無くなってしまっていた。
でも、そこへのレティシア様の友達になれる、というだけで顔を赤らめるような初々しさ、純粋さは僕の心を直撃した。
ふと、横を見ると
「にへへへ、モテる男は辛いねぇ?」
「じーーーーっ、そんなに領主様が良かったんですか?」
「? よく分からないの」
にやにやとした笑みを浮かべるユキノと、じとっとした目でこちらを見つめるノア。そしてきょとんとするファニ。
「そ、そんなんじゃないよ! あ、いえ、レティシア様に不満があるとかそういう事ではなく!」
「ん?」
思わずわたわたと全方位に言い訳がましい事を言ってしまう。
だけど、レティシア様は僕たちの気持ちを知ってか知らずか、首を傾げるばかり。
「よく分かりませんが、他の方も名前で呼んでいただいて構わないのですよ? あ、あと、カナトに聞いてみたかったのですが……」
レティシア様はそこで言葉を切ると、こちらに少し身を乗り出して内緒話をするような口調で聞いてきた。
「カナトはそちらの女性の誰かと、そ、その……お、お付き合い、をしているのですか?」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに、だけど興味深そうに聞いてくるレティシア様。
だけど、その言葉は僕の胸に突き刺さり、どきりとして身を震わせてしまう。
そう、僕とユキノ・ノア・ファニは正式に付き合っている訳ではない。惰性でいまのハーレムのような状態を続けているだけだ。彼女たちに対して不義理だと、感じなかった訳じゃない。その気持ちは常に僕の中にあるけど、僕は彼女たち三人をそれぞれ好きだと思っているし、一緒にいたいと思っていた。
だから、決断できなかった。
痛いところを突かれたような気持ちで身を震わせた僕とは対照的に、ユキノはあっけらかんと答えた。
「べつに付き合っている訳じゃないよぉ? でもね、もう深あ~~いお付き合いっていうか、身体の隅から隅まで知りつくしてる、っていうかぁ~~」
「うひゃああっ?!」
うしし、と悪戯っ子のように笑うユキノと、顔を真っ赤にして飛び上がるレティシア様。
「と、ということは、も、ももも、もしかしてキ、キッスも? ま、まま、まさか、そ、その先まで?? うひゃああああっ、お、大人っ?! 大人なのですっっ!!」
真っ赤な顔を両手で覆い、ソファーの上で身を丸めるレティシア様。
「う、ううう、うらやましいのですっ! とっても! ……はっ! いえ、ダメダメ。ダメよレティシア。わたくしはお父様の跡を継いで立派な領主にならなければいけないのです。そんな暇なんて……で、でもでも、うううううううっ!」
椅子の上で、いやいやをするようにぶんぶんと首を振るレティシア様。
「羨ましかろう!」と笑うユキノを眺めながら、やっぱり領主の仕事ってのは大変なのかな、と思う。
レティシア様の治世は、領民にも好意的に受け止められていた。
領民に対しても分け隔てなく優しいし、公平に判断を下してくれると好評だ。だけど、レティシア様は19歳。今世の僕よりひとつ年下だし、しかも前世の分を合わせたら50代の僕とは違って正真正銘の19歳だ。
いろいろ大変だろうし、やりたいことだってあるだろう。
なんと声をかければいいか考えていると、部屋に一人のエルフェンが入ってくると、宰相様になにごとか耳打ちした。
そして宰相様がレティシア様に耳打ちをする。
「うらやましいです! ……え? あ、準備が出来た? 分かりました、こちらへ案内してください」
レティシア様が指示をし、部屋に入ってきたエルフェンがまた部屋の外へと出ていく。
レティシア様のかわいさに忘れかけてたけど、ここへ今日僕たちが来た本題、僕たちに会いたいっていう人たちの準備が出来たみたいだ。
「誰なんだろうねぇ~~? ギルドの人じゃないよねぇ?」
「そうですね、ギルドの人ならレティシア様を通す必要ないですから。他の領地の人でしょうか?」
首を傾げるユキノとノアを見ていると、部屋に二人の男女が入ってくる。
――ガタッ
その二人を見たとたん、思わず腰を浮かせていた。
まず目に飛び込んでくるのは、二人が身に着けている黒いスーツ。一か月前僕たちが殺してしまった、外務省の日向さんが身に着けていたような、ピシッとした日本で売られているようなビジネススーツ。
そして、日本人の特徴である黒髪と黒い瞳。
もちろん、エルフェンの様な長い耳なんかじゃない、普通の人間の耳。
男の方はおそらく30代くらいか、2メートル近い長身の男で、間違いなくSPだ。
鍛え上げられた屈強な肉体を持つ、筋骨隆々の男だった。
女性の方は20代半ばくらいか?
すらりとした長身ながら、か弱い印象は無い。スーツの上からでも分かる、まるでアスリートのような鍛えられた体。それでいて女性らしいラインも保っていて、洋画に出てくる女優の様な出で立ち。
その切れ長の目は力強い光を放っていて、彼女の耳より少し長いくらいのショートカットと合わさって、出来る女性、というイメージを周囲に与えていた。
彼女はまるで自分がその場の主であるかのように、堂々と歩みを進める。
カツン、カツンと規則的な音を立てる彼女のヒール。
カンッという音がしてヒールの音が止み、そしてまるで宣戦布告するかのように彼女は言った。
「はじめましてだな。私は日本国内閣府、異世界拉致問題対策本部所属、公安調査庁調査第二部、上席調査官、
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